第697話 籠。
『勇者一行』と『魔物達』の戦いは佳境に入った。
……どちらにとっても、この先に逃げ道はない。
『敵を倒さねば生き残れない』と、それが両者の共通認識にあったのだと思う。
大地を覆いかねないほどの魔物達の包囲を突き破り、『勇者一行』は『毒槍と黒雨』と接敵する。
無論、この場に来るまでに、『召喚士』『狂戦士』『聖女』『魔法戦士』はだいぶ消耗していた。
「…………」
特に、『人』の十倍以上にまで巨大化し戦い抜いた『狂戦士』はもう満身創痍であった。
『黒雨』を受け、『過剰反応』を起こした彼の成長は止まらない。
だが、同時に負傷も既に止まらなくなってしまっていた。
その身体は既に『力の器』として見合っておらず、その『力の増幅』に耐えきれていないのだ。
増幅は大きく超え、『魔物達』に傷つけられた被害以上に、『過剰反応』によって引き起こされる自己崩壊の方が被害は深刻であった。
全身から血が噴き出しかねない様な状況──既に息を吸うだけでも、全身に激痛が走るだろう。
……それに、彼はもう誰が『敵』で、誰が『味方』なのか、それすらもわからないほどに自我があやふやになってもいた。
『黒雨』の影響で……結局は彼ももう、己の『残り』が後わずかである事を悟っていたのだと思う。
「…………」
……ただ、そんな状況でも尚、彼は前へと進んだ。
『俺には、これしかできねえからよ』と。
自分の背後には『仲間達』が要る筈だから……。
数秒でも長くその盾になれればいいと……。
それに、『こうして先を歩けばきっと敵に攻撃されるだろ?そうすればそれに向かって反撃をすれば、見えなくても敵が分かるだろうしな』と。
本来ならばこの先も仲間達と一緒に暴れて、『毒槍と黒雨』を倒すのを手伝いたかったが……。
もうそれもできなさそうだから……と。
下手をすれば仲間達も傷つけかねない状態だからこそ、逆に彼には前に進む以外の選択肢がなかった。
間違いなく『狂戦士』はここで……最後まで自分の『力』を全て振り絞るつもりである……。
「…………」
……だが、そうして盾となりながら歩みを進めると、急に自分が後ろに身体を引かれている事に彼は気づいたのだろう。
最初は『敵か!?』とも思ったのか──ビクッともしていたが、直ぐにそれが優しい触れ方だったので『……仲間だ』と思い直せた。
──それに、引き止めていたのは『一人ではない』事にも気づけたのである……。
無論、その中の一人が『聖女』である事には直ぐに気づいたが──それ以外にも触れ方の違いで『勇者』と『賢者』と『魔法戦士』が居る事も分かった……。
そんな『仲間達』が『あとは任せろ』と、そう言ってきているのだと彼は理解したのだ。
「…………」
……だから『狂戦士』は、『……そうか。それじゃあ、あとは任せたぜ……』と、まるでそう応えるかの様に一度だけ振り返り頷きを見せると、ゆっくりと大地に倒れ伏していったのだった。
そして、倒れ伏した『狂戦士』の顔の傍には『聖女』が走り寄って腰を下ろすと、そこで『回復と浄化』を使い始めたのである。
……正直それは、傷を癒すというよりかは『狂戦士』が『魔物達』の様にならないようにと言う、そんなせめてもの時間稼ぎでしかなかった。
だが、あの『二人』ならば、その時間稼ぎの間にやってくれる筈だと──
彼女もそんな思いを託して後を任せたのだと思う。
……無論、周囲を魔物達に囲まれている状況である為、そこは安全に『回復と浄化』をし続けていられる様な場所ではなかったのだが。
当然の様に『狂戦士』と『聖女』を守る為、近くでは『魔法戦士』が守護へと入っていたのである。
……実際には、負傷こそないものの、この場に来るまでに一番『力』を使い疲弊をしていたのは『魔法戦士』であったかもしれない。
だから、彼もまた自らの役割を確りと理解し、後を託すことにしたのだ。
──『勇者』と『賢者』に……。
「…………」
そして、全てを託された『勇者』と『賢者』はその時にはもう走り出していた。
……時間は有限だったから。急がねば『魔物達』は増えていくし、下手すれば『狂戦士』や『聖女』だけではなく、『蝕まれた全員』がどうなるかわからない状態にあった。
だからそんな手遅れになる前に、この『魔物達』を集めた元凶である『毒槍と黒雨』を倒さねばならないと。
……無論、仲間達のおかげで完全に『力』を温存出来た『二人』にはそれが出来るという自負もあった。
──そもそも、この『終着地』(『吹雪の大陸』)に至るまで、散々『毒槍と黒雨』とは『力』の削り合いをしてきた経緯もある。
……よって、既に相手がどのような戦い方をしてくるのかをある程度ならば理解もしていたからこそだったのだ。
