第78話 集。
注意。この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。また作中の登場人物達の価値観や倫理観も同様ですのでご了承ください。
今回は本文にブラックな描写がありますので、不快に思われる方が居りましたら、ブラウザバック等よろしくお願いします。
「ロムさん、エアさん、良かったら暫く、『お散歩ダンジョン』で働いてみませんか?」
そう私達に尋ねてきたのは東のエリアのギルドの受付嬢さんだ。
どうやら、先の『お散歩ダンジョン』での私達の様子を『緑石』の職員から聞いたらしく、どうやら適材な能力があると判断した様で、ちょうどここに仕事の斡旋をしてもらいに来た私達へと職員側になって働いてみないかという勧誘をしてきたのである。
「でも、私達旅に出るよ?」
そう答えたのはエアだ。前にも『お裁縫』の仕事の時に、そこのオーナーから尋ねられた際に同様の返事をして断っていた記憶がある。エア的には今はまだどこかにどっしりと腰を落ち着けるよりも、もっと色々なものを見て回りたいのだろう。
ただ、そんなエアの答えにも受付嬢は笑みを崩さず『わかります!』と同意して返した。
「そうですよね!皆さん冒険者ですもの。色んなダンジョンに行きたい筈です!私もこっち側になる前は全く同じ考えで、職員側になんて全く興味が無かったんですよ。面倒そうだし、自由もなさそうだし、楽しくないだろうなーって。でも、たまたま機会があって、とある日に一日だけ職員側を体験する事になったんですけど、その時に"ある事に"気付いてしまったんですよ」
と受付嬢はエアの聞いている様子に気を配りながら、少しずつ興味を持って貰える様にと、話を上手く誘導していっている。最初は聞く気があまりなかったエアも、彼女の笑顔とその話術に少しだけ心が惹かれ始めているようだ。
『何に気付いたの?』とエアが尋ねると、彼女は『実はそれ、言葉では説明できないとても大切なものなんです』と返した。
最初はなにを言っているのか分からないエアであったが、その後も暫く受付嬢さんと話を続けていくうちに『どうやらあのお散歩ダンジョンは職員側でやってみると、何か良い事があるらしいぞ』と思う様になったらしく。終いには──
「──じゃあ、お試しと言う事で、週三回ぐらいから参加と言う事で良いですね?やっぱ週の半分は自分達での冒険に当てたいですし、その位がちょうどいいですよね!」
「うんっ!それが良いと思うっ!ねっロム!」
エアは見事、受付嬢の思惑に嵌った。
まあ、これも経験かと思い、気になった事もあったので私は今回ひたすらに見守っていた。
もちろん、彼女がエアに何かしらの不利益を仕掛けようとしているのであれば話は別だったが、どうにもこの受付嬢はあくまでも職員の勧誘が目的で、それ以上の何か特別な事をやらせる為の契約も勧めてこない。
本当に単純に人手不足なのかもしれないと思い、私は話の合間に直接『人手が足りないのか?』と聞いてみた。すると、先ほどまでずっと笑顔だった受付嬢は、どんよりとした溜息を吐く。
「……そうなんですよぉ。数年前から『幼年期のダンジョン適応制度』ってのが始まったんですけど、その効果の有効性が証明されてから今日まで、一気に参加する方々の数が増えてしまいまして。嬉しい事ではあるんですが、サポートするこちら側の準備が整う前に本格始動してしまった事で、中々思う様に進まなくてですね。お給金は上がったのですけど、人は全く増えず、身体は一つしかないのに、仕事はどんどん積み重なるばかりでして、それも仕事の内容が子供達の相手となると、素質のある方も少なく、同じ職員内でもその忙しさから中々人気がなくて、来てもすぐに辞めてしまう人も……(ブツブツブツ)」
一応、化粧で隠しては居るのだろうが、よく見ると目の下のクマであったり、ストレス性の症状なのだろうか瞼は時折痙攣し、ニキビの様な吹き出物も首などに少々、目の前の受付嬢の姿を全体的に見るに、相当疲れが溜まっている様だと分かった。食事も睡眠も満足に取れていなさそうである。
他の窓口には彼女以外の職員の姿は今の所見えない。皆、ダンジョンへと向かっているのかもしれない。人員が少ないと言うのは本当のようだ。
まだ私達の後ろには次の受付を待つお母さん方が数十人はまだ残っているのだが、彼女がこの後も一人きりで相手するのだとしたら……ふむ。これは流石に大変だろうと思い、見過ごせないと私は感じた。
先ほどの勧誘も遠回しに私達へと向けられたヘルプサインだったのかもしれない。
人員不足というのは、待っていれば解決する問題でもない。
だが、末端が上役へ相談しても、上役が現場を知らず、その気になっていなければ人は増えない。
人員は勝手に生えてくるものでは無いし、給金や待遇を良くして待っていれば好きなだけ集まって来るというものでも無い。本気でそう考えている者も居るかもしれないが、確りと理由を認識していないと酷い事になる。
当然、権力者や上役にはその立場独自の仕事があり、部下の仕事にばかり目を向けては居られないだろうし、人員をある程度、数や時間、利益、金、能力で判断しなければいけないとは言え、この状態をずっと見過ごして行けばやがて自分へと跳ね返ってくることを知らなければいけない。
足元を疎かにすると、なにも良い事が無い。それは戦いにおいても同じである。
