第76話 勢。
私の時代ではランクと呼ばれれるものがそもそも無かった。
冒険者にはそれぞれ得意な事や不得意な事があって、各自が自由に協会に寄せられた依頼の中から自分達に合ってると思ったもの受けていく。そんな各自の判断に任されていたのだ。
冒険者には隠しておきたい技能があり、冒険者に対して『何が出来るのか』と尋ねるのは、冗談ならまだしも深く探るのはしてはいけない事だというのが暗黙の了解にあった。
それが時代の変化か、依頼を効率よく最適な冒険者に振り分ける為と、依頼自体の成功率を上げる為に、今は冒険者の能力を開示してもらいそれに適したランクを定め、それに沿った仕事を斡旋していく形に変わった。
冒険者は協会員と言う形態になったわけだが、魔法使いの世界においての、詠唱や魔法陣と言った便利な大衆向けの技術の、その裏側にある思惑を知ってしまった私からすると、これにもどうやら冒険者が何が出来るのかを把握しておきたい、そんな何者かの思惑が透けて見えてしまう様に感じられてしまうのだ。
ただ、このランクにしても、表向きの利便性は確かに素晴らしいと思った。
より人の為になれと、困る人が少しでも居なくなって欲しいという思いが込められて、機能的に作られたのだとは思う。
確かにこれなら依頼の成功率は上がるし、無理をして命を失う者も減っただろう。このランクを判断する者が正常な判断をし、その方法を誤らない限りは……。
私達は今、一番危険度の無い、『白石』達でも入れるダンジョン、通称『お散歩ダンジョン』と呼ばれるダンジョンの前に来ていた。近くにはもちろんエアも一緒でいる。
「うわあああああん!」
「わーーーーー!」
「ねえ、おじちゃんおじちゃん」
「ロムっ!見てこの赤ちゃん!かわいい!」
「きゃっきゃっ!」
「そっちはいっちゃダメよー!こっちに戻って来なさーい!」
「ねえ、おじちゃん!おじちゃんてば!」
そして、私達の周囲には小さな少年少女達とその保護者の方々。中には母親とみられる女性に抱えられたままでやってきた赤ん坊の姿さえ見える。
エアはそのお母さんが抱えている赤ん坊のぷっくりした可愛らしい姿に夢中になっており、そのお母さんと楽しそうに話し合っていた。
一方何故か私は、年齢一桁代の少年少女達に囲まれており、みんなが私のローブを掴んで離さないので固まってしまっていた。……あの、保護者の方々、微笑んで見ていないで、どうにかして欲しいのですが。
一人泣いている子は私のローブが掴めなくて泣いているみたいなので、抱きかかえてあげたら泣き止んだ。まったく君達も冒険者の資格を得る為にここに来ているのだろう?そんなことくらいで泣いてはいけないぞ。
「ねぇ、おじちゃんっ!おじちゃんっ!」
「わーーーふわふわーーーー」
分かった分かった。ちゃんと聞こえているからな。次に抱っこして欲しいのだろう?……ん?違う?肩車が良い?分かった分かった。乗せてあげるから少し待ちなさい。あっ、そっちの子は、ふわふわなのはわかったから体に巻き付けて遊ばない様に。それだと他の子が掴めなくなっ──
「うわあああああん」
──てしまったな。よし。ほらほら、君も抱っこしてあげよう。なーに、腕は二本ある。この細腕でも子供の一人や二人、抱っこするのも訳ないぞ。
「おじっちゃっん!おじっちゃっん!先にかたぐるまっ!」
おお、そうだったな!よく我慢して待っていた。君は忍耐力のある者だ。ほら肩車だ!乗って来なさい。……よしっ、いいバランス感覚だ。君は泥に塗れても上手く這いずっていけそうだな。立派に育つんだぞっ!