「…………」
『賢者』から視て、基本的に『毒槍と黒雨』は『戦士と魔法使い』の組み合わせだと認識していた。
……正直、最初は『敵の顔』と膨大な『魔力量』に──『とある存在』を思い出して絶望しかけたこともあったのだが、戦い続ける内に『あの人』とは別の存在である事を知り、勝てない存在ではないと理解したのである。
なので、現状においては『剣士と魔法使い』という組み合わせである『勇者と賢者』であれば、邪魔が入らなければ『技量の差』において『毒槍と黒雨』に勝てるとも思っていた。
『精霊の力』もあり、連携力も上がった状態であり、尚且つ『毒槍と黒雨』の『力』の使い方は『罠』と『黒雨による面制圧』において特化しているとも言えるので──こうして一点突破し無理やりにでも接近戦に持ち込んで逃げようのない状態にしてから、一人を集中的に攻撃して確実に倒すというのが効果的だろうと、『賢者』はそんな作戦を立てていたのである。
……その為に、仲間達とここまで走り続けてきたのだと。
だから、まずはこのまま邪魔な『雨』を止める為にも、『黒雨の魔獣』に狙いをつけた。
『賢者』は己の中の集中力の高まりを感じながら、『敵』の待ち構えている様子を探り視る。
すると、向こうも既に近接戦闘で迎え撃つ気なのか待ち構えてはいたのだが……。
その様子は妙に疲弊しているようにも感じたのである。
きっと、『黒雨』の威力を高めるために敵が何かをしていたのだろうとは思っていたので……恐らくはその影響ではないかと『賢者』は考えた。……敵も『弱体化』しているのかもしれないと。
「…………」
……だが、例えそうだとしてもここまできて油断はしない。
甘さは捨て、『弱体化』していたとしても『全力』を尽くすつもりだった。
『勇者』と共に『魔力』を高め、武器の破壊力を上げる。
それに応じて、二人の武器は『白銀』へと煌めいていく──
更には『賢者』はサポート役として、『勇者』の身体そのものにも【付与魔法】をかけ、全身に強化を施すと、それによって凡そ常人には捉えきれぬ速度に一瞬で達した『勇者』は、愚直にも最短を駆け走っていったのだった……。
「…………」
そして、『勇者』がそこから繰り出すは──『ただの突き』。
だが、その愚直な技こそ、他のどんな剣技においても真似できぬ──唯一無二の鋭き破壊を齎す最高最速の『勇者の一撃』である。
初手で勝負を決めに来たと感じとった『毒鎗』は、それを見て慌てる様に横から『黒雨』と『勇者』との間にその身を挟もうと動き出すが……既に遅い。
『異形の勇者』は、既にその身体を構成する多くの部分を『金属』へと弄られ変えられている。
だからそれによって、彼女はもう自分の事を『一本の剣』だと捉える様になっていた……。
──その結果、『勇者』は、『師』から教わった技術を用いて、遂には己と言う『剣』を思うがままに操り、『師』と同じ『空』をかけたのである。
「…………」
『異形の勇者』は……何者にも阻まれることない空を──誰にも止められぬ速度で疾駆する剣だ。
その『一本の剣』は、横から邪魔をしようと狙った『毒鎗』の事などものともせぬまま上を回避していき、そのまま『黒雨の魔獣』の喉元へと、その『本命』を穿たんと奔っていった……。
サポート役として追従する『賢者』は、背後からそんな『勇者の一撃』の成功を確信した。
……これまでの戦いで、『黒雨の魔獣』が近接戦闘に不慣れである事は分かっている。
ならば、あの攻撃はどうしても避けようがないだろうと、彼はそう思ったのだった。
「…………」
……だがしかし、そんな時にこそ『毒鎗』の『ニタリ』とした嫌な微笑みが目に入る。
瞬間……その笑みを視て『賢者』は『偽装』を疑った。
『これまで執拗に『黒雨の魔獣』が近接戦闘を避けてきたのは、この時の為だったのか』と……。
だが、現実はそんな『賢者』の考えよりも更に理不尽なものであり──
もっと言えば、どうしようもない結末でもあった。
……何故ならば、疲弊した『黒雨の魔獣』は、その迫りくる『勇者の一撃』に対して、『避ける迄もない』と言うかの如く、たった一つ『あるもの』を取り出すと、それを『ポイっ』と前に放ったのである──。
「…………」
──すると、そうして放られた物、その『一本の手作りの矢』の形をした『魔法道具』は、『黒雨の魔獣』に迫りくる『勇者の一撃』を感じ取ると……。
『制作者』の願い(『心』)を汲み取って、『この世界で最も強力な加護』となり、『黒雨の魔獣』の事を見事に守りきったのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




