第731話 風生。
『吹雪荒れる大陸』を避け、『寒さの厳しい大陸』の沿岸部の道沿いをひたすらに旅していた私達は、野営を幾夜か挟んでまたどこかの『街』へとたどり着いていた。
『…………』
『街』とは言っても、大陸の外れはどこも大して変わりがない様にも『聖竜』には思えるのだが……『水竜の子』を筆頭にエアも見知らぬ場所に来ると『ワクワク』してしまう様で、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
──ぱたぱたぱたぱた……。
因みに、もはや『言わずもがな』かもしれないけれども、一応『ぬいぐるみ』のフリはまた即効でバレてしまったので、逆に私は開き直っている状態だった。
『『街』を見かけたら一泊はしていこう!』という此度の旅限定の特別な決め事を守って、その日も私達はこの『街』の『宿』へと泊まるつもりである。
既に時刻は夕暮れ間近、一日の終わりを感じさせるそのなんとも言えない空気感に、少しだけ元気過ぎる私達は場違いかもしれないと感じながらも、お勧めされた『宿』へと向かっていた。
『…………』
これまでの『宿』は比較的高級そうな場所を紹介され続けてきた為此度もまたそうかと思ったが。
ただ、今回は意外と冒険者達が愛用している様な荒々しさを感じる『宿』であった。
無論、その『宿』がどんな風変わりな場所であったとしても、『水竜の子』にとっては初めて目にする場所であればその全部がキラキラと輝いてみえるらしく、とても嬉しそうにしていたのだ。
それに野営にも慣れている私達からすれば十分過ぎる『宿』だと私もエアも感じていたと思う。
「…………」
だが、そうして実際にエアに抱きしめられながら中へと入ってみると、『宿』の一階部分は酒場になっており、時間帯も丁度良い感じだからか既に半分以上は席が埋まっている様子だった……。
ただ、その酒場特有の臭いと喧噪を察した瞬間、唯一エアだけは少々眉をひそめていたのである。
「……お酒、ね……」
すると、そんな呟きと共に『白銀のエア』は間髪入れず魔法も使いだした。
……少々珍しくはあるが、彼女はその臭いが素直に苦手だった様子で、嫌そうな雰囲気を発しつつも自らの周囲に【消臭】や【消音】を施し、それと序とばかりに酔っ払いを回避するために『人払い』的な意味合いで軽く周囲へと『威圧』もし始めている。
その威圧は言外に『近付いてこないでねっ!』と、拒絶しているのが丸わかりであった。
恐らく、今の『白銀のエア』を客観的に見れば、その子供の様な容姿からは想像できない明らかな『只者じゃない感』が感じられる事だろう。
「…………」
実際、そんなエアが入って来ると酒場も一瞬で『しーん……』となった。
……だが、それも現実的には数秒の事──その後は次第にまた元の喧騒へと酒場は戻っていったのである。
元々、この場にいる者達はお酒や食事を楽しみたい者達なのだから、『危ない奴』には関わらなければいいという精神だろう。
『そんな事よりも今は酒だ酒だ』と、彼らの赤ら顔は更に赤みを増していった。
無論、それが冒険者達であるならば、なんの変哲もない話であり、この場に居て当たり前で、当たり前の行動だと思う。
「…………」
寧ろ、そんな酒場内でどこぞで見た覚えのある騎士達を従え、『風竜の子』だと思われる薄緑色した鱗の幼竜を抱えながら、こちらへと視線を向けてくる貴公子然とした存在の方が異質が過ぎると言えるだろう。
……だが、周りの者達はそんな異質な存在を無視して──いや、まるで『まやかし』にかかっているかのように普通に過ごしていた。
そして、そんな貴公子然とした若者は『白銀のエア』と、その傍にいる私と『水竜の子』を目にすると──すっと席を立ってこちらへと普通に声をかけてきたのである。
『失礼。少々訊ねたい事があるのだが、よろしいだろうか──』と。
その若者の腕に抱かれている『風竜の子』も、スンスンと鼻を鳴らしており、どうやら私達の臭いを嗅ぎたそうにしている。
……特に、その子の視線は『水竜の子』に釘付けで『聖竜』の事など眼中にもないらしく、一目でプイっと興味を失ってしまったようだ。
ただ、そんな『風竜の子』の様子から察しても、彼らの興味の矛先が、なんとなくだが私達には理解が出来てしまった。
「──うん。話位なら聞くよっ。……けど、先に部屋だけ取らせて貰っていいかな?」
「ああ。勿論だ。あっちの席を空けているので、後程よろしく頼む。『竜使い』殿……」
「……うん。まあ、それじゃあ、少しだけ待っててね──『風竜』さん達……」
エアがそう告げると、その若者は一旦ニコリと微笑みを浮かべて、酒場の元居た席へと戻っていったのだった……。
「……なるほどーっ。こういう事もあるんだね、ロム。わたし正直驚いちゃったよ。……まさか『人』の中で『ドラゴン』達が普通に過ごしているだなんて、今まで気づかなかったから」
「きゅー!」
「……ぱう」
『宿』で一泊する為受付へと向かう途中、エアは不愛想な表情で器用にも微笑むと私達にだけ聞こえる『音』でこっそりとそう零していた。
──『世界』は常に変化しているのだと。
そして、その中で生きる者達もまた同様にそれぞれで変化し続けているのだと、『聖竜』もまた新たな『気づき』を得る思いであった……。
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