第763話 不愛想。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『悲しみ』を知らぬ者に、『悲しい色や音』を『表現』する事は出来るだろうか?
「…………」
……いや、出来るかもしれないが、きっとそこには『何かが不足している』事は否めない様に感じるだろう。
笑えないものがどうしたって、笑顔の素晴らしさを上手く『表現』できない様に。
怒りを知らぬものがどうしたって、怒りの存在意義を理解できない様に。
『表現』をちゃんと理解する為には、ある程度の経験が絶対に必要になる瞬間がある──。
『誰か』を心から愛するとき、その愛が本物かどうかは『心』が響きで教えてくれるように……。
「…………」
それ無くして語られる言葉や、想いのなんと薄っぺらい事かと、そう感じてしまう瞬間がある。
……だから『旅』もそうだ。
……いや、きっとどんな事柄でもそうなのだろう。
私達が何かを『教わり』、それを理解した気になっているだけでは、どうしたって理解しきれていないものがあると。
だからこそ『表現』を確りと理解したいと思うのならば、それ相応の『道』が必要になる。
そして、近付いて視える『白銀の館』も、まさにそんな必要とされる『道』の一つである様に私には感じられたのだった……。
「…………」
──ギギギィーーと。
『白銀のエア』の手で開かれていく扉は、少しだけそんな古めかしい『さび付いた音』を鳴らしながら、静かに静かに開かれていった……。
そして、その先でエアと私、それから『風竜くん』と『水竜ちゃん』を、さも当然の様に出迎えてくれたのは、小さな小さな『執事服を着たゴーレム』だったのだ……。
『──ぴょこり』と小さくお辞儀をしながら、まるで『おかえりなさい』と朗らかな微笑みと共に告げるかのようなその仕草──そんな『表現』をする『執事ゴーレム』からは、とても嬉しそうな雰囲気が伝わって来る。
「……あっ、た、ただいまっ!」
……するとだ。その『執事ゴーレム』を見た瞬間、傍にいるエアからも喜びが一気に花開くかの様な雰囲気が伝わってきた。
彼女は思わずこみ上がってくる想いからか少々声を詰まらせながらも、嬉しそうにそんな言葉(想い)を返している。
その『喜び』をちゃんと理解するには、きっと私を含めた『幼竜達』ではわからない想いがあるのだと直感した。
『久しぶりに会えたから嬉しいんだ』と、そんな一言で済ませてしまうにはあまりにも惜しい想い──言い表すにはあまりにも止めどない感情がそこには溢れていたのだと。
それに、まるでそんな喜びが『白銀の館』中へと伝播していくかのように、至る場所から『何か』がぞろぞろと近づいて来る『音』も段々と響いてくる──。
──ダダダダダッ!と。
──ピョンピョン!と。
──スタタタター!と。
「……みんなもっ……ただいま……」
その『足音』は、それだけでもう喜びに満ち溢れていた。
『何か』の正体は『執事ゴーレム』とほぼほぼ大きさの変わらぬ小さな小さな『ゴーレム』達だった。
そして、彼らは皆違った格好をしており、皆違った反応で、それでいて皆が一目で『嬉しい』と分かる仕草をしていたのだ……。
『ゴーレム』達は思い思いの喜びを、それぞれが『表現』しているとも言えるだろう……。
一部では嬉し過ぎたのか、感極まって泣いてしまっているかのように、手で顔を押さえている『ゴーレム』も居た。……無論、そんな彼らの様子を見て『ゴーレムだから、涙なんかでないだろう?』だなんて、そんな血も涙もない様な事は思いもしない。
彼らには間違いなく『涙』が流れていたと、そう思ったのだ。
「…………」
無論、その一番の『理解者』は『白銀のエア』である事は言うまでもないだろう。
そしてそれは『旅』をしなこなければ──これまでに経験を積んでこなければ、見えなかったものでもあるのだと……。
その光景はある種の『悲しみ』も感じさせたが……それ以上に、言葉に出来ないほどの『あたたかな思いやり』にも溢れていた。
『悲しみ』ならば、『全て消し去ってしまった方が良い』と、そんな『考え方』もあるかもしれないが……。
時にはこうして、『幸福』なだけでは決して辿り着けない『想い』がある事も、きっと忘れてはいけないのだろうと、そう思う。
そして、それに『気づける存在』である彼女の姿を、自然と私は『美しい』と思うのだった──。
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