第772話 無個性。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
2022、05、08──本文微修正、物語の進行に変更なし。
バウの腕に『ぎゅっ』と掴まりながら、私は『大樹の森』の空を、ふと遠く遠く見つめていた。
……無論、そこにはどこまでも続く『綺麗な空』があった訳なのだが──。
「…………」
逆を言えば、そこには『綺麗な空しかない』とも言えて……。
それに気づいた時、また私の『視点』は少しだけ『変化』を感じたのだった。
というか、率直に言って『ハッ』としたのだ……。
「……バーーウーーッ!!」
「──ばうっ!?」
……同時に、『ぎゅっ』と掴む手にも少しだけ『力』が加わる。
『既視感』も疼き、『聖竜』としての感覚が私の『心』を揺らして──。
『表現』を知った影響からか、『大樹の森』に対する見方にも微細な『変化』が生じている事を私は感じ取ってしまったのである。
もっと言うと、これまで漠然とだが感じていた『ロム』と『聖竜』の『差異』に関しても──今ならば別の『色や響き』が見えてくる様な気がしていたのだ……。
「……待ちなさいーーっ!!」
「ばうっ!?ばうばうっ!!」
……その感覚は、『ロム』が『お裁縫』をする時に──好きなだけ『似たもの』を作る事は出来たらしいが、『新しいデザインの服』を自分では作る事が出来なかったという事柄にも通じる、私の所感でもあったのだろう。
「……はやいっ!!何その切り返しっ!?」
「ばうっ!!」
早い話が、『ロム』が作った『大樹の森』を見ていると──当然の様にこの場所にも、その『性質』が当てはまるのを私は感じ取った。
それをなんと言うのか……要は、噛み砕いて話すと『ロムの視点』だけで作られる『領域』には、結局のところ『変化』が足りないのだと──いや、限りなく少なく感じてしまったのだと、そう思ったのだ。
私が言うのもなんだが……それは『ロム』自身と同じく──『ロム』が作ったものも、やはりどこか『詰まらなさ』を感じてしまったのだと、そう言えるのかもしれない。
そして、一度気になってしまうと急にそんな些細な部分が余計に目立ってくる感覚で──
この場所がこのままで在り続ける事の是非が、急に私の『心』を揺らし続けてしまったのである……。
「『大樹の森』の中だから!?……くっ、でもわたしだってっ!!」
「ばう!?……うぅぅうーー」
無論、ここには大きな『力』が満ちているし、安全である事に違いはない。
……だがやはり、見方を変えればここは変わり映えのない場所でしかなく──『変化』が大きく不足している事は否めなかったのだと。
『ロム』は不器用で、ポンコツで、ただただ長く『歩いてきた』だけの詰まらない存在だったから、そんな気づきは無かったのかもしれないが……と。
「…………」
……うーん、でも。全く気付かないという事はなかったのだろうか?
寧ろ、きっとその内心では『バウ』と同様に、誰にも言えない悩み──『不快』に思う『心』が潜んでいた感覚なのかもしれないと、今更ながらに思う。
ただ、この『空』を見ていると、急にそんな無意識的な『表現』を感じてしまったのだ。
「…………」
結果として、『エア』や『大切な者達』を様々な脅威から遠ざけ、守る事はできた。
だが……言い換えれば、『それだけしか』できなかったのだと。
それ以上の『表現』を生み出すに足る『力』もなかったと。
……それはつまり、『変化のない世界』と同義なのだ。
守った先の『未来』や、『日常』の変化を興じるまでの余裕が、『ロム』には欠けていた。
彼はただ『歩き続けるだけ』の『歪』な存在だったから……。
その『視点』はそれだけで完成されてしまっていたから……。
その先に歩く為の『道』を探す必要があった。
その『変化の無さ』は、言わばその『表現』の裏返しにも感じられたのだと。
「…………」
だから、その『代わり』となる存在を、無意識的に『ロムの心』は求めていたのかもしれない。
『成長を促す』存在──『聖竜』が必要なのだと。
もっと言えば、『別の視点』を深く考えられる様にもなりたかったのだろうか……。
『他者の気持ち』が分かるようになれば──『表現』できる様になれば、もっと『大樹の森』も良くできるだろうと、そんな願いもあったのかもしれない。
──結局、自分にないものを求めたかっただけ、その表れが『領域』にも出ているだけなのかもしれないが……。
その『理想』はなんとも言えない『歪』で、誰にも気づかれない寂しさが……そこには『表現』されてるようにも感じられてしまったのだと……。
「…………」
