第775話 共感性。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『大樹の森』には、多くの『精霊達』がいる。
そして彼らの多くは、この場所にそれぞれの『元の住処』とよく似た環境の『別荘』を持っていた。
普段はこの『領域』でのんびりと過ごしながら、その『別荘』内で『力』を蓄えているのである。
「…………」
……ただ、そんな『別荘』を持つに至らない──もっと『力』の弱い精霊達も当然ながら存在している。
そして、そんな者達は傷ついた身体を癒す目的で、この場所に滞在している事が多いらしい。
その存在達の多くは、『綿毛』状態のふわふわとした精霊達で、風に吹かれれば直ぐにぴゅーーっと飛んで行ってしまいそうになるくらいに儚い存在でもある。
……なので、彼らはこの場所で療養目的で過ごしてはいるものの、意外と注意を払わなければいけない事柄も多いのだとか。
──特に、『超濃厚』とも言える魔力に満たされているこの『領域』は、あまり滞在し過ぎるのも身体の毒となってしまう場合もある。そして、環境の違いから適さない『属性』の場所も存在する為、誤って風に流されるだけでも『存在の危機』に直面し易いのだそうだ。
『……のんびりと過ごす』というのも、言葉ほどに楽ではないのだと。
一見ふわふわして、何も悩みがなさそうにも見えるかもしれないが……その実、相応に彼らも苦労しているらしい。
「…………」
無論、そんな彼らには一人一人『意思』がある。なのでそれぞれの考え方にも個性があって、好みも異なるのだ。
好きな『表現』にも微妙な差があったり、例えば同『風属性』だとは言っても、からからに乾いた風と、湿った風では、漂い方にも『ノリ』が違ってくるらしい。
……因みに、そんな彼らの近頃の『ノレル話題』と言えば──『大樹の森』に突然現れた特殊個体──『白銀の綿毛』の存在であった。
一見普通の『綿毛』よりも一回り位大きいだけの精霊にしか見えないのだが……その色と動き方が『良いセンスをしている!』と評判になっているらしいのだ。
……というか、純粋に普段から良く光るし、魔法なんかもバンバンと使っている為、凄く目立つのだと。
そんな『白銀の綿毛』の『表現』を、他の綿毛精霊達は好ましく思っているのか、気づけばそれの周りに自然と集まってしまうのだという……。
「…………」
まあ、それは言わずもがな『白銀の綿毛』の事なのだが……。
言うまでもないかもしれないけれども、無駄に光ったり魔法を使ってわざと周りの『綿毛精霊』達を集めている訳ではないのである。
遊びに本気を出し過ぎて、ちょっとだけ『力』を使い過ぎたが故、今はこうして姿が変わってしまったが……本意でこうなった訳ではない。
寧ろ、今は戻る為に躍起になっているのだ。
……この姿に縮んだ瞬間、またまたエア達を驚かせてしまったし、危うく泣かせるところでもあった。
ただ、あの時実は、突如として『既視感』が私の胸を強く締め付けたが為、なんとか消失するまでには至らなかったのである。
……だからまあ、結果的にはギリギリ『ロム』とは同じ轍を踏まずに済んだわけだ。
「…………」
でもまさか、『身体の構成』を保つ事が出来なくなる程に『力』が無くなってしまうとは思いもしていなかったのは正直ここだけの話。とてもヒヤリとした。
その為、『綿毛』状態になってからは直ぐに手に入れた『力』(『表現』)を駆使して、色々と『再調整』をし、『力』を蓄える日々を送っている。
それによって気づいたのは、今まで頑張って『世界』や『大樹の森』などの『領域』を『調整』し続けて来た訳だが……『色々と無駄が多かったなぁ』と言う事と、『白銀の耳長族』の身体を繕う為の『力』を溜めるまでは──正直、また遠回りをしてしまった気もしないではないが──『聖竜』の状態に戻るまでには数年、それからさらに数十年かければ、戻れる見通しが立った訳なのである。
『エア』達は当初『……ほんとロムってば』と、流石に呆れもしていたのだが──
その目算を聞くと、最終的には『白銀の綿毛』を枕代わりにして待つことに納得してくれたのだった。
曰く『それ位ならもう待てる様になっちゃったし……なんか、今までで一番抱き心地も良いからね……』と言う事で──思いのほか抱き枕として高評価だった事も、少なからず影響はしているらしい。
自分で言うのもなんだが、今の私は『もっこもこでふわふわ』だから、その気持ちもわからなくはなかったのだ。
「…………」
……ただ、これはここだけの話なのだが──『表現』を知ったからか、私はそれだけでエアが『待つ』事を選んだわけではない事にも気づいてしまったのである。
『綿毛』に対する抱き締め方や、魔力の使い方、些細な表情、小さな仕草から……私は彼女が言いようのない『恐怖』を抱えている事も察してしまった。
そしてそれは、『早く元に戻って抱き締めさせて……』という彼女の願いが、急かしたが故にこんな思わぬ形で叶ってしまったのではないだろうかという──そんな儘ならぬ『心』の揺らぎになってしまっている事に、私は気づいてしまった訳なのだ。
