第706話 襟影。
後の世で、『氷の大地の巨大なる怪物』──名を『スルス』と呼ばれる事になる『狂戦士』の成れの果てを見つめながら……『聖女の魔力体』は動けずにいた。
『…………』
『賢者』や『魔法戦士』や『召喚士』が、『勇者』を救う手立てが残されてると知り『音の世界』に導かれた後も──彼女はその場に留まって、『魔物達に喰われた』彼の姿を目で追い続けていたそうだ。
無論、『魔物に喰われた』以上はもうそれが別の存在になってしまった事を、彼女も理解はしていた。
ただ、理解はしていたが……それでも彼女は、彼の面影から目をそらせなかったのだという。
そして、その姿を見つめながら、自分自身を含め色々なものが許せなくなっていたというのだ……。
『…………』
エアの話では、『聖女』は『狂戦士』だけが『魔力体』になれなかった事に対し、深く嘆いてもいたそうだ。
『何故、彼だけが……』と、その理不尽さに深い悲しみを抱いていたと。
『一番頑張ったのは、彼だったのに……』と、そんな愚痴も出たという。
『誰よりも傷つき、誰よりも前を走っていた。わたしにとっては彼が一番の『勇者』だった』と。
……そんな、『色々な思い』をエアは聴き続けたらしい。
『…………』
『マテリアル使い』である『狂戦士』が、結末としてこうなる事は仕方がなかったのかもしれない。
……だが、寧ろ『魔力体』となれた自分たちの方は、ただの奇跡でしかなかったと。
誰もこうなるだなんて想像もしていなかっただろうと。
あの瞬間、『黒雨の魔獣』が立ち上がった姿を見た時、全ては『失敗した』と感じたそうだ。
……それなのに、気づけばそれが『運命のいたずら』か、未だ『勇者』を救う手立てが残されていると知った現状──彼女は『とある思い』を抱かずにはいられなかったそうだ……。
『──そんな奇跡があるならば……何故、彼も救ってあげられないんだ』と。
『勇者』を救う手立てがあるならば、『狂戦士』だって救ってくれたっていいじゃないかと。
……彼は、あんなにも、がんばったのに、と。
『…………』
……無論、『勇者』が救われなければいいと思っているわけではないし、『狂戦士』と『勇者』では状態が異なっている事も彼女はよく理解している上での思いだったと思う。
『勇者』は『身体』を失っても尚、その『心』は捕らわれたまま、今も戦い続けようとしている、と。
……対して、『狂戦士』はもう、その『身体も心も』失われてしまったのだ、と。
あそこに見える巨人も、ただの面影で……ただの『魔物』で……『彼』本人はもう居なくなってしまったのだ、と……。
だがしかし、それが分かっていたとしても、『聖女』の感情は、その『心』は──失われた『狂戦士』を想う分だけ、その理不尽さを嘆かざるを得なかったのだと……。
『……エアさん、わたしはきっともう『勇者一行』失格ですね。……みんなと同じ道はもう歩けないと思います。一緒に行けば、きっと少なからず自分や誰かを憎く思ってしまうから。……もっと『彼』と一緒に居たかっただなんて、その思いにばかりとらわれてしまうから。彼との幸せだけが、わたしの目指す、わたしが生きる意味だったから……だから。ここからはみんなとは別の道をいきます……いっぱいいっぱい迷惑かけて、ほんとにごめんなさい。でも、わたしはやっぱり最後まであの人の……あの人だけの『聖女』でありたいから──』と。
『…………』
……そんな言葉を残すと、『聖女』はエアの見ている前で、失われた『狂戦士』を追いかける為にか、自らの意思で消え去ってしまったのだという──
最後の瞬間、『聖女の魔力体』は白へと染まっていき、その姿は消えながらもまるで──『勇者』に『祈りの力』が満ちて溢れた時の様な──あの『白条』となって駆け出していくかのようにも見えたと……。
そして、結果的には『聖女』というその『白条』は、『世界』の空を二つに割るかのように白き雲の線を引いて遠くにいってしまったらしい。
──ただ、その白い雲の線を見ていて、エアにはその『白条』はまるで『白くて大きな長いマフラー』の様にも見えたのだそうだ。
……そして、不思議とそれを見ていたエアは、きっとあの白いマフラーの先では、また『聖女』と『狂戦士』が繋がり包まれているのではないかと、そう感じられたらしい──
『…………』
──その際、ちょうど『聖竜』が『音の世界』から一旦戻ってきたのもそんな頃合いで、私が見つめる先で『白銀のエア』はなんとも言えない表情をしているのが分かった。
そして、彼女も私が戻って来たのを感じ取ると、先の『聖女』の話を少しずつ語って聴かせてくれたのである……。
『……お久しぶりです……』
……ただ、そうして雲の行く末を眺めながら話を聴いている途中で──私にもはっきりと聞こえるくらいの『音』(思い)がこちらへと響き、私とエアは一緒に背後へと振り返ったのだった。
──すると、当然の様にそこには『魔力体』である『毒槍』が居た訳なのだが……そんな彼女の表情は既に少し涙ぐんだ状態であり、それも妙に無理をしながら『にた、り』となんとか取り繕った笑みを浮かべているのであった……。
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