第730話 順風。
「きゅー」
『水竜の子』が海を見ながらそんな風に呟くのを私達は耳にした。
「……ぱう」
結果的に『街』を出る事となってしまった訳だが、一応考えがあっての事だからと私とエアは納得していた。
……まあ、もっと良い選択肢が当然の様にあったのかもしれないとも思うが、あの瞬間はああしたいと思ってしまったのだから仕方がない。
無論、日常の中で『もっとこうしていたら……』と思う事は多いし、言い出したら切りがない事も分かっている。
だから後の事はもう『街』の者達に任せるしかないと言うのが今の私達の本音であった。
……出来る事ならば、此度の『痛い目』を上手く生かして欲しいと思うばかりであると。
「きゅーー」
「ぱう」
「きゅ、きゅ」
「……ぱ、う」
……ただまあ、それはそれとして『街』を出た後の私達はまた元の旅路へと戻っていた訳で。
なんだかんだあった気がするけれども、一応は遠回りしながらも『白銀の館』にあるという『第三の大樹の森』を目指し、そこから私の『領域』へと帰っている途中だった。
なので、此度の件にしてもそんな旅の中での出来事の一つに過ぎないし、それをいつまでも気にしている訳にもいかないとも思う。
寧ろ、今までだって似た様な出来事は何度かあったのだから、早く切り替えて、また次の一歩を踏み出していかなければいけないのだと。
だがまあ……。
「自分が出来てないのに、誰かにそれを教えなきゃいけないって……意外ときついんだなぁ……あの場合ってどうしたら良かっただろう……うーん、わたしもまだまだ……」
……と、唯一『白銀のエア』だけは未だに自省し続けていた。
ただ、これに関しては何らかの学びがあったからこそ考え込んでいるのであって、落ち込んでいるのとは別だったから良い時間なのだと思う。
その背中に『水竜の子』を負んぶしながら、『白いぬいぐるみ』の事は前に抱っこしつつ、不思議と私のお腹をグニグニと撫でまわしてエアは色々と思案顔だった。
何か考え事をしている時には、そうして何かを抱きしめていると落ち着く派であるらしい。
とても安心するというので私達はそれに協力している状態だ。
なので、私と『水竜の子』は代わりばんこでその役目を担っている訳なのだが……。
『水竜の子』からすると、若干私の撫でられる時間の方が長く感じて、それがとても羨ましくはあるらしい。
先ほどから頻りに『まだかな?まだかな?』とか『もうそろそろ交代する?』とか、訊ねられている感じである。
……どうやら、『宿』に泊まった時からエアの撫で技が相当お気に召したらしい。
『…………』
無論、私も代わるのは吝かではなかった……。
ただ、選択権はエアにある為、今のところは流れに身を任せる事しか出来ず、『申し訳ない』と返事を返している状態である。
それにまあ、こうして話している間はある意味では『ドラゴン語』の練習にもなるので、私達はそれも楽しみながらのんびりと旅をしている状態だった……。
──ダダダダダダダダダダ……。
「……ん?」
「……きゅ?」
「……ぱう?」
……ん?
