第710話 表裏。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
視点が変われば、当然の様にそこに宿る思いも変わる。
それはある意味で『世界が変わる』様にも思える程の新しき感覚ではないだろうか──。
『…………』
『…………』
見つめ合う『白銀のエア』と『毒槍』。
それも『魔力体』ではあるが、巧みに瞳をウルウルとさせて縋ってくる『毒槍』に、エアが少々タジタジとしている状態でもある。
──『力』をくれと、それかもしくは状況を好転できる『策』でもいいと……。
『毒槍』本人も、なんて厚かましく、情けなく、『口に出すのも本来は憚るべき話である』と認識しているそんな要求を、彼女は珍しくも私達に吐き出していた……。
それは、『黒雨の魔獣』を守るために、もうなりふり構っていられる状況ではなくなったのだと、彼女がそう判断しているからこそであろう。
それほどまでに、あの『祈りの力』には脅威を感じているのだと。
『……うーーん』
……エアからすれば、きっとそんな彼女の姿は『新しく』映ったのではないだろうかと思った。
それまでのやり取りから察して、今までにも何度か会話をする様な間柄ではあったのだろうが。
きっと今の様に縋られ、頼られたりする事なんてこれまでなかったんじゃないだろうかと。
──言わば、それは初めて『毒槍』が己から『弱点』を晒している様な行為でもあったのだから。
そんな彼女の姿に思わずエアが『うっ……うーーん』と声に詰まり、悩んでしまうのも仕方がないかなとは思えたのだ。
──だから、最終的に『白銀のエア』が『誠実』である事を選んだのも理解はできたのである。
その『白銀』に恥じぬ選択をしたのだと、そう思った……。
『…………やっぱり、だめ、ですわよね?』
『……ううん、というよりもね──実はもう、あなたにも『ロム』は『力』を与えている状態……なんじゃないかなってわたしは思うんだけど…………どう?』
『はい!?……えっ、それはどういう事ですの?』
『……うーーん、とね』
だが、そうしてほぼほぼダメもとでお願いしていた『毒槍』がそう問いかけると、エアは首を横に振って彼女にとって思わぬ言葉を返したのである。……無論、それには当然の様に『毒槍』は驚いていた。
なにしろ、彼女にはそんな『力』を授かっている感覚など一切なかったからだろう。
……彼女は本心から驚いている様子であった。
本気で『力か策を欲していた』からこそ、恥を忍びながらもエアに対して今まさにこんな話をしている訳なのだから……。
『毒槍』としても、既に『力』を授かっている事が分かっている状態で『──もっともっと『力』をちょうだいっ!こんなんじゃ全然足りないの!ねえお願い!更に『力』を寄越してっ!』だなんて言っているわけでもないのである。……無論、その様子に限っては演技は微塵も感じなかったのだった。
『…………』
ただ、これはエアの詰まり具合から見ても分かる事ではあるのだが──
そもそもの話として、『毒槍達』にも『勇者一行』にも知らせていない話が私達にはあるのだ。
……要は、『世界の支配者』たる『聖竜』の事も未だに彼女達は知らないだろうし、どこまで話していいものかとエアが思い悩むのも仕方がないと私は隣で視ていて思ったのだった。
──そう。つまりは私達からすると今更な話ではあるが……『魔力体』となっている『どちらの陣営』も未だに『世界の管理者』が変わった事など露程も知らぬ状態なのである。
そして、エアが話し難そうにしている理由もまさにそのせいで、知らないのではなく言えないだけ──本来ならば秘匿するべき情報として扱っているが故、そこに関する話に対して詰まってしまっているのだと。
『魔法使い』の基本らしいが、『情報の秘匿』はして当然なのだと……。
『……うーん、本当は秘密だったんだけど──』
……ただまあ、今回に限っては『白銀のエア』は『毒槍』の『うるうる攻撃』に少し負けてしまったようだ。
なので、『毒槍』が知りたがっているであろう『ロムから授かった力』に対してだけ少し、エアはこんな風に改変しながらも彼女に教え始めたのである──。
