第764話 無遠慮。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「…………」
ただ『聖竜』は先ほどから、ずっとどこか『他人事』の様にその光景を眺めてもいる……。
私が『ロム』であるならば、無関係な話ではない筈だから、もっと傍に寄っても良いだろうとは思うのだが……。
エア達と『ゴーレム達』が再会を喜ぶ姿を見て、その中に一緒に飛び込む事は……どうしても私には出来なかったのだ。
ここを訪れる前までの沸き立った『心』も、今は少しだけ鳴りを潜めている。
本当は、皆と共に分かち合った想いのまま、一緒に『色と音』を響かせるべきだったのかもしれないが──『聖竜には別の役割があるから』と、『既視感』が引き止めるのだ……。
「…………」
と言うのも、その瞬間に一つ気づいた事もあった。
『喜ぶもの以外の視点』が、この場にはある事に……。
「……がゆ」
「……きゅ」
そして、その『再会の喜び』と言うのは、ある意味で一番『幼竜二人』には『きつい光景』である事を私は感じ取ったのである。
……それは二人がどれだけ求めても、『手に入らない幸福の情景』の一つなのだと。
無論、それは『誰が悪い』という話ではない。
エア達が喜ぶことを止めるつもりもないし、幼竜二人の気持ちを場違いだと咎めるつもりもなかった。
……ただ、『誰かが喜ぶ陰で、悲しむ者もいるのだ』と、言葉で『表現』するのならば、その光景はまさにそれだったのだ。
『あたたかな場所』と、『さむい場所』は、共存する……いや、共存し得るのだと。
その『歪』は、決して珍しくもない。
そして、一概にそのどちらを『良い悪い』と判断する事も出来ないのだと、私はそう思った。
「…………」
それに、『あたたかな場所』を羨ましく思う『心』は否定できないかもしれないが──
それが『さむい場所』を卑下する理由にはならないのだ。
……自然と、『光』を綺麗なものだと、『闇』を恐ろしいものだと、そんな風に思ってしまってはいなかっただろうか?
本当はそのどちらも──『光』も『闇』も──『綺麗であり、恐ろしいものでもある』のかもしれないのに……。
もっと言えば、『雲泥の差』と言う『表現』を耳にした事があるかもしれないが──
それにしたって自然と、『雲』を良いものと、『泥』を悪いものだと、そう捉えてしまってはいなかっただろうか?
その本質は、両者の間には大きな『隔てり』があるというだけの話なのに……。
それぞれの『領域』があり、『視点』があり、大事なものがあるだけの話なのにだ……。
「…………」
──要は、そのどちらの『考え方』も、存在も、否定されるものではない。
……そして、その『視点』に気づけたならば、気づけた者が支えてあげればいいだけの話なのだ。
どちらの『考え方』に対しても何かを強制するべきではないし、無理やり強制された『思いやり』には『何かが不足している』事は言うまでもない。
一方が一方に対して、『相手を思いやっていれば……』だなんて、言うほど簡単でもないのだから……。
その『表現』へと至るまでには、『道』が必要となるのだから……。
「…………」
それに、どうしたって『視点』と言うのはそれぞれで凝り固まり易いものでもある……。
だからそれこそ、一度『空っぽ』にでもなってみないと、本当に相手の『心』を、その『表現』を、理解しようと思ってもできない者も居るかもしれない……。
己の『足跡』を、それこそ『視点』ごと限りなく失くした状態じゃないと、他の『道』がある事にさえも気づけない事もあるだろうと、『聖竜』はそうも思うのだった。
──だからだろうか。瞬間また、『既視感』が……いや、『ロム』が、『聖竜』に求めたものがはっきりと形となった気がしたのである。
……これまでは、まだどこかしら漠然としていた状態だったものが、そこにちゃんと適した『表現』を得て、当てはまった感覚だった。
「…………」
つまりは、『客観的な視野』と言うのは、己の『視野』が混ざればどうしたって難しくなる……。
だからその為に、一度己の『考え方』を真っ新な状態に戻す必要があったのだと──。
なんとも不器用で突飛な発想だとは思うが……。
あらゆる『表現』を理解する為には──『理想』と同様に、自分も周りへと『適応』しようと思ったのならば、『ロム』にはそうする以外になかったのではないだろうかと。
「…………」
『──『敵』をいつまで『敵』としておくつもりだ?』
『『力』を得て、守れるだけの術を得たならば、次は何をするべきだ?』
『……更に『力』を蓄える為に、更なる『敵』を倒す事か?』
『……守るための術を更に増すために、より強大な『力』を求める事か?』
『──じゃあ、それらをした後は?』
『いつまで、同じ事を繰り返すのだ?』
『いつまで、同じ『道』を歩き続けるのだ?』
『いつまで、どれだけ、どこまで行ったら……それは終わるのだ?』
『エアみたいに、エア以外の者達の事も、ちゃんと理解するためにはどうすればいい?』
『……ドラゴン達に対しては?』
『いつまで、『性質』に、その先に在る『仕組み』に、私は踊らされるつもりだ?』
『『人』がなんだ、『ドラゴン』がなんだ──結局は皆が『魔法使い』ならば、どっちだって一緒だっただろう?』
『……『理解』ができないわけではないのだ』
『……『理解しようとするかしないか』、それだけだったのだ』
『──『敵』をいつまで、『敵』とするつもりだ?』
『いつになったら、皆が『幸福』となるのだ?』
『『平穏』で居続けろとは言わない、『歪』であってもいい』
『……私はどうしたら、皆を『幸福』にできる?』
『自然と『理解』してあげられるだろうか?』
『強制ではなく、ふとしてさりげなく、大したことではないと、そっと支えて促せるだろうか……』
『『見守る』と言うのは、決して『放置する』という意味合いではないのだ……』
『……ただ、『教える』と言うのは、なんと難しいのだろうか……』
『──だがやはり、どうせならば皆で、『幸福』で在りたいから……もっと『力』の使い方を考えなければ……』と──。
「…………」
……何年、そんな事を考え続けてきたのだろうな?
『客観的な視点』で、言わせて貰うのならば、恐らくは我が事ながら『ロム』とはなんと難儀な存在なのだろうかと、自分でもそう思った。
『聖竜』がそれを言うのは何とも変な話かもしれないが……。
でも、『空っぽ』になったからこそ、それにも気づける様になったのかもしれないと思えば……。
まあ、悪くはなかったとも言えるのだろうか……?
──少なくとも、他の『視点』に気づける様になったからこそ、私は今、自分の『翼』をエア以外にも自然と、こうして使うことが出来る様にもなったのだから……。
「がゆ?」
「きゅ?」
「……ぱう」
……気づけばいつの間にか、大きく広げた私の『翼』の中には、『風竜くん』と『水竜ちゃん』が、すぽっと納まっていたのである。
二人は、そんな私の『翼』を不思議そうに最初は顔を向けていたが──
暫くすると『何か』を感じ取ったらしく、二人して左右から同時に私へと体重を寄せて、そっと自然に寄りかかってきたのだ……。
その『表現』に、なんと上手い言葉をつけていいのかは私にはわからなかったが──。
ただ、それに必要な『道』を私達は歩んでこれたのだと、それだけは分かったのだった……。
またのお越しをお待ちしております。