だが、そうすると『街』から離れて暫く経って、私達は自分達の後方から近づいて来る集団の『音』に気が付いたのである。
それも厳密には、五、六人が馬に乗ってこちらの方へと近づいて来ているらしいと、エアは歩みを止めぬまま軽く振り返って教えてくれた。
……内心、『なんか来るかもしれない』という予感はあったが、それが来たのだろうか。
『…………』
一応、もしかしたら『街』の者達が先の経験を経て何らかの『ドラゴン対策』に関する助言を求めて来ることは考えられたし、その場合は元々引き受けるつもりではあった。
……まあ、あんな風に彼らを傷つける様な戦い方をしてしまった訳だが、なにも最初から意地悪がしたかった訳でもない。
『街』からすれば、『人』の数だけ考え方も複雑になり、まとめるのが大変になるのは言うまでもない話だと。
『浮かれて』しまい、状況判断が甘くなれば『ドラゴン』への対処が遅れてしまう場合も十分にあり得るだろう──だから、敢えてああする事で彼らの思いが一丸となり、全員が危機感を持ち、その対処を早めねばならないという気づきを得てくれたらと……そう思ったからこそ私達はあんな『余興』に乗じる形でやっただけなのである。
『…………』
無論、最終的に彼らが考えを変えず『我が道を行く』事も選択肢としては十分にありだと思う。
協力したいとは思ったが、考え方を押し付けたくはない。それは本心だった。
それが私達からすると例え望まぬ結果になろうとも、それは彼らの選択だと受け入れるつもりだ。
……正直、『言う優しさ』はあったが、その先の面倒までは私達も責任を負うつもりはなかったのである。
ただ、何も気づけぬままに、見知らぬままに、戦いに巻き込まれ終わる事だけは彼らが避けられるようにと『痛い目』にあって貰ったのだ。
……まあ、それも身勝手な話だとは思うが、それだけはしてあげたいと思った。
「騎士、かな……?それも、寒いこっちの大陸では珍しい装備をしてる。……あれって隣の大陸の人達かもしれない……」
……だが、エアが軽く振り向きつつ遠目に見た限りでは、どうやら後ろから来る者達は『街』の者達とは別の存在ではないかという話であった。
あの『街』は比較的大きくはあるが、実際は大陸の外れにある『港町』の一つに過ぎない。
だから、エアが装備から判断した限りではあの『街』で過ごす装備としては『寒すぎる』と感じたそうで──もし暖かい地方から来たのだとすれば恐らくは隣の大陸しかないだろうと、そう思ったらしい。
まあ、多少寒そうに見える格好をしている者の場合、時にそれが『魔法道具』であって、【保温】の効果を備えていたりすればまた話は変わってくるだろう……。
だがそうなると今度は、そんな装備を五、六人分ちゃんと揃えた者達が、何故にこんな大陸の外れを馬で全力疾走しているのかの問題になって来る訳で──その場合は恐らく、狙いは私達なのではないかというそんな想像も思い浮かぶ……。
『……すわまた面倒事なのかな?』と。
まあ、問題とは連鎖し易いものだとも思うが……。
もしかすると次は冒険者だけではなく、どこぞの国までもが『竜使い』の話を聞きつけてやってきた可能性は大いにあり得るのかと思うと……ちょっとその面倒さには辟易もした。
一応、『負ける事は無いと思うけど、警戒はしておきたい』と、あの騎士達がいきなり私達に襲い掛かって来てもいい様にと、エアは道を少し外れて備えておきたいと言ったので私達もそれに頷きを返したのだ……。
先の『失敗』を経て、対策を講じる事に対して『白銀のエア』の隙は更に少なくなった様だ……。
──ダダダダダダダダ……だだだだだだだだだだ……。
「……あれ?行っちゃったね……」
「きゅー」
「…………」
……だが、そうしていると想定外に、馬に乗った騎士達(?)は結局そのまま私達の横を通り過ぎて普通に声も掛ける暇さえないまま去って行ってしまったのだった。
何でもかんでも『自分達に関係があるのかも……』と考えるのは少々過剰だったかもしれないが、それにしてもなんとも言えない肩透かし感がある。
大陸外れの海沿いの道を装備を固めた騎士達が馬に乗って急いで駆け出していく様は少し違和感を覚えるが……結局、変な憶測をしていても仕方がないと思い直し、私達はまた旅へと戻る事にしたのだった──。
『…………』
「失礼。少々訊ねたい事があるのだが、よろしいだろうか──」
──だが、そうすると、それからまた数日後に別の『街』へと辿り着いた私達は、その場所で件の騎士達を従え、一人の貴公子然とした若者が『風竜の子供』を抱っこしつつ近づいて来るのと遭遇する事になったのだった……。
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