第7話 経験。
2022・10・05,本文微修正。
「今日は少し、森を歩こうか」
昨日と同様に大量の果物と干し肉、それと一応は栄養のバランスも考え数種の葉っぱを適当に毟って作り上げた私の特製のサラダなどを彼女がムシャムシャっと食し終わった頃、私はそう切り出した。
食べ物に関して特に苦手そうな物もない様子だが、本日は臨時で森へと入り、他にも色々と食べられそうなものがないかと採取する考えである。
もちろんただ採取して終わりではなく、その道中でまた『魔法使い』について話などを深く掘り下げられればとも思った。自然の中はそれだけ魔法使いにとっての教材が多いから、きっと良き時間となるだろうという思惑もある。
「うんっ!行く!」
昨日あの後、夜が明けるまでは彼女はずっと爆睡を続けた。余程疲れていたらしい。
『鬼人族』と言う種は元々、『天元』と呼ばれるおへその奥にある特殊な器官をもち、それが常にある程度周囲の魔素を取り込んで自らの力に変えてくれるという特性がある筈なのだが……それでも賄えない程に疲労していたのだろう。かなり限界に近かったのだと思われる。
まあ、完全に復調すれば『食事は一日一度で十分』という話も聞くし、今はもうこれだけ食べる事ができている訳だから快方に向かっている事も分かるのだが……まだ何となく心配が勝ってしまった。
恐らくは冒険者時代の名残もあるのだろうか。周囲に敵が居る状態でも食事をする事が多々あった為に、私からすれば食事は短時間で済ませるもので、何度も小まめな栄養補給をしなければいけないものだという認識が強かった事も影響していると思う。
だからその認識と食事事情の違いから『一日に一食』だけで充分だと知ってはいても、どうしても本当にそれで大丈夫なのだろうか?本当にお腹は減らないのだろうか?と心配になってしまうのだ。
「…………」
……ただ、見た感じ今の所は平気そう。私の後ろに付いてきている彼女からは快調な様子が伝わって来る。昨日の疲れもすっかりと感じさせない足取りだが、私からしたら彼女は感覚的に『幼子』に近しい存在なので、まだまだ目を離せないというハラハラ感が常に残ってはいる。
「彼ら精霊達は、魔力を送り合って互いの言葉や感情を伝え合うという手法を良く使う。昨日、歌を歌っている時に彼らから喜びの魔力は送られてきていなかったか?」
「うんっ!いっぱいっ!」
「そうかそうか。それが分かるようなら優秀だ」
そして私は歩きながら、私が知るそうした魔法に関しての知識を彼女へと話して聞かせた。
自然の中の方が感覚も鋭くなり、魔法の習得も捗るだろうという持論を元にした行動なのだが、彼女も純粋に学んでいるというよりかは、単に散歩を楽しむ雰囲気でのんびりと過ごせているようである。
「…………」
その姿を見て、私は『魔法使い』と言うのは本来こういうもので良いよなとも思う。
最初から下手に知識ばかりを詰め込んでも、好きになれなければ……おっと、あれは確か、新芽がサラダ用に使えたはずだ。
少々遠回りをして摘んで行こうか。……ん?ああ、そうだ。あの葉っぱをむぎゅっと摘んできて欲しい。そうそう、上手だぞ。
「これ美味しい?」
「そこそこ、だな」
「そっかっ!これはそこそこ美味しいやつねっ!」
「……うむ」
魔法の実習をする訳でもなし、基礎を教える訳でもない。
だが、彼女達は鬼人族はその特性もあって常に魔力の循環をさせている状態ではあった。
だから、ある意味ではこうやって身体を動かしているだけでも十分に魔力操作の練習にはなっているとも言えるだろう。……彼女が何処から来たのかは知らないが、この森は余所と比べれば遥かに魔力も濃い。この散歩も決して無駄にはならない筈だ。
まあ、もしも実際に魔法をいきなり教え使わせたとしても、案外すんなりと使いそうでもある。
……なので、今はこうして楽しみながら知識を増やす事を優先させても良いだろうと私は思った。
おっと、あちらの木の果物はそろそろ食べごろかもしれない。近寄ってみようか。
「ほら、あの木だ。あの木に登って、上の果物を少し取りに行こう」
「うんっ!のぼるッ!」
そうして、私達はそれぞれ一本ずつ別の木へとよじ登って食べごろの果物を採取しながら話を続けた。
私の話は、上手くはないが多岐に渡り……まあ、大体は『食べれそうなものや、そうでないもの』の見分け方や採取の仕方だった気もするが、色々と話したと思う。
途中で気づいた事だが、彼女はパクパクと美味しそうに果物を食していても、ちゃんとその耳は私の話を聞き逃さんと欲しており……『もっと色んな話』を催促されている様に感じたからだ。
私はその期待に応えようと、次第に『魔法の基礎』などについても少しずつ説明していった。
魔法における属性の話や魔法の威力の基準となる強度と深度の話。
森の中や街中その他の地形においてその場に適した魔法を使うための注意点等々──『知識ばかりを云々かんぬん』の話もすっかりと頭から抜け落ちる程に、今回は話してしまったかもしれない。
……気づけば、時間と言うのはあっという間で、はっとしたらもう『家』へと戻る時間となっていた程に、私も熱中していたらしい。
「……ごほん。そろそろ、家へと帰ろうか」
「うんっ!」
「ん?おや……今日はこのまま会えないものかとも思っていたが、丁度良く『獲物』が向こうに見えるな」