末端で働く者達は、現場にいる者達は、いつも苦しみながら、重みを感じながら、生きている。
それはどの国でもどの組織でも見られる光景だとは言え、こうして必死になって支えようとしている彼女の様な者は本当に貴重なのだ。その存在を蔑ろにしてはいけない。
それに、待っているだけじゃ何も変わらないと、彼女は自分で動き出せる人間でもあった。
私達に直接の勧誘をした。ただそれだけの事ではあるが、自分で助けを求める事すら頭から無くなり、何も出来なくなってしまう前に、ちゃんと何か行動するという事はとても大事な事なのである。
「……わかった。引き受けよう」
「はい?えっ、本当ですか?」
なーに、任せておきなさい。約半年もの間、不眠不休でひたすら羽トカゲと戦い続けた経験のある私である。人一倍、身体と精神を酷使する方法は熟知していた。
私にかかれば、彼女を馬車馬を越えた超人的な何かへと、一時的に魔法で変えてあげられるだろう。
まず【回復魔法】を使って肉体を全快させ、次に【浄化魔法】を使って精神を整える。
健全な肉体と健全な精神は、お互いに揃ってなければ完全なパフォーマンスが発揮できないのだ。
一方が欠ければ、もう一方に必ず影響が出る。だから気を付けなければいけない。
私は彼女の身体や精神に影響が強くでない範囲を見極めながら、普段よりも魔力ましましで魔法を使っていく。集中力は最大だ。これくらいならば容易く上手くいくだろう。
……えっ?仕事を助けてくれるだけじゃないのかって?いやいや、新人には出来る事と出来ない事があるだろう。だから私は、私に出来る事で君をサポートしてあげようと思ったのだ。
ただし、この事は私達だけの秘密でよろしく頼む。他の人には私達の事を詳しくは漏らさないで欲しいのだが、約束してもらえるだろうか?……いいかな?うむ。ありがとう。
「それでは、全力で、サポートさせて頂こう」
引き攣った笑みと擦れる声で、疲弊しきった彼女は『わ、わかりました』とだけ流されるままに返事をしてしまったが、そこから先は記憶を多少失いつつも彼女は完全に回復し、今までの気だるさが嘘だったかのように精力的に働き続けた。
彼女の方にギルドと書類関係全般を任せると、私はこの前に『青石』から『緑石』に昇格したばかりの青年達をスカウトに行ったり、暇をしている『白石』のお母さん方を見極めながら、どんどんと直接声をかけていき、ギルドの職員を増やしていった。
エアには、『お散歩ダンジョン』に行きたいお母さん達と話をしてもらって、今までの様にバラバラに予約に来てもらうのではなく、いっそ完全にグループを事前に作ってもらい、グループ単位で予約して貰う形にしてもらう様に声をかけて貰った。
その際、職員となったお母さん方とも連携して貰い、スケジュールの調整や連絡は完全に彼女達に任せた。この街の住人同士の横の繋がりを最大限に活かして貰う作戦である。
エアと私は、とにかく人を増やしに増やした。
とにかく今は、人員が居ないと出来ない事が多過ぎたのである。
これは戦いと一緒だと思えば分かり易いかもしれない。
だから先ずは、何にしても戦力の補充が必要なのである。
現状足りないなら、増やす為に先ず動く。
人は勝手に生える物じゃない。心があるのだ。
こちらが誠意をもって、確りと助けて欲しいと、力を貸してくれと、訴えかけていく事が重要なのであった。
立場が上になったからと言って、それは必ずしも偉くなったわけではない。
逆に、必要より遜る事もしないで良い。勘違いをしなければそれだけで良いのである。
相手は自分と変わらない人であり、肩を並べて共に戦う同志であると忘れなければ、それだけでいいのだ。
……だが当然、私達がそんなことをしていれば気に食わないと思う者も出る。
今回は受付嬢の上司に当たる人物、この街のギルドの上役からの注意が入った。
彼の言い分は分かり易い。『そんなに人を集めてどうするつもりだ!利益が出なくなる!』である。
だが、私は『後先考えず理想論だけ語る無能な上司はいらんから消えろ』と言い返してやった。
……それに、その頃には既に私の冒険者スイッチも、イライラによってオンになっていたのである。
『金がかかるから職員はこれ以上増やすな』?黙れ、貴様の無駄飯に使う金を持って来い。それが嫌なら貴様が働きに来るのだ。この忙しい時に貴様は何をしていた。ちゃんと働けないなら貴様がクビだ。
『白石が出しゃばるな』だと?貴様はなんだ?偉いのか?力があるのか?よし、では貴様の力を見せて見ろ。
知力、暴力、財力、権力、魔力、貴様が冒険者として持ちうる限りの全ての力をもって、私にかかって来い。私を黙らせてみろ。全力で叩き潰してくれる。
貴様らは腐っても冒険者なのだろう?中途半端な奴はいらん。甘えも許さん。本気でない奴は全員、昔ながらの方法をもって私が"潰し"てや──『はいっ浄化!』……優しく説得、してあげるぞ。
ただ、先に一つだけ忠告もさせてほしい。
そちらが完全に敵対してくるのは自由だ……だが、その時は悲鳴をあげる暇すら与えず、一瞬で消し去るから。それだけは忘れないでいて欲しい。ああ勿論、君が最初だ。
それに、他に助けを呼ぼうと思っても、もうここからただで帰す気はない。
帰りたいなら私と約束を幾つかしてもらってからだ。そうすれば、帰って貰っても構わない。
約束しないなら、普通にここで働いてみては如何かな?大変さが良く分かるぞ?
