第718話 翼翼。
(今回もまた珍しく『エア視点』の話となります──)
綺麗な白銀の翼を大きく広げて、それを一生懸命にはためかせ──ぺたりぺたりと、短い歩幅で歩いていく『小さなドラゴン』の後姿を見つめながら……わたしは想った。
「…………」
いつからだったろうなって──。
ロムが『ドラゴン達』の事を『羽トカゲ』って呼ばなくなったのは……。
それどころか、長年積もりに積もった恨みつらみがある筈なのに、そんなロムがそのドラゴン達の事を見つけても、殆ど戦う事もしなくなったのは……。
──勿論、『大樹の森』や、わたし達の身に何かが起こりそうな時とか、他の緊急事態では例外的に戦う事もあったけど……。
それ以外ではほんと、殆どロムは『ドラゴン達』と戦わなくなっていた……。
「…………」
……でも『それはなぜか?』なんて、疑問にも思わない。
だって、当然それは『バウ』と出会ったから……。
あの子と出会い、共に過ごす内にロムがあの子を愛したからだ。
バウにとっては、私達はきっと親にも等しい。
……でも、そんな私達が、バウと同族の者達を嬉々として狩り続けていたとしたら──。
そんな光景を見たバウはどう思っただろうかと。
……少なくとも、わたし達の事を『恐ろしい』と思ったはずで──。
そんな『恐ろしい存在』に『ご飯』を貰う事でしか生きていけなかった当時の『バウ』の状況は、言わずもがな辛い日々となっていたと思う。
今のあの子が愛らしい笑みを浮かべ、素敵な絵を描き続ける事も、もしかしたら無かったかもしれない……。
「…………」
……だから、その為にもきっとロムは変わった──いや、変わろうとし続けたんだと思う。
一見すると、何も変化していない様にも思えるかもしれないけど、凄く気づき難いとも思うけど──
いつの間にか、さりげない所でロムは少しずつ変わり続けていった。
時々、『ん?』ってなる時も沢山あったけど──それはきっとロムが変わろうとしていた時なんだと今なら思う……。
わたしは、そんなロムの後ろ姿をずっと見続けてきたから……少しだけ分かる様になった。
きっと『心』が繋がっていた時よりも、それは更に理解も深まったとも思うんだ。
……だって前は、『心』が繋がっていた時は、逆に安心し過ぎちゃって──見えなくなっていたことも沢山あったって思うから……。
「…………」
だから、やっぱりロムが『聖竜』の姿になっているのも、一時的に記憶がないのにも、ちゃんとした理由があるんだろうなって思いながら、わたしも色々とこうして考え続けている……。
……少なくとも今は、『聖竜』の姿でああして翼を広げ、自分に注意を引き付けながら街から『水竜達』の意識を逸らそうとしているのは間違いないだろう。
それに、あの群れの中にはもしかしたら『水竜の子』の生みの親が居るかもしれないから、たぶん対話を試みようともしてもいるんじゃないかなって、わたしは思った。
そして、その為にはきっと『聖竜』の姿は、ある意味で必須だったんじゃないかなって……。
不器用な方法かもしれないけど、『誰か』の気持ちを一端でも理解するためには、その『誰か』と同じ立場になってみるのが早いとも思うから……。
ロムが『聖竜』になってなきゃ、『水竜ちゃん』もここまでわたしに懐いてくれなかったかもしれないし……。
もう、考えだしたら色々出てくる……。
「……ふふっ」
『毒槍』には、『ロムに深慮遠謀なんて……』って言ったけど──
確かに、こうしてゆっくりと考えていくと、段々とあれやこれが結びついてくる気もした。
……それこそ今なら、『ロムという存在』そのものが全ては仕組まれたものであり、元々は『世界の仕組み』の一部だったって言われても、信じてしま──
「……きゅー?」
「──あのぉ……笑ってらっしゃいますけどぉ……ほんとに大丈夫なんでしょうか……?」