『──ロムは強くなって、『世界の仕組み』にも一部『干渉』できる様になったのだ』と。
『そしてその『干渉』によって、『ロムの魔力』が他者へと悪影響を及ぼさないように『調整』をしたのだ』と。
……要は、『水竜の子』をきっかけとした例の『魔力調整』を、『毒槍』にも関係があるものだとして、エアは彼女に伝えることにした訳なのだ。
『……まさか。『泥の魔獣』様は遂に、本当の『神』にも等しき存在になってしまったのですか?』
『え?うーーん。いやまあ、『神』っぽいって言われたらそうなのかもしれないけど──ロムはきっとそんなつもりはないと思うよ?』
──コクコク。
私は小さく頷いておく……。
『元々、あの方の『力』は色々と超越し過ぎているとは思っていましたけど……今ではそんな事になっているとは思いもしませんでしたわ──ん?というか、あれっ、そもそも今の今まで疑問に思っていませんでしたが……あの、貴女方はどうして、こちらにいらっしゃるのでしょう?』
そして、彼女達からしてみれば戦いの直後でもあり、『身体を失った事』に対する損耗の一つが理由だったとは思うのだが──『魔力体となった毒槍』はどうしてこの場に私達が居るのか、今になってようやく疑問に思えるようになったらしい。
──まあ、『賢者達』は疑問にすら感じていなかった様だし、結局気づきもしなかったので敢えて教えてはいなかったのだが……。
『……うん。だからまあ、わたし達がここに居るのも、そんな『魔力調整』の一環だと思って』
『……あぁ、なるほど。では、吹雪の大陸が半分以上消失した事で、魔力が乱れているからその処置をする為にここまで来た訳ですわね?』
『うんまあ……そんな感じ?』
『ただ、でもそれじゃあ何故、その『魔力調整』がわたくしに『力を授けた事』になるのです?』
『──うん?だってね。あの子達(『双子』)の『力』って、元々は『ロムの魔力が多い場所』でしか使えない筈の『力』だったから……』
『……え?』
『……ん?ああ、あの『力』について『黒雨の魔獣』がどこまで詳細に教えていたのかはわからないし、あれからわたしが知ってるあの子達の『力』が変化している場合もあるから、一概には言えないんだけど──あなた達がこの後『なんらかの素材を介して身体の再構成』を『黒雨の魔獣』の『力』に期待しているのだとしたら……ロムが行った『魔力調整』はかなりその『力』に対して良い影響を与えるだろうなって話で……うーんと、もっとはっきり言えばその『魔力調整』が無かったら、今の状態の『黒雨の魔獣』じゃ、あなたをちゃんと元に戻すことは出来ないんじゃないかなって思うんだけど……』
『…………』
『……だから、どう?それを信じるも信じないもあなた次第だけど──そんな『力』は、あなたにとってこれ以上にない『力』とならない?』
『……なりますわ』
『うんっ。だよね。まあ、だから後は『黒雨の魔獣』が使える事にさえ気づきさえすれば、いつでもあなたは戻れるとは思うんだ。だいぶ楽にできる様になっている筈だよ。……ロムは、きっとその為にも、戦いが始まると知って急いで念入りに『調整』したんだと思うから──』
『なんと、じゃ、じゃあこんな状況になる事も、あの方は予想の一つとして在り得ると考え、その対策を予めしていたという事ですの!?──げに恐ろしきは『泥の魔獣』の深慮遠謀ですわね……あの方はいったいどれだけ先を見通して行動していらっしゃるというのですか──』
『…………』
──『視点』は一つに非ず……。
それぞれに様々な考え方や見方があるのと同様に……。
誰かが何かを正面から見ている時、またその裏側では別の誰かが他の見方をしているかもしれない。
……そして今、もしかしたら『毒槍』の『心』の中には、『『世界』の全てを裏側から手のひらの上で転がし、企んでる悪い顔をしたエルフの姿』でも思い浮かんでいるのかもしれないと、そんな雰囲気を私は感じ取ったのだった。
『…………』
……ただ、『聖竜』たる私は、そんな二人の話を聞いてて思ったのである。
『うむ、どう考えても偶々だろうな』と──。
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