第759話 不完全。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「……ね、ねえロム?そろそろ本気で、元に戻ってみない?」
「…………」
『ダンジョン都市』から離れ、『大樹の森』へと向かうその道中……。
『聖竜』をヌイグルミの様に抱っこしたまま歩いている少女──『白銀のエア』は突然、そんな事を言ってきたのだ。
それも、抱えられる私の後頭部に当たる吐息には何やら妙な色合いがあり……照れくささの様な雰囲気も感じられる。彼女はさりげない振る舞いでその言葉を発しているつもりになっているかもしれないが、その内心では強く『何か』を求めている事も私には簡単に分かってしまったのだった。
──だがまあ、要はもっと噛み砕いて言うと『イチャイチャしたい』的な、そんな色合いがその言葉の中には多分に含まれていたのである……。
そしてエア本人としては、それを隠しきろうとしているのかもしれないが、全く隠し切れていないのがまたなんとも愛らしい。
それに、『なんでいきなりそんな事を?』と、今回に限っては私も思わなかったのだ──。
「がゆっがゆっ」
「きゅっ?きゅっ、きゅっ」
「がゆー」
「きゅぅ、きゅ?きゅう」
──と言うのも、先ほどから私達の数歩先で『イチャイチャとしている』存在がいるからであり……。
それがまあ、私からすればなんとも微笑ましくはあるのだが、視る者が違えば『心の隙間を埋め合う姿』に見えなくもなく……もっと言えば、『切なさを刺激する愛』がそこには感じられたのだった。
「…………」
正直、『失う辛さ』を知らぬ者では分かり難い感覚なのかもしれないが……。
『既視感』の影響からか……一時だけでもぬくもりが欲しくなる状況というのが、時としてある事を『聖竜』も何となくだが理解ができてしまったのだ。
そして、それが『熱しやすく冷めやすい感情』の一つの形態であるという事も……。
同時に、それが間違いなく『心』を補い合うものであるという事も……。
例え、それが長続きしない焚き火であったとしても、その火は濡れた服を乾かしてくれるように──その思いは確実に『心』の隙間を埋めるものではあるのだと。
『一晩で、愛も恋もできるかもしれない……ただそれは時として、一瞬で儚くも消えてしまうものなのかもしれない』
……だがしかし、それでも『無意味ではない』のだと。
「…………」
ただ、その愛は時として、周りにも切なさを伝播させるものであり……。
手にできない時ほど、より魅力的に映ってしまうものでもあった。
簡単に言うと、『妙に自分も急に恋をしたくなる気持ち』──と言うのか、そんな不思議な『力』を生むのである。
……そう。だからつまりは、そう言う事。
それによって、『白銀のエア』もまた、『風竜くん』と『水竜ちゃん』の様子を見ていて、普段なら我慢できる『切なさ』が、今はちょっとだけ増幅してしまった様子であった。
幼竜である二人と同じく、今のエアもまた子供の体躯をしていることが影響しているのか、その求める『愛』の種類もまた近しかったのだろう。
……言葉にすればきっと『慈愛』という、そのどうしようもなく深い愛情を、何か他の形で埋められないかと、思わず『心』が疼いてしまったのだ。
「…………」
『代替の愛』では、それこそ完全にその隙間を埋め、修復することは叶わないかもしれない。
……ただ、埋めても直ぐにまた剥がれてしまう様な『まやかし』であったとしても、今この瞬間だけは必要なものもあると。
『ロムが元に戻れば……』と──そう思わせてしまっている時点で、今の『聖竜』では『力不足』なのだと分かった。
……だがしかし、それはどう頑張っても今の私には与えてあげる事ができないものであり──
それを感じた瞬間にまた、私の『心』には言いようのない『既視感』が少しだけ走ったのだった。
「──ぱう」
……ただ、私としてはそれを、不思議と直ぐに肯定的に捉える事ができていた。
──だってそれは、『エア』が『聖竜』ならば叶えてくれるだろうと、そう思ってくれているからこその想いなのだからと……。
だから私は、エアの言葉に直ぐ頷きを返せたのだ。
『──うん、戻ろう』と。
そして、『戻れた時には君の望みを何でも叶えてあげる』と、そんな思いも沢山込めた……。
無論、『何でも』は流石に言い過ぎかもしれないが……内心、そのくらいの気持ちでエアに応えたいと思ったのである。
残された『力』の限りは、その為に尽くそうとも思った。
「…………」
……ただ、『今すぐにはちょっと無理だから』と。
一旦はその代替案として、私はエアの腕から飛び降りることにし、代わりに大きく翼を広げる事にしたのである。
──本来の役割として、私のこの『翼』は空を飛ぶことは叶わないが……誰かを柔らかく包み込むことはできるから……。
不器用な『表現』かもしれないが、現状で持てる限りの『慈愛』をもって、私はエアを優しく包み込んだのだった──。
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