第712話 教導。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『教えとは残酷なもの、か……』
『…………』
『勇者一行』は『音の別荘』へと導かれ、『聖女』は彼方へと消え去り、『毒槍』は『黒雨の魔獣』の元へと帰っていった……。
そして、現状この場には『聖竜』と『白銀のエア』しか居なくなった状態で、彼女は急に『意識状態』である私に『干渉』してくると、後ろから──むぎゅっと、私の事を強く抱き締めてそう漏らしたのである。
そんなエアの行動に『……どうしたのだろうか?』と私は思った。
背中に顔を押し当ててきているのは分かるのだが、泣いたりは……していないと思う。
でも、どんな表情をしているのか私に悟られせたくない雰囲気も感じ取ったので……よくはわからないけれども、私はされるがままにしておいたのだった。
……なので今は『どこにでもある様な白いぬいぐるみフリ』をして大人しくしていようと思うのである。まあ、偶にはこういう事もあるだろう。
『…………』
因みに、感覚的にだが、不思議とエアは私の魔力に『干渉』しつつ、少々『吸ったり吐いたり』を繰り返している様子も感じられたのだ。……これまたよくはわからないが、『何か』をしてはいるらしい。
ただ、もしかすると『匂いでもを嗅ぎたいのかな?』とも思ったのだが──『意識状態』である現状では何の香りもしないのではないかとも思うし……だから、ふむ?
でも、そうしていると背中側から、エアのくぐもった様な小さな『音』が私へと聞こえてきたのである……。
『──昔、ロムが教えてくれたその言葉だけど……本当に今回はそれを思ったんだ。……なんで、もっとこう上手く『力』を使わないんだろうなって……本来、そんな事の為に使う『力』じゃないのになって……。誰もが分かっている筈なのに、何も分かっていないんだなって──教える側の気持ちなんてさ、まったくさ……。それに、ロムは今まで何度こういう経験をしてきたんだろう。何度、辛い思いをしてきたんだろうって思った……。誰かに何かを教えても、それが望まぬ結果に繋がるんだとしたら、そもそも『教える意味ってなに?』ってなるよね……無意味だって嘆きたくもなる筈だよ……それなのに──』
『…………』
『──ロムはあの言葉を話していたぐらいだから、きっと『教え』の是非を悩んでいたんだよね……でも、悩みながらも、それでも誰かの『幸せ』の為に、わたしの『幸せ』の為に、変わらず教え続けてくれていたんだね。……なのにごめんね。こんな結果になっちゃって──『教える』って大変な事なのに。……ロムはこんなにももう、沢山、色々なものを費やしているのに。その結果が報われなさ過ぎるって思っちゃった。……普段から、ロムは自分の『力』が下手に悪影響を与えないようにって、むやみに誰かの名前を呼ぶことさえ気を付けていたのに……そんな気遣いも全部……それにあの子達にしたってもう──『加護矢』はそんな事に使う為に──レイオスさんもティリアさんもこれじゃあ……ブツブツ、ブツブツ……』
『…………』
……すると、そうして私を抱きしめながら、『白銀のエア』は急に嘆きだしたのだった。
二人だけになった瞬間に、『勇者一行』よりも、『毒槍』よりも、その嘆きは誰よりも深く感じた。
それも『涙を流して悲しむ』……というよりかは、沸々と怒りが湧き上がってきている様にも思う。
そして彼女は、その怒りを『白いぬいぐるみ』の前でだけ見せて発散しているらしい……。
それはまるで、その『ぬいぐるみ』の代わりに──いや、寧ろ一緒に怒ってくれているかのようにも思えたのだ……。
『…………』
それぞれに視点があり、考え方があるからこそ、一概に他者の考えを否定する事はしたくない。
『勇者一行』や『毒槍』にも思うところはあるが、彼らには彼らの思惑があるのだと理解もしている。
……だがエアからすると、憤らざるを得ない『思い』もあって、それがちょっとだけ抑えきれなかったのだと思う。
──無論、『人』の中には、そんなに嘆くくらいならば、真実を打ち明けて、相手の考えを正せばいいじゃないか!とそう考える者もいるかもしれないが……本来それはとても『歪な事』だから、エアもしなくはないのだと思った。
そもそも『教え』に『絶対』などなく──基本的に『常に現時点では……』という注釈が付随するあやふやなものでしかないからだろう……。
もっと言えば、『意識状態』に至った私達は、この『世界』すらも簡単に変ずるものである事を知っている訳で──
それなのに、『この考えは絶対だから!この考えに正さなければいけない!』という──そんな固定観念を押し付ける事は、とてもおかしな話だと思うからである。
また、誤ちを少なくするためには、思考も『教え』も常に更新していくべきものではあると思うが、その更新すらも視点次第では如何様にも変容するもの……。
それに真実とされている事柄すらも、時には真実ではなくなったりすることが起こり得る訳だ。
気づけばその瞬間には──それこそ『勇者一行』や『毒槍達』の様に、気づかぬ内に『世界』そのものが変わってしまっている事すらもあるのだから……。
『…………』
……要は、『そんな『力』の使い方は間違っているだろう!』と、そう思う事すらも基本的には『歪』であるからこそ、エアは自分だけで嘆いているのだ。
『ロム』を思って、優しくもその辛さを自分の事のように感じてくれている訳なのである。
……本当はそんな風に『力』を使ってほしくはない──けど、『力』の使い方は各々の判断に委ねられるべきものだから……でも、それじゃやっぱり『ロム』が報われないっ!うーー、むかつくーー!と。
だから現状はきっと、そんななんとも言えない複雑な心境なのではないかと思う……。
『…………』
……ただ、『聖竜』たる私は思うのである。
きっと『ロム』も、そんな『エアの気持ち』だけで十分なんじゃないかなと……。
それにエア本人も言っていた事だが、『ロム』という存在はきっと思うよりも独善的で、気まぐれだから、きっとそこまで本人は気にもしていなかったんじゃないかなと。
『教えが残酷』である事も、きっともう受け入れているのだ。
例えそれが、嘆きを伴うものであったとしても、諦め半分なものだったとしても──
その逆に『エア』の様な存在と出会える事の楽しみを、その喜びを──そのかけがえのない光を、知る事ができたのだから……。
きっと『ロム』は『教えて』満たされていると思う。
寧ろ、『エア』から『教わる』事の方が多かったのではないだろうか。
独善的な者が、その全てを懸けたいと思えるような存在と出会えたのだ。
その人との『幸せ』を何よりも願ったのだ。
それと比べれば、その『嘆き』はきっと些細なものでしかないと思った。
エア一人が分かっていてくれるのならば、それだけで満たされてしまうくらいに……。
『…………』
……だから、ありがとうエア。
今の『聖竜』がそれを言うのは、それこそ少しだけ『歪』なのかもしれないが……そう思わずにはいられなかったのだった──。
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