無論、『守るだけ』とは言ったが……それを成す事がどんなに難しい事か。
その為に『ロム』がどれだけの『力』を費やしてきたのか。
それによって、どれだけの者達が救われ、そして傷ついてきたのかを……今更言うつもりはない。
──だがしかし、そうやって全てを費やしても尚『足りなかった』のは、この『変化のない空』を見ただけで、はっきりと伝わってしまったのだ。
……この『空』は綺麗だけれども、『視点』が変われば『歪』にしか映らない。
ずっと『晴れ』でいる事は、必ずしも『幸福』ではないのだと。
時には、『雨』も必要なのだと、そう感じてしまった。
『エア』達を『理想』とし、その成長を見守り喜ぶだけならば、以前のままでも良かっただろう……。
ほとほと不器用だとは思うが──『ずっと一緒に居る』為には、自身もその『変化』に付いて行くために『適応』しなけばいけなかったのが、痛いほどに分かってしまうのだ。
「…………」
『ただ歩む』だけでは、『遅れる』ばかりだと。
なんにしても、『ロム』は限界を超え、多くの無理を通し、『変化』を増やす必要があった。
より良い『表現』を得る為に……。より良い『力』を齎す為に……。
より多くのものを得ようとすればするほど、それ相応のものを消費しなければならないのはもう覚悟の上だったろう。
そして、自分にはない『変化』を受け止めようと思うのであれば、寧ろ『空っぽ』の方がちょうど良かったのも分かる話だ……。
「…………」
『日常』とは、ある意味で『変化の連続』だから……。
変わっていない様に見えても、必ずどこかで何かが変わっているものだから……。
目の前で何かが起こらずとも、『世界の裏側』では今この瞬間も何かしらが起きている。
だからこそ、そんな『変化』にも微細に気づき、『成長を促す』為に『聖竜』がここに必要だった。
『空っぽ』の器には、それはそれは様々な『視点』もよく映えるだろうと。
そして、それを真似て作り直す事で、また自分にも活かせるだろうと。
……そう思ったのではないだろうか?
「…………」
……まあ、だとしたらやはり、酷い話だとは思ってしまうのだと。
『聖竜』などと名乗っておきながら……その実、私の『役割』は『試金石』なのだから……。
いっそ黒に染まっていた方が、如何にその役割に『適して』いた事だろうか──。
恐らくは我が事ながらも、自らすらも『道具』として扱う事に慣れてしまった『ロム』のその方法は、やはり『人の気持ち』からは少しだけ離れている様にも感じられてしまったのだ……。
寧ろ、本当に『ロム』には戻らず、このまま『聖竜』のままで居た方が良いのではないかと。
そんな事が、繰り返し繰り返し頭を過るのだ。
『父』を求める『バウの気持ち』や、『エア』達の今後を思うと、それだけで『心』は絶えず『変化』を見せる……。
「──もーーっ!!本気で逃げないでよバウッ!そろそろロムを返してっ!!」
「──ばぅっ、ばうっ、はぁ、はぁは……ばうっばう」
……だがまあ、私がそんな『不快』を感じていたとしても、『エア』達がまた上手く活かして変えてくれるのではとも思う。
『元の姿でまた抱きしめて欲しい』というその『響き』も、否定は出来ないし、したくはない。
『人』や『ドラゴン』など、種族の違いにおける『心』の機微にも、繊細に『色』を示せるその想いにも、理解を示していきたいとも感じる。
なんとも難儀な話だ……。
「…………」
ただ、結局のところ『聖竜』は私でしかないし、それ以上でもそれ以下でもない訳で──
その『変化』を与えるのはなにも『ロムでなくても良い』と考えるのも、至極道理ではあった……。
──それに、元の姿へと『身体の再構成』で戻ろうと思っても、現状はそれを可能にするだけの『力』が捻出できないでいる。
……だから、今は悩むだけ時期尚早ではあるだろう。
まあ、『本気でそれを望む』ならば、それさえどうにかできればいいとも言えるが……。
正直、現状ですらもう無理を重ねている訳なので、難しいというのが本音ではあった……。
「…………」
ただ、様々な『表現』を見て聴いて知り得た今の『聖竜』であれば、今後は以前よりもより『力』の使い方に見直しが出来るのではないかと、そんな密かな期待はある。
だから、また暫くの時間はかかるかもしれないが、それをきっかけにして『身体の再構成』を成し得るだけの『力』を捻出できるようになれたら、また続きを考えよう……。
なので、目の前の『エアとバウの想い』に関しても、もう暫くはこのままで──確りとその『心』と向き合い、『色や響き』を感じていきたいとは思うのだった。
