第739話 同風。
エアが作りあげた透明感のある薄い緑色の外壁の『家』──彼女曰く『風ハウス』は完成した。
宣言していた通り、エアの頭の中には完成図がちゃんと出来上がっていたようで一切迷いなくサクサクと作り上げていた様に視える。
……まあ、室内は家具などがある訳でもなく、建築に通じた技術のあれやこれやが備わている訳でもない為、その意味では『家』としてはかなり簡素でしかないとは思う。
ただ魔法として視れば、その『家』は十分に実用に足る時点でかなり素晴らしい事は言うまでもない。
海上から数十メートルは離れた場所に浮かんだ『風ハウス』は海風に漂いながら、私達を乗せてゆっくりと優雅に流されていく……。
「……うへぇー……」
……だが、風に流れていく『風ハウス』の一室では、そんな優雅さとは裏腹に『白銀のエア』が頭痛を堪える様にしながらゴロゴロと転がっていたのだ。
──と言うのも、どうやら制御がちょっとだけ難しくて気分が悪いらしい。
酔ったような状態になってしまったのだと。
「きゅー」
「がゆっ」
そして、そんなエアの傍では『水竜ちゃん』と『風竜くん』が心配そうにエアの事を気遣って見守っているのだが……内心『風ハウス』の中も気になるのか、今いる部屋以外も見回りたそうにソワソワしているのが見て取れたのである。
「……ぱう」
なので、私はそんな二人に『エアの面倒は私が見ているから、好きに見回っておいで』と声をかけた。
現状、『風ハウス』の中は家具も何もない部屋がいくつか隣り合っているだけらしいので、正直面白みはあまり無いかもしれないが……。
それでも二人からすると『新しい住処』に対する興味だけで十分だったらしく──『水竜ちゃん』も『風竜くん』もその言葉に素直に頷くと揃って部屋を出ていったのだった。
『…………』
……因みに、『白いぬいぐるみ』は既に抱き枕としての役割を担っている為、現状は移動不可である。
「……ぅぅ、これ(『風ハウス』)って、作るのは思ったよりも簡単だったけど、あっちの『領域』を維持しながら、こっちも移動させたりするのって頭がぐるぐるするんだね。眩暈がずっと続くみたい……」
エアは私の身体を抱きしめながらそう呟くと、ゆっくりとその感覚に『適応』するまで寝て過ごすようだ。
……ただ、その様子は苦しくはあるけれども不思議と『嬉しくもある』のか、全体的に悪くはない雰囲気である。
そして、私はそんな風に眩暈に呻きながらも呟き続ける彼女の話をいつまでも、ずっと聴き続けたのだった──。
『……ロムは、昔からこんな状態でもずっとわたしと旅してくれてたのかな……』と。
『それとも、こんな眩暈なんてとっくに克服してしまうほどに練習したのかな……』と。
「……ぱう」
──ただ、そんな呟き対しての返答は、当然の様に『聖竜』には出来なかった。
私にはわからなかったから。
だから、『……さあ、どうなんだろう』とそんな風にしか返すことが出来なかったのだが……。
ただただ抱き枕としての役割に甘んじる事しかできない私に対して、エアは傍で話を聴いてくれているだけで十分だと感じてくれているようで、むぎゅっとして顔を押し付けてくるのである。
『…………』
──寧ろ、最初から彼女の中には『理想』が居て、確りと彼女の追憶の中には答えとなるものを残していたのだと思う……。
だから、私が何かを答えるまでもなく『きっとロムはこうだったんだろうな……』という想いがエアの中にはあるのだと。
それを問う前から既に、その問題は満たされ自己完結していた。
無意識的に呟きとしてそれが声に出てしまったのも、恐らくは眩んでいたから、酔ったような状態になった弾みで、思わずちょっとだけ出てしまっただけなのだと……。
──言わば、それは『眩んでいても変わらず彼女を照らす光』の一つ、だったのではないだろうか……。
『…………』
己の中の経験が、知識が、『力』が、自分を確りと支えてくれているのを実感する瞬間──
と言っても良いのかもしれないが、エアの不思議な『嬉しさ』もきっとそれにあたるのではないかと私は思った。
『白銀のエア』は、『理想』と同じ事が出来る様になって──実際に彼の作った『家』と同じ物を作ってみて──己の『力』と『理想』との距離感を把握できるまでに至ったのだと。
──要は、今までは後塵を拝する事すら出来ずにいた存在の、その後姿がちゃんと視えるに至ったのだろうと。
ずっと追いかけ続けていて、我武者羅に走り続けてきて、沢山の道を歩き回った先で……。
彼女はようやく本当の意味で、『白銀の耳長族』と隣り合う事が出来る事を喜んでいたのだ。
『…………』
そして、私もそんな彼女の抱き枕になりながら彼女の頭を自然と『ぽんぽん』としつつ、その喜びを微笑ましく想うのであった──。
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