第778話 本音。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
──その『表現』は、激しい『憎しみ』だった。
深く深く、これまでに見たことがないほどの『淀み』を孕む存在がそこには居た。
「…………」
彼がどんな『道』の歩み方をしてきたのか、私には想像もつかない……。
だが少なくともその『心』の中には、『笑み』など一つもない事は直ぐに感じ取れたのだ。
一見して、真っ白い衣を身にまとうその存在は、清廉な笑みを蓄えている様にも見えるだろう。
……しかし、『表現』を感じ取れるようになった今の私には、もうその動作の一つ一つが『憤怒と慟哭』に包まれた叫びを上げている様にしか思えなかった。
その様子が、ただただ、悲しかったのだ。
後悔して、後悔して、何度も後悔し続けて……。
それでも尚許せないものがあると、その『心』が暴れそうになるのを堪えている風に視えたから。
『誰も』その『心』に気づいてあげられなかったのだろう……。
『誰も』気づいていても、どうにかしようとすらしなかったのだろう……。
──だから彼は己すらも『まやかし』にかけて、『歪』な『道』を歩んでしまっていた。
『第三の大樹の森』がある『白銀の館』を訪ねてきた『聖人』と名乗るその人物は──
『ゴーレム君』達を通して『大事な話があるからロムを呼んで欲しい……』と頼み込むと、殊勝な様子で最初は入ってきた。
だがしかし……そんな彼が私の姿を見た次の瞬間から、その『心』の中には穏やかならざる感情を抱えだしたのが『表現』から直ぐに分かってしまったのである。
「…………」
『ロム』が『幸せそうに笑っている姿』など……もしかしたら彼は、見たくなかったのかもしれない。
『自分はこんなにも辛い目に合っているのに……なぜおまえはそんな風に笑っているんだ……』と、そんな理不尽さを嘆いているようでもあった……。
そして、そんな『気に食わない奴』に会って、頭を下げて頼まなければいけない事があると、彼が考えているのが──次第にその『心』が蝕まれていくのが……『理解』できてしまったから……尚の事悲しかったのだ。
なによりも、それでいて未だに『既視感』が、私の胸の奥の方をツンと打つのである。
『どうにか彼を助けてあげたい』と。
『どうにかして、助けてあげられないだろうか』と。
……だからこそ、そんな『想い』の温度差を感じてしまい、よりまた一層悲しくなってしまった。
「…………」
『嫌われている』と感じる相手に、何かをしてあげたいと言うのは思ったよりも『心』が痛むのだと。
その『表現』は重たく……だがそれでいて、その感じた事のない痛みにさえ『成長』を感じてしまうのだから……ほんとうに私はどうしようもないとも思ってしまったのだ。
いや、そもそも、以前までの『ロム』はどれだけ無頓着だったというのだろうか……。
直接的に牙を剥いてきた『敵』は、その全てを消し去ってきたからこその弊害なのか──
『敵意』を抱いているだろう相手に対する『心』の在り様が……そんな場合の妥協点が、酷く不器用でならなかった。
『友はずっと友だから……』というその単純さが──『歪さ』が、根底にはあったのだとは思う。
……しかし、その時々に応じて『友さえも敵になる可能性がある事』さえも無視したその付き合い方には、逆に相手を『取るに足らない』存在だと思わせるかのような仕草が含まれている事──それに似た『表現』が含まれてしまっている事を、全く意に介していない愚かさがそこにはあったのだ。
──要は、『人の気持ちが分からない』という『ロム』の仕草が、これまでにどれだけ彼や『友』と呼ぶ者達の事を無意識的に『傷つけていたのか』、それを深く理解できてしまった瞬間だった。
「…………」
肩を並べてこそ『友』だと定義するならば、その扱いは明らかに釣り合っていない。
……そりゃ、『友』側からすれば、そんな『ロム』と付き合う事の辛さは、この上なかっただろう。
自分が幾ら気を遣っても、それが返ってこない虚しさ……。
鐘を鳴らしても『音』がうんともすんとも響いてこない様な悲しさ……。
まるで『見下されている』様にすら感じる事もあったのではないだろうか。
『聖人』と『泥の魔獣』の関係は、『仲が良い』という『まやかし』にかかったままである様にしか思えなかった。
……慮っているようで、その実、見掛け倒しでしかないのだ。
……言葉だけの薄っぺらな思いやりにしか感じなかっただろう。
『友』の『心』にある繊細な感情など、一切気づけていない。
──その事が、どれだけ彼を歪ませたか……。
ただただ『綺麗好きだった男』を、どうしてこうも──『憎しみ』に囚われた真逆の存在へと変えてしまえるのだろう……。
『この世から、魔物を消したい。その為にまた、お前に力を貸して欲しいんだ』と。
そう語りだした彼の『表現』の中にはもう──『いずれお前達魔獣も、絶対に殺してやる……』という、そんな深い『憎しみ』が、既に隠しきれないほどに膨れ上がっているのを感じてしまったのだから──。
「…………」
またのお越しをお待ちしております。