……ただあの、保護者の方々、そろそろ。そろそろ、どうです?もう良いのではないでしょうか?えっ、もう少し頼む?……ふ、ふむ。分かりました。私達は別にギルドの職員ではないのですが、喜んで引き受けましょう。
今ここに居る者達はみんな街中で暮らす住人達と、『緑石』のギルドの職員と斡旋されてきた『青石』の護衛役の冒険者達、そして私とエアである。子供や赤ん坊連れの保護者の方々はみんな私達と一緒の『白石』の銀板ネックレスをしている。
街に入った私達は、東西南北に分かれているエリアの中で、最も難易度が低いとされる東のエリアへと来た。
ランク制度を考えた時に『白石』である私達は、一番難易度が低い東へと行くのが良いだろうと思って来てみたのだが、その予想は当たっていたようで、宿を確保し東エリアのギルドに向かってみると、中は私達と同じ『白石』の人達ばかりが居た。
良く見渡してみると、その大体が街のお母さん方で、そこで彼女たちはみんな『ダンジョン散歩』という聞き慣れない予約をしていたのである。聞けばこれは依頼の斡旋とはまた別物であるらしい。
そこで、旅をしてやってきた私達もこれは試しておかなければと思い、その予約と言う奴をやってみたのだが、人が多くて最初は無理かと思っていた所にちょうどキャンセルで空きが出来たらしく、急遽参加枠に滑り込めた。
そして、すぐさま私達は案内され、現状『お散歩ダンジョン』と呼ばれている"ダンジョン靄"の前までやってきたと言う訳である。
──ダンジョンの入口は様々な形をしている。
大樹の森の近くにある『秘跡』の様な、『水溜まり形態』や『扉形態』、『洞穴形態』、『落とし穴形態』、『玉形態』、『蜘蛛糸形態』、そして、今回の様な、『靄形態』などがある。
これらは周りの環境によってその形態を変えるらしいので、他にもいろいろな種類があるそうだ。
まあ今回の場合は、街の一角にある空き地の中心辺りが、なんか白くモヤモヤッとしてる。
霧が出ている訳でもないので、これは一目で見てダンジョンの入口だと私は分かった。
そんな靄の手前には、旦那さん達が別のダンジョンでしっかりと稼ぎに行っている間、お子さんを連れてやってきたというこの街のお母さん達と私達が居る。
お母さん方とエアは会って秒で何かしらを感じ取ったのか、挨拶して直ぐに打ち解け話し始めると、もう楽しそうに笑い合っていた。
そして、そんなお母さん方の話を聞くところによると、どうやらここ数年この街にいる研究者達の研究結果から、『幼い頃からダンジョンに通うと身体の丈夫な元気な子に育つ』というのが証明されたらしく、こうして小さなお子さんが居るみんなで月に一度、出来るなら週に一度はダンジョンに子供達と散歩に行くのが、最近のこの街の流行りになっているのだそうだ。……凄い世の中になったものだと感じる。
それにこの『ダンジョン散歩』はギルドも推奨している制度の一つらしく、ちゃんと予約さえしてくれればギルドから護衛用の人員を無料で付けてくれると言うのだから、本当に効果があるのだろう。良い制度だとも思う。
ギルドとしては将来活躍してくれるだろう人材の為に先行投資しているだけなのだろうし、聞けばこの『お散歩ダンジョン』は淀みもかなり薄く、滅多に魔物も現れないと言うから危険も殆どないのだとか。
居たとしても、動きの遅いネズミのアンデットが精々だと言うから、戦闘経験のない『白石』のお母さん方でも足で充分に追い払えるのだそうだ。
……そうして暫くお母さん方と一緒に待っていると、気が付いたら私は子供達に囲まれていたのだが、それと同時にギルドからは予約特典として来てくれた『緑石』の職員と、おまけ特典枠でギルドから斡旋を受けてやってきた『青石』の冒険者達五人が揃った。
これでここのチームは全員らしく、軽く挨拶を交わしたところで、私達はダンジョンの中へと入っていく事となる。ここは街中の空き地に出来たダンジョンの一つらしく、今回回る事になるのは一階層だけ。それも、適度にぐるっと一周約三十分程の散歩コースとなっていて、その一本道を歩くだけで簡単にここに帰って来れるらしい。
……因みに、『青石』の冒険者五人組はこれが『緑石』への昇格試験も兼ねているのだという。
こんな難易度の低い場所で態々昇格試験を行うのか?と思うかもしれないけれど、若者五人の男性たちはみな街で真面目に働いて来た好青年達ばかりで、『緑石』の職員が話す言葉を一生懸命聞きながら、私達を守る様に散開して、辺りへと警戒を払っている。
そうして、守りを固めたまま私達は一団となって靄の中へと入っていき、素朴な空き地の風景を見ながら、一周三十分を一緒に歩き続けて、何事もなく、靄から出てきた。
「──よし。問題ないだろう。これで君達も本日から『緑石』だ。精々励んでほしい」
──なにぃっ!?『緑石』って、これでなれちゃう?そ、そうなのか。知らなかった。なるほど。
……私は、今日一番の驚きを覚えた。
またのお越しをお待ちしております。




