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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第698話 一矢。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。

また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。






 『魔法道具』──『古い手作りの矢』は使用者である『黒雨の魔獣』に対して害意を持つ相手を感じ取ると、それを遠ざけ近付けない様に『加護』を与えて守った……。



 結果、『勇者』は空中で完全に身体を『拘束』され身動きが取れなくなってしまう。

 ……当然、剣を突き出した姿勢のままで固まった彼女は瞬時に息をのむことになった。



 何しろ、眼前には『黒雨の魔獣』がおり、すぐ背後には回避したばかりの『毒鎗』も居る。

 彼女の脳裏には自然と『絶体絶命』という言葉が浮かんだだろう……。



 ──現に、その様を視た『賢者』の動き出しは早かった。『勇者』を救わんと、すぐさまに魔法で『毒鎗』と『黒雨の魔獣』に向かって攻撃を仕掛けようとする。



「…………」



 だがしかし、そうすると今度は、本来『黒雨の魔獣』の盾になろうと動き出した筈の『毒鎗』が『賢者』の行動を逆に阻害するために動き出したのだ。



 『敵が嫌がる事こそ、最善の行動である』と言わんばかりに、『賢者』に最も効くであろう選択を選ぶ『毒槍』。


 すると、その『毒々しい行動』に、『勇者』の絶望と『賢者』の焦燥を空気で感じ取ると、自然とまた彼女は『ニタリ』と微笑みを浮かべた。




 ──そして、身動きの取れぬ『勇者』の姿を一瞥した『黒雨の魔獣』は、止めを刺すべく自身の右腕に『雨』を集めると、それを用いて一つの『黒い短弓』を作りあげたのである。


 ……また、弓が出来あがると今度は左の手のひらには同様に『雨』を集めて、『黒い矢』も作りだしたのだった。



 すると、その『技』と『弓』を見た『勇者』は『ッ!?』として驚くことになる……。



「…………」



 ……何故ならば、その『技』も『弓』も、かつて見覚えがあったからだ。


 朧げな自我も一瞬で醒めるくらいに──それほど強烈なかつての苦戦の記憶を呼び覚ますには十分すぎるほどのきっかけだった。



 それは、自分が『勇者』と呼ばれ、相棒が『賢者』と呼ばれるきっかけにもなった大戦の思い出……。


 そして、その戦いで自分達が倒した相手の要たる……『ハイエルフ』と呼ばれていた『二人の男女』の事……。



「…………」



 だが、そんな『勇者』とは異なり、『黒雨の魔獣』は至極冷静に弓へと矢を番えていた。


 『勇者』はその様子を眺めながら、『……復讐?』というそんな呟きを残したかもしれない……。



 一方『賢者』は、『毒鎗』に妨害されつつ焦りながらもその光景を見て──『勇者』と同じ様に驚きを覚えはしたが……直ぐに思い直して集中し『彼女を助ける為』に、魔法を編み出したのである。



 ……無論、それを易々と許す『毒鎗』ではなかったが──『賢者』は今度は愚かにも邪魔されようとも構わずに、自分に向けられる『毒鎗』の攻撃は無視して、その攻撃を身に受けながらも『勇者』の事を優先した。



 『賢者』の集中は高まり、『精霊の力』を介して『勇者』が陥っている状態にも理解を及ぼす。

 ……瞬間、腹部には激痛が走り、何かが砕けた音もしたが、そちらはもう構わなかった。



 そして、『勇者』を『拘束』している『力』が、『単純にも魔力密度を高めて、彼女ごと周囲の空間を固めただけの魔法である事』を悟ると、即座に『氷を融かす』様にその『力』へと『干渉』していき、『空間指定』し『魔力密度』を緩めて彼女が逃げ出せるだけの隙間を作り上げたのである──。



「…………」



 ──無論、それだけのことを瞬時にやり遂げる為には、他の事に構ってはいられなかった『賢者』は、既に腹部を『毒槍』の腕に貫かれ逃げられなくなっており、顔面は鷲掴みにされ潰れて視界も途絶えていた。



 ……その上、首は現状で噛みつかれているのが、分かっており──『自分が喰われている事』も悟っている。



 だがそれでも、『勇者だけは助けなければ──』と、彼はただその一心で魔法を使った。


 自らが愛する女性を──皆の希望を──その『一本の剣』を──『活かすも殺すも』彼のその魔法一つにかかっていたのだ。




 ……『賢者』は『勇者を助ける為』に自分を懸けたのだろう。



 それも、『勇者』を『拘束していた力』に対して、『賢者』が魔法で開けたその隙間は──


 彼女の『前面』に対してのみ、であった。



 ……要は、その『剣』の切っ先が未だ向いている方向に『賢者』は『道』を開けたのである。



「…………」



 ──それによって、『拘束』からも抜け出せるようになった『勇者』は、再度空を駆け『黒雨の魔獣』へと迫る事ができるようになった。



 ……『賢者』は『勇者』の助けになる様にと『力』を使ったが。

 当然の様に、その『背後』には『道』を作らなかったのだ。



 『一緒に前へ進もう』と。

 『お前ならできるよ』と。



 ……『賢者』は『毒槍』に喰われながらも、後の事をそうして『勇者』に示し、託した。



 『最後までやり遂げてくれ』と。

 『振り返る必要はないから』と。



 ……無論、その思いが伝わらぬ『勇者』ではない。



 彼女は、自分の背後で『何』が行われているのか半ば悟っては居ただろうが──


 その上で、再度『力』を込めると『拘束』を抜け出し、瞬時にまた駆け出たのだ……。



 そして、その突然の事態に反応が遅れ、驚きを見せる『黒雨の魔獣』の心臓があると思われる場所へと『致命の一撃』を貫き通した……。



「…………」



 ……それにより、『黒雨の魔獣』は身体は上半身が半分以上断ち切られ──身体の向こう側が見える程の大穴が空く事となった。


 無論、そんな状態でも生きている程の『化け物』ならば、直ぐにでも反撃をしてくるだろう……。

 だが、どうやら『黒雨の魔獣』はその様な事は無かったようで──そのまま崩れ落ちると大地に倒れ伏す事となったのである。



 なので、その様子を見送り……『倒せた』と確信した『勇者』は、即座に踵を返したのだ──


 そしてそこで、ちょうど『賢者を喰らった毒槍』と目が合い……。


 両者は互いに、『大事な者』を失った事を知ったのだった……。



「…………」




 ……そしてそこからは、『勇者』と『毒槍』は互いに有らん限りの叫びを上げ──正面から命をぶつけあう事になった。


 『戦えば傷つき、何かを失うのだ』と──そんな事、言われるまでも分かっていた事だったのに……。


 いざ実際に目にするまで、その『悲しみ』も『怒り』も、どこか他人事のように考えていた……。



 今まで数多くの者の去り行く姿を目にしてきたかもしれないが……。

 『本当に大事な存在だ』と──そう感じられる者は失った時の喪失は、言葉にならない痛みとなる。


 だからこそ、その叫びはお互いにとって『真の慟哭』そのものだったと思う。



 二人は、『力』の限りで戦った。

 互いに憎むべきものを倒す為……その仇を取る為に……。



 ──ただ、『賢者』の予想していた通りか、逃げ場のない純粋な近接戦闘ならば分があったのだろう……。



「…………」



 最終的に、相手に止めを刺したのは、『勇者』であった──。





またのお越しをお待ちしております。

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