第77話 脈。
「なにか謎があるのではないだろうか……」
レベルの高い冒険者の姿をエアに見せて、良い刺激になって貰おうと思っていたのだが、流石に一番難易度が低いとされる東のエリアだとこんなものなのか?……いや、そんなわけがない。
私はここに、なにか隠された理由がある気がして、自然とそんな言葉を呟いていた。
三十分一周の散歩が終わってダンジョンから出てみると、気づいたら私のローブを掴む子供たちの中にはエアも混じっている。……おや、エアさんいつの間に。どうしたのかな?
「えへへっ、なんか楽しそうだなって思って。一緒に掴んじゃった」
顔を赤くしながらも、未だしっかり掴んで離さないエアは、屈託のない笑みを私に見せた。……そうか。それなら仕方がない。いくらでも掴んでいなさい。ん?あとで肩車もやってみたい?そ、そうか。分かった。後で必ずな。
……実は冒険者のランクとは、素晴らしいものかもしれないと、この時に私は少し思った。
未だかつて、ダンジョンがこんなにも小さな子供達や普通の街の住人達が笑って楽しめるような場所になるなんて、私は想像もしていなかったからである。
それにこの場所を『青石』から『緑石』への昇格の場に使っているのにも、凄い深い考えがあっての事だろうと、私は暫く考えている内に気付いた。……もはや謎は、全て、解けた。
これはギルドの思惑なのか、はたまたそれ以外の何某かの策略なのかは分からない。
だが、きっとその存在は『青石』の青年達にこう言いたかったのではないだろうか。
……『君達が守るものは認識できたかい?』と。
ここで冒険者の資格を取る者、この街でランクを上げて昇格していく者、それらのほぼ全ては、この街で暮らしてきた住人達なのである。
この街で生まれ、育ち、力をつけて来た者達。そんな彼らに、自分達が何の為に力をつけるのか、何の為に力を奮うのか、ここはそれを目に見える形で教える為の場所なのではないだろうかと、私は考えた。
『青石』の彼らは、これまで街中で仕事をしながら漠然と力を付けてきたのかもしれない。
だが、今日この日をもって、彼らはその背中に背負うべき者達の存在を自覚するのである。
それは言わばかつての自分達の姿。
彼らも『青石』になる前は、そんな『白石』の可愛い後輩たちだったのである。
だが、時を経て、そんな彼らが今度は、そんな可愛い後輩たちを守る番となり、その良き見本となる為に、気合を入れ全力でこの任務へと取り組んだ。
そして、そんな彼らの雄々しく偉大な背中を見て、次代の可愛い後輩たち、この可愛らしい子供達も彼らの様に自分もいつかはこうなりたいと憧れを重ねる様になるのだろう。
これは言わば、脈々と受け継がれ続ける襷だ。
冒険者達の想いを確りと繋げていく為、四方をダンジョンに囲まれたこの街が生き残っていく為に、苦肉の策として編み出されたこれは、まさに冒険者達の絆の結晶なのである。
……この仕組みを考えだした者は、相当に頭が切れる人物だろうと私は思った。
──だから子供達よ。ちゃんと見ていたかい。君達を守ってくれていた『青石』のお兄さん達の、あの素晴らしくカッコいい姿を……。
……えっ?見てない?ローブを見てた?いや、でも少しは覚えているだろう?ほらっ、あっちのお兄さんたちが一生懸命私達の周りで守っ……えっ?覚えているのはローブのやわらかさと良い匂いだけ?それ以外は全く?……そんなに首を横に振る程かい?そうか。ふむ。わかった。大丈夫だ。怒ってなどいない。最後まで君達はしがみ付いていたもんな。それじゃ彼らの真剣な後ろ姿も見えない筈だ。うん、いいんだ。まあ、こんなこともあるだろう。大丈夫だ。きっと……。
残念ながら子供達にはその襷は繋がらなかったみたいだが、あの『青石』の彼らの方はちゃんと守るべきものを認識できただろうか。
君達の背に守られていたのだと確り見ていたのは、私──初対面の耳長族──だけで、他のお母さん方は私にしがみ付いている子供達を微笑ましそうに見ていたし、エアも私のローブにしがみ付いていて見えていなかったが。
……あっ、いや、もう一人いた。私だけじゃない。彼らの試験官としてやってきたギルドの職員。彼と私の二人が見ていたのだ。……冒険者の絆の襷はこれでもちゃんと受け継がれてくれるだろうか。
まあ、月一、いや週一でまた子供達は通うそうなので、まだ次の機会もあるだろう。大丈夫だ。……今回限りの私は、気にしない事にした。
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
『お散歩』を終え、ギルドに戻った私達を迎えたのは、先ほど『青石』の冒険者達の試験官的な立ち位置にいた『緑石』のギルド職員の男性であった。
彼はこんなに楽だった『お散歩』は久しぶりでしたと言い、満面の笑みで私へと感謝を伝えてきた。
だが逆に私は、子供達に貴方達の勇姿を見せる筈の大事な機会を、邪魔してしまった事に対してちゃんと謝罪しておいた。私が予想が当たっているのならば、本来ならば子供達はここで彼らの後ろ姿に感動し、憧れて、先輩達の様な冒険者になりたいと決意する筈だったのだ。
私がその事を伝えると、職員の彼はポカンとした表情となり……そして笑った。
「いやぁ、そんな思惑なんてないですって!普段はもっと大変なんですよ?子供達ってホント自由に動き回るもんで、いくら言ってもあっちへいったりこっちへ行ったり。普段は保護者の方々と一緒になって子供達を追いかけ回って、いつもはてんやわんやなんですよ。……だが、それが今回はみんな大人しくてビックリしてしまいました。保護者の方々の、走り回らずに済んで嬉しそうで安心したあの表情も久しぶりに見ましたよ。……実は今回人手不足で、子供達に対処する為に態々試験官役に立候補し、『青石』のみんなにも手伝って貰おうと最初は考えていたんですが、いや、ほんと、私も彼らも貴方達のおかげで助かりました。子供達をあれだけまとめ上げる貴方のその後ろ姿、私は今日の事、忘れません。良い勉強させて貰いました。本当にありがとうございます」
「……そ、そうか。それは良かった」
私は『緑石』の彼から尊敬の眼差しを向けられる事になった。
……私の予想はどれも外れていたらしいが、終わりよければ全てよしと言う事で、まあいいだろう。
エアも楽しかったようだし、私も久々にダンジョンの空気を多少感じる事が出来て嬉しかった。
とりあえず今日の所はこのままのんびりと、この街の美味しい食事処でも探してエアと一緒にご飯を食べて帰ることにしよう。
「あっ、ロム!肩車してっ!」
……そ、そうだったな。分かってる。ちゃんと覚えているぞ。それじゃあ、帰りは肩車をして帰る事にしよう。ほらっ、乗ると良い。
「わあっ!ははっ!すごーーい!!」
初めての肩車に、エアは終始大はしゃぎだった。……だが、私の耳は取っ手ではないぞ。
まあ、そこまで喜んでもらえたのなら、私も嬉しく思う。
──後年。
初めての冒険者の街に来た時の感想で、エアに一番印象に残った事は何かと尋ねたら、この時の肩車の事しか覚えてないという答えが返って来た。……さもありなん。
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