第69話 惑。
まあ対処法があるとは言ったが、最初に言った通り、今回は大して面白くない話になる。
まず問題に対してだが、事が露見すればギルドを通していない事によって、依頼人の青年には賠償金が、引き受けた私には冒険者の資格の取り消しということが起こる。
これに対する対処法が何かというと、悪い言葉で言ってしまえばバレなければいい。
生憎と、その事を知っているのはこの周囲にいる者に限られるので、最悪は彼らをみんな消してしまえば、問題を全て無に帰す事が出来る。
「えっ、ロム……?」
『旦那……』『うそ……』『…………』『まさか、信じられません』
そんな事を言う人だとは思ってなかったと、エアや精霊達からは激しく落胆し驚くような気配を感じる。
「なっ……こいつ」
「それはつまり、俺達を敵にまわすって事か?」
「馬鹿な依頼人にはやっぱり馬鹿な冒険者がつくみたいだな」
そして、周りに居た商人達や冒険者、護衛達も私の言葉で表情を変え、直ぐに戦闘が起こっても良いように、微妙に陣形を変えて体勢を整えている。……ふむ。相手にはならんが中々に良い動きだ。
「なああんた、どういうつもりなんだ。俺の罪を誤魔化す為に、周りの人達まで巻き込むつもりなのか?そんなのが対処だって言うのかよ?……やめてくれ。そんな事はしないでくれ。悪いのは俺なんだ。あんたにも迷惑を掛けちまって悪かったと思う。だが、他の人は何も悪くないだろう?だから、もう誰も傷つけないでくれよ。ごめんよ。ほんとうにごめん。俺が馬鹿なばっかりに、みんなにこんな迷惑を……」
私の傍で依頼人の青年商人は地面に手をついて、まるで土下座をしているかのように何度も何度も謝りだした。その謝意が本心からのものであるとわかる。
だが、正直この青年の謝罪など見ても、私はどうとも感じなかった。
『ああ、漸く謝ったか……』と思う位である。
少しは反省している様だが、これでお馬鹿な部分が治るとは思えないし、信じても居ない。
ちょっと懲らしめてやれればいいかなぐらいの気持ちしかなく、最初から言っている通り、私に親切心はなく、優しさも無い。この青年がどうなっても構わないと言うのは本当に心からそう思っているのだ。
「あんた、いったい何が目的なんだ?」
私の発言の意図が測りかねるのか、不可解だと言う様に商人の一人が私へとそう尋ねて来た。
ただ、その問には最初からもう何度も答えを出している。
「そちらもか。最初に私は言った筈なのだがな。聞こえていなかったか?」
「何がだ」
「私は言った筈だぞ。対処法を教える為だと」
「……はあ?対処法を教える為?そのお嬢さんに何の対処法を教えると言うんだ。馬鹿な依頼人から、愚かな冒険者が依頼を引き受けると、こんなにおかしな結果になりますとでも教えたかったのか?わざわざその身を使ってまでそんな馬鹿な話をするやつがいるかっ!!」
「ロム……」
「ほらみろっ!あんたの奇行にお嬢さんも困惑しているじゃないか。……なあお嬢さん、あのエルフがあなたの仲間なのはわかるけれども、今はこっちへ来なさい。どうにもあのエルフは頭がおかしい。君まで巻き込まれることはない」
「……どうする?とりあえずこのエルフをとっ捕まえて縛って身動き取れなくしちまうか?」
「それが良いかもしれない。どうせ違反者だ、向こうの街に行って、そっちの馬鹿な依頼者共々ギルドに突き出してやればいいだけの話だろう」
「そうだな。分かったそうしよう。さあ、お嬢さんはこっちへ。あまりそのエルフに近付かないように。何をするかわからん」
周りの商人達や、冒険者や護衛達は私を取り囲むような足運びで移動しながら、危険な私からエアを引き離そうと、必死に言葉を尽くしている様に見える。
だが、その言葉を受けながらエアは、周りをキョロキョロと見ながらも変わらず不安そうな表情で、一歩一歩前へ、逆に私の方へと近寄る事を止めない。
それにその顔は、いつも見る無邪気な笑顔ではなく、どうすればいいのか全く分からないという諦めを含んだものだった。
「……そうか。仕方がないな」
「ロム……ごめんなさい」
そんなエアの表情を見て、私は今回の"問題"が少し厳しかった事を逆に反省した。
対してそんな私の言葉を聞いたエアも、しゅんと落ち込みながら謝って来る。
「んっ?」
『なんだ?なにを言っているんだ?』と周りの商人達、冒険者、護衛、青年商人が私達のやり取りを不思議そうな眼で見ている中、私はエアへと言葉を続けた。
「今回は突発的で、判断材料も少なかった。ただ、どうしてこうなったのか、どこに気を付ければ良かったのかを、これから詳しく説明していこうと思う。確りと聞いていて欲しい」
「うんっ。おしえてっ」
周りが付いてこれず、呆気にとられている空気感の中、私はそれらに一切構わずエアへと説明する事を優先した。
