第746話 露呈。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『願いは槻に、月へと欲し、星に意志、石は貸し、瑕疵は新か、粗か荒かの瀬戸際で、さすればこその渡世とは、然るべきとの軸の音ずれ──』
『──よって、全てはそう。世は事も無し……』
「…………」
『ダンジョンになっているから平気』とは、いったいどういう事だろうか……。
それではまるで、『ダンジョンの正体がドラゴン達だった……』と言う風にも聞こえてしまう。
『風竜くん』にとってはさも当然の様に語られたその一言だったが……よくよく冷静に捉えてみると、その言葉はとても恐ろしいものに感じられた。
『ダンジョンになる』事が『平気』に繋がる──という感覚が私の中には存在しない。
……寧ろ、その言葉は不安を感じさせるものでしかなかった。
だが、その言葉は同時にとても不自然にも感じられて……なぜいきなりそんな言葉を今、『風竜くん』は口にしたのだろうか──と、そんな風にも思ってしまったのである。
『…………』
……そもそも、『ダンジョン』とは何だ。
ただこれに関して、正直全てを知っている訳ではない事に今更ながらに気が付いた。
そして知っている気になっているだけで、殆ど知らなかった事だと……。
分かっているようで何も分かっていなかった事だと……。
なのに、気にも留めていなかった事なのだと思い知る──。
元々『ダンジョン』も『世界』とは異なる『領域』であったならば、『世界の管理者』たる『聖竜』であっても手出しができず、無知だった事も仕方がない話かもしれない……。
だが、それにしても……この曖昧な感覚はなんなのだろうか……。
まるでまた、私は何かを見落としてしまっている様な──そんな感覚がしてならなかった。
ただ、それを考えると急に、またも言いようのない不安が私の中に生まれ始めたのだ。
このままだとまた何かを失くしてしまうのでは、と……。
でももう、残っているものなんて、殆どないのに、と──。
あとは、私には『心』しか……。
いやだ、と。
『…………』
だが、そうするとその瞬間にまた、まるで時間と共にかすれ行く雲の様に、次第に私の記憶は遠くなり、薄く消え去っていってしまった……。
今さっきまで、自分が何を考えていたのか──それすらも急にど忘れしてしまう感覚に包まれ……。ほんの数秒前の自分がもう殆ど見えなくなってしまう……。
──ああ、でも、そうだ……。
そう言えば『聖竜』にはしなければいけない事があったのだと──ふと、そんな残滓だけが頭に残った。
それも、『人の街』で隠れ住む事を覚えた『天動派』の『ドラゴン』達が、『人』の姿だけではなく『ダンジョン』の姿にもなれるのだとしたら……とか、そんな栓ない話が一瞬通り過ぎ──
その後はもっと別の……そう、それは確か『親』に関する大事な話があっただろうと、いきなり何かが上書きされ『まやかし』にかかる様な感覚であった。
……だが、うむ、そうだな。そう言えば確かに。
私達は『風竜くんの母親』に会いに『ダンジョン都市』まで来たのだと思い出したのである。
そして、その『風竜くんの母親』は今、『ダンジョンに捕らわれているかもしれない』という話を──先ほど『風竜くん』から私は聞いたばかりだった様な気がするのだ……。
それなのに、不思議と私は、それを忘れてしまっていたらしい……。
……危ない危ない。
「……がゆっ!」
──ぱたぱたぱたぱた……。
……うむ、『風竜くん』もこう言っているけれども、私達はその『母親』を助ける為、この後は『ダンジョン』に行く予定になった筈だ──。
そう、だよな……?
「……きゅう……」
──うむ。ただ、『白銀のエア』は先ほど『偶然』知人を目にし、今はまだ少しばかりその事に気持ちが揺れてしまっているから……、一旦今日のところは『宿』で一晩過ごし、落ち着いてからまた皆で『ダンジョン』を攻略する予定であると。
なので明日また目が覚めて、エアが落ち着いたら『ダンジョン』に行きたいという話をしようと私は思ったのだった……。
まあ、何故か『水竜ちゃん』も微妙に気にかかる事があるらしく、首を傾げてはいるけれども……その予定で間違い無い筈──。
『…………』
──だが、うむむ、なんだろうな。
その様子を見たからではないが……これを考え始めてからずっと、私の頭の片隅では小さく『音』の様なものが『痛み』の様に走り続けてはいた。
まるで、『ダンジョン』に対する警戒がそうさせるかのように……。
ずっと『まやかしに気をつけろ』という、そんな言葉が頭を過り続けている感覚で……。
それまでは一切空が見えなかった筈の雲間に、一筋の光が差すかのように……。
──だが、確かに『『天動派』の『ドラゴン』達が、『人』の姿だけではなく『ダンジョン』の姿にもなれるのだとしたら……』と、先の馬鹿げた話を敢えて深く考えるのだとしたら、それは最早『まやかし』等では済まない事は明らかだった。
もっと言えば、そうなると彼らはもう『性質変化』をしている訳で……。
その場合、『ダンジョン』の中と言うのはある意味で彼らの『領域』そのものになっている可能性も高く、油断して入れば何が起こるかわからないと……。
そして、そこには言いようのない既視感もあったのだ──。
「…………」
だがまあ、不思議と私の『心』はその事を些細事として捉えてしまう。
その危機感を穿り返すのは流石に誇大妄想が過ぎると考え、まるで自分が操られでもしているのではないかと思う程の矛盾を感じさせるのだ。
だが、寧ろそうでなければ『何か』が私達を狙って『企み』を抱いており、待ち構えているようではないかと思ってしまい──そんな筈がある訳もないと否定するばかりであった。
私達がここを訪れる事にしたのは『たまたま』でしかないと。
だから、当然そんな陰謀めいた話がある訳もないと……。ただのこじ付けに過ぎないだろうと。
なので、これではまるで先の『海沿いの街の住人達』の愚行をなぞり繰り返すかの様ではあるが──
『別にそこまで気を配る必要も無いだろうし、何かあったとしたもまた明日に対応すればいいだろう』と、不思議とそんな気分に落ち着いてしまったのである。
だからある意味でその感覚は『聖竜』らしくないかもしれないけれども……その瞬間の私は『ダンジョン』に行く事を優先するばかりで、その矛盾を不自然に受け入れてしまっていたのであった──。
「──うーん?『風竜くん』のお母さんに会うだけなら『ダンジョン』に入る必要はないと思う。だから今回『ダンジョン』には入らないよ。……寧ろ、絶対にロム達は近づけたくないっ」
『…………』
──だがしかし……翌日になり、エアへとその話をしてみたところ、返ってきたのはそんな予想外の『答え』であり、私達はその『矛盾』を否定されて驚くことになったのだ……。
そして、その上でエアは語りだしたのである──『どうやらわたしは、ずっと勘違いをしていたようだ』と……。
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