「…………」
無言か。まあ話自体は分かってもらえたと思う。とりあえずは最善を尽くしてくれ。
……ふむ?私が何者かだと?それを教えてやってもいいが、代わりに私達の情報を一切漏らさないと約束できるのならば、教えてもいいだろう。
……ん?約束するのか?そうか、分かった。ならば教えてあげよう。私はな……。
──そうして私とエアは暫く、忙しい日々を過ごした。
時々、私は冒険者の血が騒いでしまう時があったが、その度にエアは私に約束通り【浄化魔法】をかけてくれた。ありがとうエア。
それに、一月も経てばギルドの中はあっという間に人が増えて、職員さん達もみんな最低限だが無理なく働けていけるようになってきたと思う。新人の教育もしっかりと出来たし、これで当分は問題ないだろう。……まあ、私にできるとしたらこんな些細な事ぐらいだ。
「あはは、はは、はは……いや、あの、やり過ぎですロムさん」
……はて?なんの事だろうか。受付嬢だった彼女が私へとそんな事を言って来るが、私にはさっぱり分からない。私は私に出来る事をやっただけで、なにも大したことはしていないのだ。
それに結局、一番頑張ったのは、受付嬢だった君だと私は思う。
今回の事で君はこの東のエリアの纏め役となったのだから、今後も大変な事に変わりはないだろう。それだけは本当に申し訳ない。
「いや、わたしはいいんです。でも、それもこれも全部。ロムさんが彼らを──」
今の時代の冒険者のルールがどうだこうだと、ただ口だけ出してくる愚か者達と、少々話をするぐらいならば大変の内には入らない。彼らも結局は力に弱いのだから。わざわざ魔力も使うことも無かった。
……少しだけまやかしは使ったが、それでもまあ話し合いの範疇だろう。
あれぐらい防げないでよく『白石は出しゃばるな』等と言えたものである。
何か罪を犯してないかとかけて見れば、彼らからは沢山の埃が出たのであった。
まあこれも昔ながらの"潰し"の一つだ。一応君も覚えておくと良い。……それに今後は君も気を付けて欲しい。
「はい。それは勿論ですが。でも、エアさんやロムさんはこのままで良いんですか?何も得てないじゃないですか。ランクは『白石』のままですし、立場も何も……」
「いいんだ」
私達は、冒険者になる際に、『不当な依頼者などが居る場合、不利益を私達が被った際はギルドが責任をもって対処にあたる』という言葉を交わして登録した。
私達は魔法使いだ。その時の言葉はそのまま私達と契約を交わした事にもなる。
だから今回の場合、不当な依頼者がギルド自身で、迷惑と言う不利益を被ったのが私達、君に勧誘されて一時的にギルド職員になった私達が、ギルド側となりその責任をもって対処にあたった。……ただそれだけの話である。要は、あまり綺麗な言い方ではないけれど、自分のケツを自分で拭く様なものだ。正確にはちょっと違うけれど、まあそんなものだと思って欲しい。
聞けばなんとも変な話だが、自分に降りかかってきそうな火の粉を、事前に払っただけだと考えれば、何も問題はないと思わないか?
現に、最初のギルドの状態のままだったら、君一人でギルド内が回せず、私達は長い時間待たされる事になっていたかもしれないからな。と私は良く分からない屁理屈をこねて、受付嬢こと東のエリアの纏め役になった彼女を説得した。
彼女は未だに納得いっていない顔ではあったが、『そろそろ私達の仕事の時間なので失礼する』と言うと、仕方がなさそうに苦笑いで見送ってくれた。
「──さあ、子供達よ。今日も散歩に行くとしようか」
そんな私の声に、ギルド内で待っていた子供達とそのお母さん方、そして隣のエアも笑顔で迎えてくれる。
どうやら私、『お裁縫』以外に『子守り』もそこそこ上手いらしい事に、最近気づいたのであった。……ふむ、楽しい。
またのお越しをお待ちしております。




