第761話 不器用。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『視点』が異なれば、それぞれの求める『幸せの形』も異なる事は……今更言うまでもないのかもしれない。
『家』の中が最も大事だと視る者は、『家』の中にしか目が向かない事はよくある話だ。
『街』が大事なら『街』の中だけで……その者は逆に『家』の中の事が視えなくなってしまうことも多いのではないだろうか──。
『国』が大事なら『国』の中だけ……。
『世界』が大事なら『世界』の中だけ……。
『自らの領域』が大事なら、その『領域』の中だけ……。
『愛する者』が大事なら、その『愛する者』の事だけを優先しがちになり易いのだと──。
「…………」
──逆に、先も述べた通り、己の『視ているもの』以外の事象が、視え難くなってしまうのは本当によくある話。
……皆、それぞれの『幸せの形』を追い求めるからこそ、認識にもズレが生じる。
『『幸せ』になりたいのならば絶対にこうするべきだろう!なのに、なんでみんな分かってくれないんだ!』と。
そんな、それぞれの考え方がぶつかり合えば、そりゃ当然の様に争いも生まれるのはある意味で必然であり、道理でもあるのだと。
「…………」
だからこそ私は、一部を除き『考え方』自体には良し悪しはないものだと考えている。
……それはある意味で『表現の力』そのものだからと。
『妄想する事は自由だろう?』と。
──要は、良し悪しが生じるのも結局のところは、どう誤魔化そうが『力』の使い方次第なのだと。
「…………」
……そう。だからこそ私も、今日も変わらず暢気に『翼』を動かし続けていた。
『ぱたぱた』としながら、一生懸命に歩むエアの後に続き、その先に居る『幼竜』達の仲良くする様子も視界の中に収め続けている……。
『ダンジョン都市』を出てから暫くは、正直なんとも言えない微妙な空気感だった様に思う。
なんと言うのか……『消化不良』的な?『不完全燃焼』かつ、中途半端な『道』を歩いている感覚が、またそこはかとなく漂っていた様にも思うのだ。
「…………」
──だが、それも結局は、エアが払拭してくれた……。
彼女は私達へと手を指し伸ばすと、むぎゅっとして抱きしめて、前へと導いたのである。
常に『道』が、整っているばかりの快適なものではない事を彼女は知っていた。
『泥濘ばかりで歩き難い『道』も当然あるのだ』と。
でも、私達はその『道』を無理やり踏破するだけではなく、『回り道』をする事も選べるんだと。
『歩き方』にも様々あるから……。
その『力』も使い方次第で……その活かし方も一つではないからと。
『回り道』とは決して、『逃げ出す』為のものではないのだから──。
……そう言って、器用に微笑みながらも語る彼女の瞳には、更なる確固たる『意思』の強さを感じた。無論それは私達にとっても、とても大きな『変化』であった様にも思う。
「…………」
……簡単に言えば、エアはずっと『心』のどこかで、未だに『ロム』に甘えていた部分があった。
しかし、思うように甘えられない環境が彼女を変えたのだろうか。
彼女は自分なりの『別の道』を常に模索するに至り──その為の術の一つとして、『ロム』の定めた『道』から完全に外れる様な歩みを始めたのだ。
『聖竜』の視える範囲にはない歩みも増えた──その元となる考え方や、『教え』を超える想いを軸にはするが、彼女は独自の『道』を築き始めたのである。
それらはエア本来の、彼女だけの歩き方であって、彼女だからこその良さであり、『ロム』と言う殻を破る為にはずっと必要な要素だった様にも思うのだ。
何かしらの『問題』を出題されて、それを『解く』事に夢中になっていたこれまでの状態から、一歩先へと、彼女は踏み出したのだと思う。
それはまさに、自分で『問題』を探し、見つけながらも、それに対する『解』を自分なりに生み出す姿であり、更には『失敗』を重ねながらもちゃんと改善していく──『理想の姿』の完成形でもあった……。
「…………」
……まだ『心』のどこかで拠り所としていた部分を、その弱さを、彼女は無意識的に切り離すようになったのかもしれない。それはある意味で、『ロムを不要とする』選択だったとも言えるのかもしれない。
──だがしかし、それに対する是非など、次第に『どうでもいい』と私は思い始めていた。
それどころか、その変化を感じた瞬間から、正直私は『肩の荷が下りた』感覚に近しい気持ちに満たされており、今ではとても穏やかな心境に至っていたのだ。
「……ロムー、遅れがちだよっ──よいしょっと、さあ、一緒に行こっ」
「……ぱう」
……うむ。ありがとう。
少々『ぱたぱた』に夢中になっていたらしく……私の『歩く速度』はエア達に比べて、まただいぶ遅れてしまっていたらしい……。
だが、それに気づいたエアは、その度に私を抱っこしに戻って来てくれたのである──。
『…………』
──瞬間、またも『既視感』が、私の中に何らかの『音』を響かせた気がした。
その際の気持ちをなんと『表現』したらいいのか、上手くはわからない……。
だが、私はきっとそれを『待ち望んでいた』様に思うのだ。
同時に、それは私にまたも『役目の終わり』を感じさせたが──
それに対しては、いくらか悲しい『別れ』とは別の意味合いへと進路が変わっている様にも思わせた……。
なんと言うのか、この先には『あたたかな時間』が待っている様な気配があったのだ。
……それはまるで『もう少し』『もう少しだよ』と。『戻ろうよ』『戻らなければ』と──
そう告げられているかのようでもあり、まるで何かが芽吹きを急かしているかのような……そんな待ち遠しい雰囲気であった。
「…………」
気づけばいつしか、『旅』の間にまた一つ『寒さの厳しい季節』も過ぎ去ろうとしていたらしい……。
それに伴って、目的地としている『第三の大樹の森』も──『白銀の館』と呼ばれる場所も、もう直ぐだと言えるくらいにまで、私達の『旅』は進んでいたようだ。
『──もうすぐ『大樹の森』に帰れる』と思うと、それだけで自然と私の『心』も湧きたってくるのだから……それはまた、なんとも不思議な感情ではある。
ただまあ、それだけあの場所が私達にとっては『特別』だという証明なのだろうか……。
「…………」
だが、それではまるで『帰るために、旅をしていた』と言うかのようで──
それがなんとも『歪』で、それがなんとも面白くて、私は内心で少し複雑な思いを抱いてしまうのだった……。
またのお越しをお待ちしております。