「……あっ、真面目な時なのに笑ってごめんね──考え事をしてて。でも、ほんとうに任せて。大丈夫だから。『聖竜』がああして可愛く『ぱたぱた』している間は、それこそ誰もこっちに来れないよっ」
「そんなに、あの小っちゃい子がお強いんですか?……ひぇっ、ほら、あ、あんなにも沢山向こうから、大きなドラゴン達が迫って、あんなにも恐ろしい叫び声を、わたしはもう震えが……」
……うん、まあ普通の『人』からしたら、そうなってしまうのも当然なのかもしれない。
でも実際は、『戦いにならない』程、両者の『力』には差があるから大丈夫……。
どちらかと言えば、この後震えることになるのは向こう(『水竜達』)の方。
それにほら、ロムの魔力が翼に集まって……羽搏きの『音』も変わった。
──うん、流石にもう『水竜達』も動けないと思う。
「…………」
『泥』が動いた……。
あれは、『水竜達』の足を絡めとってるんだと思う。
魔法の発動が殆ど一瞬……。凄く繊細。
たった十センチほど、『人』で言えば足首くらいまで『水竜達』の足が『泥』に浸かった状態に──。
最初は何も異変を感じさせないと思うけど、既に『水竜達』が踏んでいる地面にはロムが『干渉』しているから、思うがままだ……。
ロムの『拘束』は、単純だけど圧倒的な魔力量で相手を包む事で、ある意味相手の身体の周囲に高密度な魔力の壁を作って固めてしまうのと同じだから、肉体強度だけでじゃどうやっても破れる魔法じゃない。
……だからあの『泥』に浸かった場所はもう、彼らを掴んだ状態で離れないとも思う。
そもそも、『水竜達』は海中に特化した翼の構造を持つ個体が多いってロムから教わった事があるけど、確か普通に空も飛べる筈……。
でも、ああなったらどっちにしろもう『天翼』を使って空に逃げる事もできないか……。
──『人』は空に浮かべ、『竜』は地に沈めれば何もできなくなる……と。流石はロム……。
「──ただ、この後は少しだけ余波が来るかもだから、ちょっとだけ姿勢を低くしていようか」
「きゅ?きゅー」
「えっ、は、はいっ」
そして、こうなると当然『ドラゴン達』が最後に取れる手段としては、『ブレス』になると思うけど……。
でも、二十弱の『成体のドラゴン達』が放つ魔力量より、『聖竜』一人が翼に集めている魔力量の方が遥かに多いから……。
『聖竜』の翼が段々と白銀に光り輝き──『水竜達』の『ブレス』に合わせて、それを完全に相殺するように、『白条の衝撃』が走っていった……。
「……わぁぁ、『聖竜』の『ブレス』って初めて見たけど、綺麗……」
「きゅぅぅ」
「…………」
……まあ、翼から出した白条の光を『ブレス』と呼ぶのかは一旦おいておくとして──。
流石に『水竜達』も啞然としているから、もう平気そうかな……。
これ以上戦いを続けても無理だと、彼らの方が良く理解しているでしょ。
寧ろ、諦めずに何度『ブレス』を放っても理解するまで相殺されるだけし……。
「──さて、それじゃあ、この後は『水竜達』とお話する事になると思うから、わたし達も向こうに……って、あれ?気絶してる?」
「きゅっ、きゅっ」
「…………」
「あーあらら……びっくりしちゃったんだね。じゃあ、そっか、それじゃあ、向こうはロムに任せて、わたし達は一旦街に戻ってこの人を送り届け、『もう心配ないよ』って伝えに行こっか」
「きゅー!」
……そうして、結果的に『水竜達の襲撃』は、街に一切被害を出すこともなく防ぐことは出来たと思う。
ただ、『『水竜達』がどうしていきなり街へと侵攻してきたのか』とか、気になる所はまだまだあるので油断はせずに警戒はし続けるつもりだ。……これで終わりだとも限らないからね。
……まあ、後でロムから『翼からブレスを出す』に至った経緯の詳細を聞くのは、密かに楽しみにしている──。
いったい、いつからあの方法を『聖竜』は考えていたんだろうね……?
またのお越しをお待ちしております。