……要は、エアは『違う』とは思っていても、責任を感じてしまう気持ちが残っていた。
完全には拭いきれぬ感情が──その内心で『わたしのせいだったんじゃないか?』という風に、彼女自身が自分で自分の『心』を責めてしまうのである。
──その『心』は何とも『儘ならぬもの』だが……それは何も自分だけの話ではないと気づく瞬間でもあった。
周りの者達も、日々そんな葛藤を抱いているのだと。……そしてそんな想いに対して、『気にするな』という言葉だけではどうしても頼りない事も、察してしまったのだ。
だから、『特大ブレス』を放った時と同様に──それを拭ってあげる為には『他の表現が要る』事も、今ならば私にも分かったのである。
だから少しでも早く戻る為、今度こそ『ぎゅっ』と抱きしめ返してあげられる様に……私は日々こうして『再調整』を頑張っている訳なのだ……。
「…………」
あと、その一方では『バウ』の方もちょっと……いや、かなり残念そうな表情ではあった。
『父』が居なくなったと想う寂しさからだろうか……しょんぼりとする様は傍から見ているだけで悲しげだったのを覚えている。その『心』にも、エア同様になんとも言えない『儘ならなさ』が感じられたのだと……。
──ただ、バウの場合、一つだけ大きな違いもあった。
と言うのも、その数日後に、暫くするとバウは『ハッ』として、自分なりにもう動き始めていたのである。
それも、先の『空戦』の経験を自分なりの『視点』で『絵』に残す事の方が大事だと思ったらしく──『ロムの状態』よりも、『絵を描く事』に集中し始めたのだ。
無論、それは周りの声が一切聞こえなくなる程の集中で……その熱中する姿は凄く『楽し気』でもあった。それ故、私達はその様子を周りで温かく見守る事にしたのである。
それは、それぞれの『視点』で『表現』が異なるのが良く分かる瞬間でもあった。
バウの『視点』では、必要以上に『父』の心配をする必要はないと判断し──『父さんなら大丈夫!』と信頼してくれたのだと想う……。
そんなどちらの『儘ならなさ』も、『表現』も、私は『道』を感じていた。
「…………」
私は『綿毛』状態になって──そして彼らの『表現』までも感じられるようになって凄く思ったのだ。
……皆は皆で、かなり複雑な色合いや響きを常に抱いており──言わばそんな様々な『揺らぎ』を抱えながら日々を生きているが、それがあるからこそ『面白い』と感じるのだろうと。
そしてそれは『歪』であり、『変化』そのものでもあるが、それが『道』を照らすからこそ、より輝ける様になるのだと。
それは『大樹の森』が『変化の足りない領域』であったとしても、彼らが居るだけで充分にこの場所が輝きを持つと感じられるくらいに『煌めく宝物』にも見えたのだ……。
「…………」
もっと言えば、身近にいる『精霊達』に関しても、その『変化』の一端を担っていたのだと私はこの身になってから、より感じられるようになった。
『自然を在るべき姿に保つ』という『役割』を具えている彼らは──ただただ壊れたものを直すだけの存在ではなかったのだ……。
寧ろ、その存在は『促す者』だったとも言えるだろう……。
だからまるでその存在は『聖竜』であった頃の私と、かなり近しい存在だったのだと今更になって気づいたのである。
「…………」
……実際、『聖竜』としてエア達と『旅』をしている間も、常に『四精霊』と呼ばれる者達は傍に居てくれた。
だがしかし、そんな彼らの『表現』に関しては、私もエア達も見落としがちにもなっていたと思う。
──もっと言えば、その存在が傍にいる事を『大樹の森』に戻って来るまで、殆ど私達は忘れていた様にも思えるのだ。
……しかし、その間も彼らは常に私達を支えてくれていた。
そして、その『変化』を共に喜び、怒り、悲しみ、楽しんで──ずっと『誰か』の代わりに、『表現』し続けてくれていたのである。
「…………」
改めて思うと、そんな彼らの『表現』の希薄さは、誰かに似ていた。
そして、敢えて彼らがそれを望んでいたからだと、そう思うようにもなった。
……正直、どちらかと言えば『聖竜』の時は、『ドラゴン達』の方に気が向きがちだった事は否めないが、それだけが理由ではないと言う事にも気づけたのだ。
──なにしろ、『エア達』も同様に『精霊達』に気を向ける事が出来ていなかったのだ……だから寧ろ『精霊達』が何かの『力』を使ったか、そんな立ち位置にいたからだろうと理解もできた。
『旦那……』
そして『綿毛』状態となった事で私は、そんな彼らの繊細な『表現』にも、今ならば気づける様になった訳なのである。
……同時に、彼らがずっと私達に、いや、私に、『成長を促していた』事にも気づけたのだ。
もっと言えば、その存在は陰からずっと『変化』を与え続けてきた。支え続けてくれていた。
──そう。その全ては『自然』の為に……。
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