先ず最初に、大前提として、情報収集が必須である事。これは冒険者なら誰でも自然と行って然るべき能力である。ちょっとした噂や、偶々聞こえた言葉、微妙な動きや反応、そんなものでも少し頭の片隅に残しておく事で、ふとした時のヒントになる事がある。
それをしている事で、いきなりの状況の変化にも理解を得て、混乱せずに済むようになるかもしれない。全ての情報が必ず役に立つという訳ではないので、絶対ではないが、やっておいて損はないだろう。
「……おい。これはなんだ?あのエルフはいきなり何を話しだしたんだ?」
「分からん。が、冒険者の基礎だな?それをお嬢さんに説明している。だが何故?」
外野が判断に困ってわちゃわちゃと話しだしているが、無視してこのまま答え合わせを続ける。
既に状況は終了しているのだ。答え合わせになったのだから、もう下手な隠し立ても必要ない。
「では、正解を言うが、今回の問題の肝は、実はこの青年商人ではなかった。この周りに居る彼らだ」
「えーーっ!!あーー。そっか、そっちなのかーー」
エアは私のその言葉を聞くと、それまで何気にチラチラと注意深く観察していた青年商人から視線を外し、周りの者達へと視線を向けると暫く考えてから、何かを気付き私へと笑顔で振り返った。
「この人たち、盗賊だっ!!」
「…………」
「正解」
違和を感じる力を鍛える事は、『差異』へとつながる。
普段とは何か違うな、何か変だな、と感じる事はとても大切な事で、それが実は見逃してはいけない重大なサインだったりする。
魔法使いとしての能力を鍛えると同時に、エアにはそういう察知する力も、こうした形で時々鍛えさせていた。
当然エアと精霊達以外には私が普段どんな人物なのか分からない為、『変なエルフが居るな』くらいにしか思わなかっただろうけど、普段とは違う行動をする私を見たエアには直ぐに何か今"異変"が起きているのだと知れるヒントになった。
今回は丁度良く大きなデコイ(囮)も居たので、エアはそれに目を惹かれてしまい最後まで目標に気付く事は出来なかったが、街でちゃんと情報を仕入れる事を忘れては居なかったのだろう。直ぐに彼らが何者なのかを言い当てる事が出来た。
ただ、あまりにも突然言い当てられたので、普段なら商人のフリや冒険者のフリ、護衛のフリをして笑って何食わぬ様に過ごしていただろう彼らの表情からは今、笑顔が全て消えてしまっている。
『何故バレたのか分からない』と沈黙したままの彼らの顔からは、そんな言葉が聞こえてくるようであった。
因みに、私は話の中でエアにだけは伝わる様な、少し分かり難いヒントを、幾つか残していたりする。
例えば、問題の対処法として話を始めた時、最初に何が問題なのかを語った。
その時に先ず私はこう話したのだ。『この男には金がない。そして知識も無い』と。
だがそれは、何も青年商人にだけ向けた言葉ではなかったのである。
これは彼らをよく見れば分かる事なのだが、商人や冒険者、護衛を装う彼らの装備はちょこちょこ粗悪なものが多過ぎた。
ここら辺は普段から鍛冶などをしている者にしか気づかないかもしれないけれど、少し観察していれば彼らが街で見る商人達や冒険者達と比べて、明らかにお金を持っていなさそうなのは分かる。
そして、知識に関しても、冒険者で護衛任務を斡旋して貰えるというのは、狩り推奨レベルである『緑石』ランク以上が必要であり、護衛の依頼を引き受けた私の首元にある銀板に嵌った『白石』を見れば、普通の冒険者ならば注意や文句を言ってきて当然なのだ。それをしてこなかった時点で、彼らの知識の底も知れているのであった。
大きな盗賊団ではよく獲物の集団の中に自分たちの仲間を潜ませるという手段を使うが、この盗賊団もその例外ではなかったらしく、エアが街で知り得た情報もそのあたりではないかと私は思う。
まあ元々街に居る時に、悪い奴等の位置はほぼほぼ綿毛達の力を貸してもらって掴んでいた私としては、この商人達の列の中から彼らを割り出すのは簡単な事であり、彼らが私達の周囲に集まっていたのも偶然ではなかったりする。
まあ、そんな答え合わせも全て終わったので、彼らにはこのまま"まやかし"にかかって貰った状態で、次の街まで向かってもらうことにした。無駄口はもう二度と話せないだろうけど、向こうでは沢山喋って欲しい。お仲間の盗賊団も既に全員向こうの兵舎に送ってある。
──その後は大した騒動が起きる事も無く、私達は平和にのんびりと歩き続け、三日ほどで次の街へと到着した。
因みに、盗賊の仲間ではないが、今回のデコイ(囮)であった青年商人にも一応まやかしはかけている。最低限彼の身の安全守って街へと連れて行く約束をしたので、これくらいは許されるだろう。
そもそも私は最初からこの青年の事をあまり好ましく思っていなかった。……偶々ではあったのだが、この青年、実はとある情報通な女の子を泣かせた酷い奴だったからである。
またのお越しをお待ちしております。




