第707話 毒見。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『……お久しぶりです……』と。
『聖女』に関する話を聴いていると、『毒槍』がそう言って声をかけてきた……。
『魔力体』であるその身体をふわふわと揺らしながら近づいて来る彼女は、『聖竜』でも一見して分かるほどに涙ぐんでいる。
……恐らくだが、その様子からみて彼女も嘆き続けていたのだろう。
『微笑み』を浮かべようとしているのも伝わるが、それもどこかしら不器用で……何とも言えない気持ちを抱いた──そこには妙な親近感も湧く……。
正直、『勇者達』とは敵対陣営だったのかもしれないが、『魔物達』は私達と直接的に敵対しているわけでもなかったから。
だからか、『毒槍』の事を『聖竜』も『白銀のエア』も憎くは感じていないし、嫌っても居なかったのだと思う……。
『…………』
何しろ、彼女もまた『足搔く者』であるから──
そんな彼女の抱く嘆きもまた、『賢者達』と同様に悲しいものだと感じられたのだった……。
『……久しぶり。上手くいって嬉しそうだね?』
『…………!?』
……だが、そんな彼女の様子を見て一言──隣にいる『白銀のエア』は私とは全く異なる印象を受けたらしく、そんな『音』を返したのだ。
でも正直、その『答え』は私にはなかったもので。
だから思わず驚きで口も『パカッ』と開いてしまった……予想外が過ぎたのである。
嬉しい?嬉しいのか?
『白銀のエア』の慧眼にはいったい何が見えているというのだろうか……。
『…………』
──ただ、実際にどうやら『毒槍の心情』についての正鵠を射たのは『白銀のエア』の方だったようで……エアのその言葉を聞いた『毒槍』は『──コクリ』と一つ頷くと『──ええ、まあ』と肩をすくめるのであった。
『……でも、出来る事ならわたくしも最後まであのお方と共に在りたかったですわ。──まあ、良き時間稼ぎは出来たと自負しておりますけど。それにどっちみち、最終的にはあのお方が存命であるならば、わたくし達の勝利は揺るぎありませんから……わたくしにはそれだけでもう、充分ですわ』
『……でも、『勇者』に負けたのは悔しかったんでしょ?』
『…………』
『ちょっとだけ泣いちゃった跡が……ほらそこ、ほっぺのとこ、魔力体なのにまだ涙の跡がくっきりと……』
『……う……もうっ!仕方ないじゃないですか!あとちょっとで勝てると思っていたんですからっ……なのにもう、なんですかあれっ。ほんと卑怯なんですよ『勇者』。攻撃が効きにくいだけじゃなく、やたらすばしっこくて……はぁ、でも、もうそれについては良いんです。わたくしの『槍』はあのお方の傍にありますから。直ぐにあれでわたくしはあちらに戻れます。……だから結果的に考えれば、先の戦いもわたくしは『勇者』に負けてはいないのです。ですからそう!言ってみればこれもある意味狙い通り!戦略的勝利ですわっ!』
『前向きねー……』
『当たり前です。わたくし達がこれまでどれだけ苦汁を嘗めてきたとお思いで?……『大切な仲間達』なんて、こちらはもう神々にほぼ一人残らず消されてしまってるんですよっ?人知れず流した涙だって、わたくし達は誰よりも多いのです!それなのに、わたくし達ばかりが悪者みたいに──』
──と、そう言って『毒槍』は、エアへと『勇者一行』の不満を漏らすのだった。
彼女曰く、声を大にして言いたいのは『魔物達』だって本当は『神兵達』と言う名だし、それも元々その存在は『世界の自浄作用』として神々が作り出したものなのだと。
その上、討伐される事を強いられた『毒槍達』が抗っただけで、悪者扱いされるのはどう考えてもおかしいだろうと。
『──だからほんと、失礼しちゃいますわ!あの正義面した愚か者ども。それに『勇者』って言葉を聞いただけで愚かな民衆も騙されてころっと向こうの味方ばかり、依怙贔屓ばっかりするんですわ。……向こうだって、ほんとは『異形』の癖に。本質的にはわたくし達と何も変わらないんですよ?……それも、『世界』視点で考えるなら『自浄作用』として存在するわたくし達の方が正な筈でしょ?それなのに、ほんとにもうっ』
『…………』
『──魔物達は危険だから……』と。
ただその一言で『生きる事を否定され続けた』彼らは、ただ『抗っただけ』なのだと。
『勇者一行』みたいに、身勝手な思想を押し付けたりもしていないと。
『喰らう事』に関しても、『人』側だって『オーク』とか、一部の魔物達を食糧にしているじゃないかと。
『……どちらがより理不尽かなんて──言うまでもないと思いません……?』と、彼女は疲れた表情でそう語るのだった。
それに『毒槍』は『勇者一行』が『魔力体』になっていた事に対しても『イラっ』としていたらしい……そしてそれ以上に彼らがいつまでもめそめそしてるのも『ムカムカ』していたのだ、と。
だからか、ほんとは早くエアにも声をかけたかったが最後まで我慢して待っていたそうだ。
『…………』
──ただ、そしたら待ってる間に、先の『勇者』との戦いで不甲斐ない姿を晒してしまった事を思い出してしまい……それでちょっとだけ自分が情けなくなって──気づけばほんの少しだけ、ほーんのちょっとだけ涙が出てしまったんだという。
『わたくしは早く『黒雨の魔獣』の元に戻ってあげたい。あの方を支えてあげたいだけなのに……』と。
実は、『黒雨の魔獣』が負傷をしてしまった現状、恐らくは『槍を素材とした身体の再構成』も暫くは時間がかかってしまうだろうと。
『……あのお方があんなにも傷を負っているのに、なにもしてあげられない事が心苦しいんです』
『あのお方にはもうわたくししかいないのに……』と、『毒槍』は寂し気にもそう語るのであった……。
『……うん……うん』
『…………』
……エアも、流石にその『毒槍』の愚痴の勢いには飲まれてしまったらしく、珍しくも相槌が引き気味である。
因みに、『毒槍』も『魔力体』である筈なのにあまりその損耗を感じさせない様子なので、『聖竜』としては『……とても元気そうだなぁ』と、そんな事を思っていたのだった……。
『──でも、今回の戦いはあなたにとっても、辛いものでしたわよね……』
……ただ、そうすると今後は、『毒槍』はエアの方を見つめながらもそう言って気遣う様な思いを告げてきたのである。
──というのも、『毒槍』は言外にエアへとこう問いかけたかったからだろう。
『……あなたも、本当はもう『黒雨の魔獣』の正体が、『何なのか』、分かっているのでしょう──?』と。
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