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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
782/790

第782話 虚構。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。

また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。



 『聖人』は『祈りの領域』を作り終えると、誰にも何も告げぬまま……静かに消え去っていた。



「…………」



 彼に集っていた『祈りの力』──ドロドロとした深い『淀み』は、『領域』を維持し続ける為に使われ続ける様『仕組み』が既に編まれており……彼はその最後に『自分という淀み』そのものもその中へと、まるで焚き火に燃料をくべるかの如く消え去ってしまったのである。


 それが故意だったのか、事故だったのかは直ぐにはわからなかった。


 ……だが、彼は私に『力を貸して欲しい』と言っておきながらも、その実『領域づくり』が始まると、極力その『性質』には変に手を出して欲しくなさそうな雰囲気も密かに見せていた。



 ──だから、改めて考えると、きっと『故意』……だったのではないかと今では思っている。



 それに、彼はそれによって全てが『消費』されつくしてしまった訳ではないらしい。


 この『領域』には未だに、彼の深い『憎しみ』も『慟哭』も、ちゃんと『表現』され続けている……という風に感じたからだ。



 ──要はまだ、彼は『この場所を視ている』という話でもあった。



 そもそも、私や『白銀のエア』と言った『力の在りし者達』は、『魔力体』となったり、『意識状態』になったりと、一見して身体が存在していないようにも見える事は多い。


 だから、『聖人』もまた同様の状態になったのだろうと、感覚的にはそう理解する事にした。

 ……『祈り』というあやふやな『力』が、まだぞろ思わぬ方向に結果を導きでもしたのだろうと。



「…………」



 ──『世界』や『大樹の森』、そして『音の領域』も基本的には『魔力』がそれぞれの『領域』を満たす『力』となっている中……対して『祈りの領域』だけは私も未だに理解の及ばぬ『祈り』という『力』がその根幹として満たされている為に、こんな風に予期できぬ結果を齎す事も十分に在り得る。



 それに、この『祈りの領域』の空は、若干『世界』の空よりも、澄みながらも荒れていた……。

 それはまるで山の上の移り変わりの激しい天気の様で……。



 その荒れ具合が、まるで最後に視た彼の『憎しみ』や『慟哭』の様にも感じられて──。


 そんな空模様を眺める度に私は、そこに『聖人』が思いが刻々と『表現』されている様に思えてならなかったのである。


 『ああ、そこに居るのだな』と、自然と感じたのだ。


 ……彼はきっと、ああして『雲の様なあやふやさ』で何かを『表現』し続けているのだろう。


 そしてそんな『表情』の一つ一つで、彼はこの『領域』に導かれた人々を一喜一憂させて……自らも喜んでいる様にも視えたのだ。


 ……恐らくは『元の姿に戻れない!』と助けを求めている訳でもないと思う。


 彼は今、『自分の望む世界』を作り、その一部となった。


 ようやく『綺麗だ』と思うものに、自分自身もなれたのだと。


 だから、それを構成する『力』がなんであっても、その願いは確かに届き、彼はその是非を確かめている様に感じたのだ……。



「…………」



 ……まあ、正直に言えば、私としては何とも言えない『愁い』を感じる光景ではあった。


 『既視感』もまた、胸の奥で『コツンコツン』と小さな痛みを響かせてくる……。


 『本当にこんな感じで良かったのだろうか……?』と、繰り返し声に出来ない想いも募っていく。


 『なんとも呆気ない幕切れ』──にも思える、この感覚が私の『心』に広がりつつあったのだ……。


 でも、最終的にはそんな言葉(『表現』)は、きっとこの『領域』では望まれていないだろうなと察し、口を噤んだままで居る。



 何しろここは、余計な『力』がもう要らない場所らしいから……。

 この『領域』はこのままであった方がきっといいのだろうと。



 ──因みに、密かに困った時にはこの『領域』の者達の『力』になれるようにと、『祈りの領域』の一角に『白い苗木』を植えてもみたのだが……それは直ぐにこの『領域』の住人達に気づかれてしまい、『異物扱い』され切り払われてしまったのである。


 ……その光景を視て、『要らぬお節介だ』と、そう言われた気がした。



「…………」



 彼らは『聖人』が居なくなった後も、『聖人の言葉』を忘れずに、その『教え』を守っていくつもりらしい。


 ほんと、『視点』とは様々にあるものだと……その上で、儘ならぬものだと改めてそう思った。


 私個人としても、『聖人』に対する思い出は……今はもうほぼ『空っぽ』だったからだろうか。


 彼の姿が消え去った事に対しては、涙を流すまでには至らなかったが……。


 『既視感』は暫く、鈍い痛みを響かせ続けたのだ。


 ……でもそうは言っても、それぐらいにしか影響はなかったとも言える。



「…………」



 なんとも言えない『寂しさ』だけが『心』に残り、それを紛らわせようと何かをしたかった。

 ただそれだけなのだと。


 だから、そんな私が余計な手出しをする事は、控えめに言っても『不要なもの』だったのだろう。

 彼らの『表現』も理解ができた。



 『白い苗木』が切り払われても、その事に対する怒りなどは当然なく──。

 寧ろ、『申し訳ない事をした』と、そう思ったのだ。



 ……まあ、内心『聖人も不器用だな……』と私が言うのは何だが、もっと別の『道』があったんじゃないかとは思った。思わずにはいられなかった。


 まるで、その歩き方はかつての『ロム』の様でもあったから──


 まるで『聖人』がそんな『ロムの歩き方』を真似しているかの様にも感じられてしまったのだ。



 ……そんな事、ある訳ないとも思うが、何の『表現』がどんな風に影響を響かせるのかは、時として予期できないものでもある。


 全く気にしていなかった筈の故人の言葉が、いきなりふとした時に思い返すかのように……。



 だから、今の私としては『違う道もあるんだよ』と、もっと彼の『心』に強く響かせることが出来ていたのならば……全然違った未来もあったのではないだろうかと、少しだけ思えてならなかったのである。



 今よりも更に『より良いもの』を作れたのではないかと考えてしまう時の感覚に近しい──


 ……こう、なんとも言えない気持ちになってしまったのだ。



「…………」



 だがしかし、『何かを生み出す』事において、常に最善を選んでも、それが必ずしも『良いものが出来上がる』という結末になる訳ではない事もまた道理ではあった……。


 どんなに『力』があろうとも時には『失敗』もするものだと。

 ……それを私達はずっと歩んできたから知っている。


 だから、そう思って、最終的には納得する事にした……。


 『全く後悔のない道』なんて……きっとどこにもない。

 本当に、そんなものがあるのならば、『いったいどこへと歩けば見つかるのだろうか』と思うばかりである。


 それは私だけではなく、エアもバウも、他の誰も彼もが思う事だろう。



 ……だから『聖人』の行く末も、『きっとこれでいいのだ』と、そう思った。



 これから先の事は、『祈りの領域』の中で紡がれていくだけの話……。


 私に出来る事は、それを傍から遠目に眺める事くらいで……時々はこっそりと歩き回って、静かに見守っていくだけなのである。


 私はほんと、それしかできない。


 以前の『ロム』から変わったと思えたのに、『表現』も手に入れたのに、未だ下手だが自然に笑えるようにもなったのに……結局、出来る事は『見守る事』しかない自分に、私は一人『虚しさ』を覚えた──。




またのお越しをお待ちしております。

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