「うん?……あっ、おにくっ!!」
すると、そんな頃合いになって私達は今日初めての出会いもした。
それも、彼女の喜び様から分かる通り、相手は動物だ。
……まあ、元々果物や野菜等を主軸で採取する予定だった為、積極的に探そうとまではしていなかったのだが、出会えれば狩りたいとは思っていた。
だから、帰り際のこの時分に逸れたとても大きな猪が一頭見つかった事は幸運だと言えるだろう。
少し遠めの方、木の根元辺りの餌を食べている様子が目に止まる。
……ならば、せっかくだからと、あれは色々な意味で彼女の糧とさせていただこうと私は考えた。
「自分で狩ってみるか?」
……だから、試しに彼女にもそう問いかけてみたのだ。
もちろん、彼女が不本意ならばすぐに撤回するつもりだった。
でも、そもそも『森に生きる者』であるならば、『幼子』には見えても狩人としての資質がありそうだとも思えたから。
「うん?……うんっ!」
「そうか。なら、全力でぶつかってみなさい」
「んっ!行ってくるッ!」
『戦闘経験を積ませる為』とまではいわないが、彼女がどんな行動をとるのかを純粋に見たくなった気持ちもある。……無論、『危険じゃないか!』と感じる者もいるだろう。けれど、不思議とその時の私は、彼女ならば出来そうな気しかしなかった。
それに、本当に『危うい!』と感じれば直ぐに私が魔法を使うつもりでもいたから、私は今回その『獲物』を彼女に任せてみる事にしたのである。
「…………」
するとだ。早速、彼女は私の言葉を聞くと無邪気な笑みで頷き、猪を正面に捉えると──そのまま、両の腕を上にガシャンガシャンと挙げて、戦闘態勢へと移行した。
そして、その状態のまま、すぅぅぅぅーっと大きく息を吸い込み始めると……。
「がおおぉぉぉぉーーー!!」
……と溜めた『力』を叫びと変えて、その勢いのまま彼女はいきなり駆け出していったのである。
出たぞ。記憶にも新しい、彼女の本気の『がおぉぉぉぉ』だ。
その勢いは、この前私に向けれれたものより幾らか力強さを感じさせる。
長年、『冒険者』として活動した事もある私だが……『狩りの仕方』自体は誰かに教わったものでもない──だが、だからこそ彼女のそれも全てが自己流だと直ぐに分かった。
そして、独自のやり方を貫いてきた私からすれば、彼女のあの『狩り方』も、十分に有りだと感じたのだ。
本職の狩人からすれば、『下手だな……』としか思えない行動であろうとも『魔法使い』としてはちゃんと肯定したい。……寧ろ、『もっとやってやれ!』と私は内心で彼女を応援していた。
「…………」
『無理そうなら、直ぐにでも助けられる様に』と、魔法の準備は整えていた。
無論、最初から『ふざけてのやっている行動』だとしたら止めもしたし、注意もしていただろう。
……でも、彼女のあれは間違いなく、完全に本気であった。
いくら見た目の可憐さがあっても、あまり狩りをしているようには見えなかったとしても、あれはどこまでも本気の目だった。
実際、彼女に獲物として認定されている猪くんの方も思いがけない可愛い叫び声に呆然としており、彼女の方を見て口からポロリと食べていた餌を零してしまっている。
……あれは恐らく、少し前までの私と同じ心境を抱いている事だろう。
「ラーラーララーーー!!」
そして、そんな猪君に対し、今度は畳みかける様に突如として彼女は歌も始めた。
……で、出た。彼女も何か思い至る所があったのか、本気の『がおぉぉぉぉ』から本気の『精霊の歌』と言う、驚きのコンボ技を繰り出してくれたらしい。
これは凄い。何が凄いのかと問われれば、一般的に狩りは相手に悟られないように物音や気配を絶ち、細心の注意を払う事を心がけるものだが……それをせず、敢えてその逆を行う事で思いもしなかった結果を導き出しているのである。
寧ろ、『常識』に囚われなかったからこその光が、そこには感じたのだ。
「…………」
そうして、実際彼女の風貌とその行動を見た事によって、獲物の猪くんは逃げるどころか逆に怒り出して彼女へと向かって全力で突進してきている。
『お前なんぞに狩られる俺様じゃねえッ!逆に俺様がお前を狩ってやるッ!』と、そう言わんばかりの猪くん。その逆上ぶりを見ていると、一見して彼女の身が危なそうにも見えた……。
が、その瞬間、彼女の『喜びの歌』に引き寄せられたのだろうか。
周りで一緒になって楽しんでいた筈の彼らが、前に出る姿が見えた。
「…………」
だから、結果として私はなにも手を出す事もなく、安心して皆を眺めて居られた。
……『差異』を知り、己を彼らの領域へと近付ける。
今はまだ拙くて、ほんのりと摘まむ程度の歩み寄りでしかなかったとしても、ちゃんと意味はあるのだと感じられる瞬間だった。
彼女のそれは、目に見える結果として、猪くんの大きな身体を高々と吹き飛ばしたのである。
──ドンッ!!!
鬼人族特有の魔力循環により高められた肉体強度と、『精霊達』によるほんのちょっとの支援は、正面からぶつかった衝撃の全てを猪にのみ跳ね返し、深いダメージを与えて、彼女をほぼ無傷で守りきったのだった。
そうして、獲物をちゃんと仕留められたという結果を手にし、嬉しそうにジャンプを繰り返すと『──はやくきてッ!お肉とれたよッ!』と無邪気に笑う彼女の元へと、私も急いで歩みよっていくのであった。
またのお越しをお待ちしております