第752話 成、果。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『赤い石』を抱きながら耐える『風竜くん』の姿を、私達は痛ましく感じていた。
『…………』
『なんと声をかけていいのか』とそればかりが頭を過る。
今ここに至っては『どうしてそうなってしまったのか』という問いも無粋でしかない。
その悲しみを直ぐに癒すことが出来る『言葉』はもう誰にもかける事ができないのだ。
『届かぬ存在』にしか……。
『…………』
だから、この間『聖竜』に出来る事と言えば考えを巡らすくらいで──
自然と『ダンジョンコア』について、私は考え続けていた……。
ただ、そこで真っ先に思ったのは『ダンジョンコア』とは恐らく『想いの結晶』であると言う事。
また、それが『何のために存在するのか』についてだが──
それはきっと『世界の仕組み』の一部として、『循環』の役目を負っているのではないかと『聖竜』は思ったのだ……。
『…………』
……予め、その『領域』の中に魅力的な『力』を用意しておくことで『利』を示し、逆にその『利』を求めて訪れた者達からより大きな『力』を集めていく存在。そして、集めた『力』で新たな『利』を作り出していく『作り手』でもあると……。
その元となるは何かしらの『秘跡』であり、もっと言えばその『秘跡』の元となるのは何者かの『力』であり、『歪な想い』でもあった。
当然、それ自体は込められた思いや『力』の種類によって、周囲の環境や生み出す『利』に様々な変化を与えるものでもあるのだろう。
……集めた『思い』に応じて『変化を促していく力』とも言える。
それはある意味、『聖竜』と似た様なものだと……そうも思えたのだ……。
『…………』
……一見するとただただ怪しげで、全てが同じようにも視えるかもしれないが、その実、その『赤い石』には『心』を感じたと『風竜くん』に手渡したエアも語っていた。
実際、エアはこれまでにも他の『ダンジョン』の『ダンジョンコア』を視た事もあったらしいが、その時より今回見つけた『赤い石』には『禍々しさが少ない』と感じたらしい。
そして、その時との感覚の差から、エアにはこういう風にも感じられたそうだ──。
まるでそれは『人』の感情……『喜怒哀楽』の揺らぎを視ているかの様だと。
「──それね。触っても平気だったんだ。寧ろ、『誰かを傷つける』事よりも『まるで見つけて欲しい』と言っているかのようだった。……それもね、わたしが触れた時不思議と『風竜くん』とわたしが一緒に居る事を察したのか……『風竜くん』を呼ぶお母さんの『声』も一緒に聞こえた気がしたの──『ごめんね』って。『いつまでも元気で、健やかに生きて欲しい』って。『お父さんを許してあげてね』って」
……そんな『心』を感じたエアは、思わずダンジョンに入ってしまったらしい。
以前も似た様な状況があり、その時には『ロム』が対処してくれたらしいが──
『わたしもちゃんと気づく事が出来る様になって良かった』と。
もしもその『声』に気づけなかったら、その想いは届くことなくその場に置き去りにされたままになっていたかもしれないから……と。
そもそも、エアの『領域』たる『音の世界』とは、そんな『声なき者達』を受け入れる為の『世界』でもあったからだろう──『勇者一行』に導きを示した時と同様に、気づき難い『音』にもちゃんと導きを示す事に対して、エアは責任感の様な思いを感じ始めているのかもしれない。
無論、『黒幕』たる存在が居る事を軽視したり忘れている訳でもないらしいが、止まれなかったそうだ。
一瞬、その言葉にまた言いようのない『既視感』も過った気がしたが……。
「──それにね、『ダンジョン』も『呪術師達』と同じくらいに危険な存在なのかなって最初は警戒もしてたんだけど……途中で、どっちも『囮にされてるだけなんじゃないか』ってわたしは思ったんだ」
と言うのも、『……今だからこそわかるけど、本当の『敵』はずっと隠れたままなんだと思う』と。
そもそも、『ロム』ですら手出しができないくらいだから、きっと簡単に『敵』が見つかる筈もなく、その痕跡を軽々と残しておくとも考え辛い。