……このまま『何もなければ』、そんな在り方でも構わないだろうと、漠然とだがそう感じていたのだ。
「…………」
──因みに、気づけば先ほどから『白銀のエア』と『バウ』が『大樹の森』の遥か高みで『魔法空戦』(第一回──『ロム』争奪鬼ごっこ)を目の前で繰り広げていたりはする。
……そして私は、完全に争奪されるその『お宝』役だった。
もはや常人では光が飛び交っている様にしか見えない程に二人の『空戦』は激しくも美しい。
当然見応えもあった。……現に、眼下に見える住人達も普通にそれに気づいた様子で──私の『視点』からも『楽しんでいる』様子が華やかに映っていたのである。
それに応じてか『既視感』もまた別の疼きを感じさせるが……『大樹の森』全体もちょっとした『賑わい』が広がり始めており──もう少し続けば突発的な『お祭り』を開催してしまおうかと動き始めている『精霊達』や『ゴーレム君達』の姿もチラホラと見え始めていた。
……なんと『イベント事』に手慣れている者達なのだろうか。
急に色々な『表現』が広がりを見せたようにも感じたのだ。
『──このまま第百四十三回『大運動会』を開催しちまおうぜーっ!!』と誰かが気炎を揚げるだけで、周りも直ぐに盛り上がりを見せていく様は……その『変化』は、とても目まぐるしい。
「…………」
……どうやら、この場所を『詰まらない』と思った事は、ちょっとだけ早計だったらしい。
この『領域』だけに焦点を当てるのではなく、この場に生きる者達の事も合わせて判断しなければ、この『領域』の事は『表現』しきれないのだと思い直したのである……。
「…………」
それぞれの『視点』と、私の『心』、『ロムの理想』、『エア達の想い』──。
そんな様々に『変化』を齎す為、『成長を促す』存在として『聖竜』がここに居る意味を、今一度『お宝』役は考え続けていた……。
そして、皆の『表現』を感じる様になって、より思う──。
『私が本当に『表現』したいものとは何なのだろうか……』と。
──無論、それは悩みというよりかは、『歪』にも揺れ動く私の『心の道程』そのものだとも言えるだろう……。
私はこの先『どう生きたいだろうか』と──ふと、そんな事も考えてしまう訳だ。
「…………」
ある意味で、この場所(『大樹の森』)は私達の『旅の終着点』でもあるが──。
無論、その逆でもあるからと……。
今こそが『岐路に立っている』と感じる瞬間でもあり、『変化の出発点』でもあった。
だから、そんな『変化』が目の前にあると思うだけで──不思議とこの『心』は不規則に揺れ動いてしまうのである……。
「…………」
……ただ、自然とそんな『想い』に『心』は沸き立つものがあったらしく──
それに応じた私の『翼』は、また『ぱたぱた』と動かしたくなってきてしまったのである。
うーむっ、今凄く『うずうず』する……。
それにまあ、目の前でずっと先ほどから『エアとバウ』が二人で激しく見事に『空を駆ける』ものだから……きっとそれの影響もあるのだろう。
『私も羽搏きたいな』と、思わず『心』が弾んでいた。
だから、バウの腕に抱かれた現状から『変化』を求めて──ずっと折りたたんでいた『翼』を、むず痒くなった私は外へと広げたくなってしまったのだ……。
「…………」
……しかし、その瞬間はちょうどよく『エア』が『──ロムっ!!』と言いながらバウへと急接近していた瞬間でもあって──私へと手を差し出してくるタイミングともピッタリと重なっていた。
なので、『エアの視点』からすれば『ピョコリ』と『翼』を広げた私が、そんなエアに合わせて彼女の方へと手を伸ばそうと、この『翼』を出したようにも見えなくはなかったのである……。
そう、だからつまりは──。
「…………」
「…………」
「…………」
その瞬間、『──ブチリッ!!』と、結果としてはそんな望まぬ『響き』が、無情にも辺りへと鳴り響いてしまったのも……本当に仕方がない話だと思う……。
それに、それは『エア』が無理に引っ張ったとかいう話でもなかったから──。
寧ろ、ただただエアの『指が少し引っかかっただけ』で、そうなってしまったのだ。
だから、私はこれもまた『誰かが悪い』という話ではないと本心から想った。
そして、それを直ぐに二人に『表現したい』と、強く思ったのである。
……逆に、たったそれだけの事で、『エアとバウ』の全力疾駆の『力』強さに儚くも耐えきる事が出来なかった私の『翼』の方が余程に問題だったろうと──。
「──ぱうっ」
──だから私は『大丈夫だよっ』と、青ざめてしまっている二人に向けて、直ぐに片翼のままでも、そう告げる事にしたのだが……。
またのお越しをお待ちしております。




