第736話 風光。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『竜使い』と言うのは、元々エアがその場しのぎに発しただけの『まやかし』に過ぎなかった。
だが、三人の『ドラゴン』を引き連れて『街』を出る彼女の姿はまごうこと無き『竜使い』の姿そのものだったろう。
私達はそんなエアの傍をペタリペタリと歩いてついていく──ぱたぱたと。
……まあ、私達が『ドラゴン』である事を知らない者からすれば、三体の『ぬいぐるみ』が彼女の周りをチョコチョコと歩き回っている様にも見えるので、微笑ましく感じる者もいるだろう。
「……ぱう」
「きゅー!」
「がゆーっ!」
「はいはい!追いかけ回さないの。その籠は『水竜ちゃん』のだからね……え?ちょっと中見てみたいだけなの?そっか。え?見せたくない?宝物だから?そっかそっか──で、ロムはどうしたの?……え?逆に自分の籠を見せてあげようとしていたのね……ふふふ、そっかぁ」
ただ、そんな私達は現状エアの言葉通り、ちょっとだけわちゃわちゃしている事は確かである。
……と言うのも、『人』であってもそれぞれの地域ごとに風習の違いなどがあるとは思うのだが、『ドラゴン』においてもそれは言える話であり、私達『聖竜』『水竜』『風竜』の間でも『在り方と考え方の違い』が旅立って直ぐに際立ってしまったのだ。
もっと言うと、それぞれで『物』に対する価値観にも差が出てくるという話で──砂漠地帯などでは『水』がとても貴重品になってくるのと同義……みたいな話ではあった。
「がゆーっ!がゆっ!」
『世界』にあれば、勝手に水が湧き出てくる魔法道具とも言える『水竜ちゃんの籠』を一目見て、『風竜くん』は衝撃を受けたらしい。
……聞けば、今でこそ『人』の中で隠れ住む事が出来た『天動派』だが、一時期は『砂漠地帯』で暮らしていた事もあったとかで、『水』を貴重なものの一つだと『風竜くん』もちゃんと認識しているらしい。
正直、私達にとってそれはもう当たり前のものとなってしまっていたが、『好きなだけ水を生み出せる道具』というのは実際『人』であっても『ドラゴン』であっても、とても価値を感じる物なのだと思う。
それに、純粋に『水竜ちゃん』と仲良くなりたい気持ちもある為、色々な意味が相まって『風竜くん』は『水竜ちゃん』の事を追いかけ続けていたのだった。
『…………』
……ただ、自分にとっての『大切なもの』が『風竜くん』とは違ってあまり多いとは言えない『水竜ちゃん』にとって、エアが作ってくれたその『宝物』は彼が思うよりも遥かに価値があったのだと思う。
『ちょっと見たいだけ』だとしても、『見るくらいならば減るものでもないし良いじゃないか』と思う気持ちもあれば、『大切すぎて見せるのもちょっと嫌だ』と思ってしまう気持ちもそこにはあるのだと。
「きゅー、きゅー!」
『水竜ちゃん』にとって、それは見せびらかす様なものではない、という事らしい。
そしてそんな両者の気持ちが理解できてしまうエアにとっては、そのどちらも当然否定はできずにいた為少々困っている様にも見えたのだ。なんとも言えない表情を浮かべていた様に思う。
なので、そんな二人の後ろから『聖竜』は普通の籠をもって追いかけたのだ。
無論、『風竜くん』が見たいのは『水竜ちゃんの籠』であって、そんな普通の籠ではない事も分かってはいた……。
だが、『それが本当の解決にはならないけれども、そうする以外に穏便に済まない状況』に対して、『ロムらしい解決』を選択した私に、エアは思わず噴き出してしまったらしい。
間違いではないがきっと正解でもない、そのなんとも歪で不器用な『優しさ』に。
一方的に誰かに我慢を強いる事で傷つけるよりも、皆が穏やかに思い合える『日常』に至る為に必要な『まやかし』を……と。
『変わらないものがある』という事が、時に安らぎになる事もあると。
変化する事ばかりが決して良い事ではないのだと言う……これはそんな話だったのかもしれない。
『…………』
ただまあ、ある意味でそれは極論を語ればの話でもあり……。
無論、これを『自己犠牲だ』なんて微塵も思ってない私にとっては何でもない『日常』の一幕ではあった。
──『誰かが損をしなければいけないなら……自分がやらねばいけない』と、そんな深い考えなども当然そこにはないのである。
……これは大した話などではないのだから、と。
「……ぱう」
「が、がゆー……。がゆっ!」
……因みに、結果的に『風竜くん』に私の籠を渡したら、彼はその途端に冷静になって──私が普通の籠の中からも一時的に魔法によって水が生み出せる事を教えると、次からは自分でも同じように水を生み出せないか練習する様になったのだった。
何かを奪う為に使う『力』よりも、何かを生み出すために使う『力』……。
それを真剣に練習し始める『風竜くん』の姿をみて、自然と私もほっこりとした気分になったのだった──。
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