だから、表に出てきた『呪術師達の成れの果て』も『ダンジョン』も『黒幕』ではないんじゃないかと考えたそうだ。
無論、こちら側が何らかの攻撃を受けていると感じた以上、完全に『敵』となる存在が見つからないと不自然が過ぎるから──『体のいい囮役』が必要だったんじゃないかと。
『気づいても気づかなくても』、矛先が向くとしたらそちらに集中する様にしておけば『黒幕』としては安心だろうから。
集約された『力』は『世界』の為に再利用され、勝手に『囮』を『黒幕』だと誤認させるだけの『歪な仕組み』だけを残しておけばそれだけで事足りると。
──それは『黒幕』に近づこうとする存在に対する『罠』なのだと。
『…………』
『世界』と『繋がり』を持つ者であれば必ずと言っていいほど、『世界の仕組み』の干渉からは逃れるのが難しくなる……。
だがしかし、時としてその頸木から外れようとする存在はこれまでも居ただろう。
だから、それすらも見越して、その『害』を取り除くための対処が必要だった──だからこそ『強大な囮』が必要で、それを攻撃させる事によって、新たな循環を促すのではないかと。
もしも万が一、そこから『黒幕』たる存在を辿られない様にもする為……。
または、不必要に『世界』を破壊されない為……。
ある意味では『世界にほど良い変化を促すため』に、と……。
色々な『力』を試せる機会と、それをぶつけてもいい相手を、『世界』の中から選別し、対立させ、『力』を『循環させる仕組み』──別の言葉で言い表すとしたら『輪廻』とでも呼べる方法がそこにはあるのではないかと……。
そして、『ドラゴン達』はまさにそんな『ダンジョン』と言う『世界の仕組み』に近づきすぎたのではないだろうか。
『人の街』で隠れ潜み生きる事を選んだが故に、逆に『ダンジョン』と近づきすぎた『ドラゴン達』はその『仕組み』に巻き込まれる事態となってしまったのかもしれない。
『風竜くんの母親』も、相応の『力』を持っていたからこそ目を付けられ、更にはより大きな『力』を得ようとしたが故に──『消費される対象』になってしまったのではないだろうか。
『変化』し続ける為に必要な事とは、ある意味では何かを消費し続ける事であり……また何かを生み出し続ける事でもあるからと……。
『…………』
無論、その『歪』な前提を支える為には根源的な大きな『力』が必要となるだろうが……『世界』には既にそれを満たすだけの『力』が十分に備わってもいた。
──ただ、その『力』が如何に大きくとも『循環』もせぬまま、『自浄』もしないままの『力』では『淀み』ばかりが一方的に大きくなってしまい『力』にも偏りが生まれてしまうだろう……。
よって、その『淀み』を分散させる方法か、それがより集まる場所に何らかの『自浄の罠』を仕掛けておく必要があったのである。
寧ろ、逆に言えば『歪』であり続ける存在が居たとするならば、それこそが『世界の仕組み』の一部であり、それは『淀み』を各地に分散させる役割を持つ『囮』である可能性も高いだろう、と。
そして、その存在はきっと『立ち止まってはいけない』のだ……。
「……ねえ『ロム』、わたしは……」
ただ、私がそんな考え事をしていると、いつの間にかエアのそんなか細い『声』も聞こえてきて──
彼女はこれまでにない位に『とても不安そうな眼差し』で私の事を見つめているのにも気づいたのである。
『…………』
うむ。だが、『聖竜』にはそれを晴らすに足る『力』が足りず、ただただ頷きを返す事しか出来なかった……。
むやみに『──大丈夫だよ』という、そんな一言さえも今は少し遠く……。
拙くも精一杯の想いを込めて、私はエアを『想い続ける』ことしかできなかった……。
──と言うのも、何故ならその考え方をして気づいた事だが、エアからすれば『黒幕』から『囮』にされている可能性が最も高いのは……『呪術師達の成れの果て』や『秘跡の成れの果て』以外にも、直ぐに思い至つ存在が傍に居たからであろう。
『…………』
寧ろ、『世界の支配者の成れの果て』たる『聖竜』と言う存在こそが最も……その歩み方も含めて、彼女の『敵』足り得る『世界の仕組み』である様にしか思えないのだから──。
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