第68話 素。
本当は次の街で『何を食べようか』『今度はどんな事をしようか』とそんな話をしながらエアとのんびりと旅を楽しむつもりであったのだが、思わぬ出会いから私達はとんでもない商人と行動を共にすることになった。
「ぶっすーー」
悪口を言っているわけではない。エアが不機嫌そうに頬を膨らませてはそこから空気が漏れているだけである。
『ぶっすーー』『ぶっすーー』『ぶっすーー』『ぶっすーー』
あらら。背後からも同じように『ぶっすーー』状態の精霊達の気配を感じる。
だが、まあ許して欲しい。これはあまりにも見逃せなかったのだ。
私は早速青年と口約束ではあるが、彼の護衛として、最低限の夜営を担当する事と最低限の彼の身の安全を保障する事を請け負った。そして、その対価として街に戻ったら充分の対価を貰う事と、私達の事について一切の情報を漏らさない事を約束して貰った。
そんな私達のやり取りを見ていた、エアや精霊達からは不機嫌オーラが止めどなく流れてきて、周りに居る護衛や冒険者達、そしてそんな彼らを雇っている商人達からは、『馬鹿な奴には馬鹿な奴が護衛になるんだな』位の冷たい視線を送られてきたが、私は一切気にしなかった。
ただ、エア達には早めに勘違いを訂正しておこうと思い、私は説明をし始める。
正直、私はこの青年商人がどうなろうが全く気にはしていないのだ。極論で言えば死んでも別に構わん。
「……えっ」
改めて説明するまでも無い事だが、あえて言わせて頂く、私は聖人ではない。だから、義侠心もない。これっぽっちも。全く。ゼロゼロのゼロである。
そんな私の不穏なセリフを聞いて、青年商人は護衛を雇えて一安心していたのもつかの間、驚きの表情で情けない声を漏らした。
ただ、私は全く気にはしていないのだけれど、こんな機会は早々ある物ではなく、次にこういう機会に直面した時に上手く対処できるようになる為、エアがその方法を学び練習する為ならば、今回に限り依頼を受けても良いかと思っただけなのである。……ただ、勘違いを絶対にさせない為に、再度言う。私に親切心は無い。生憎だが優しく無いからな。
「対処法?」
「そうだ」
エアや精霊達も予想外だったのか首を傾げているので、私は頷きを返した。
『ロムは優しいよ?』とそんな風にエアは言ってくれるが……まあそれは嬉しいのだが、今回ばかりは本当に違う。優しくないし、全く面白い話にもならないだろう。いっそ残酷で冷たい話だ。
だが、これもまた冒険者として知っていかなければいけない事ではあるので、時に非情にならなければいけないというのを、この機会に知っておいて貰おうと考えている。
ただ、今ならエアが嫌ならやめられる。聞きたくないと言うなら、今回無理しなくても良い。
機会がこうして向こうからノコノコと歩いてやって来たので、私もその気になっただけなのだ。
聞きたいか聞きたくないかの判断は、エアに任せようと思う。
「んーー」
『ちょっと聞きたい』『次の街までは暇もありますし、折角なので……』『お嬢さん、聞きたいと言ってください』と先ほどまでは少し私達から距離を空けていた筈の周りの冒険者や護衛達、そして彼らを雇っている商人達が、何故か数歩近寄って来ていて『話を聞きたいオーラ』を出しているのだが……私はエアの気持ちを優先するぞ。君達は自分の護衛達とでも語り合っていなさい。
「……じゃあ、聞きたい」
そんな周りの雰囲気にどこか押されながらも、エアは私の目を見て話を聞く事を決めた。
ならばと、私は先に、周りで聞いている者達にもこれから話す事と、私達の情報について一切漏らさない事の言質を取った後、私はゆっくりと話し始めた。
『まあ、大して面白くはない話だが……。』と私は切り出す。
すると、周りの者達は耳を澄ましてこちらへと意識を傾けている気配を感じた。
勿論、依頼者である青年商人も静かに聞いている。
……はっきり言って、ここまで酷い依頼人は中々居ない。
「うん」「まあそうだな」「なー」「えっ!?」「中々居ないよな」「まじふざけんなっ思うよな」「一緒にされたくないですよね」
周りからはそんな同意と一人だけ困惑の声が聞こえてくるが今はそのどちらも無視して続ける。
だが、全く居ないわけじゃないのだ。
程度の差はあれ、こういう人物が問題を周囲に無自覚で振り撒く事は多々ある。
昔は、こういう依頼人を見ると大体がその存在自体が害悪であり、消えて貰った方が結果的に問題も解決する為、最初に始末する事が多かった。これは冒険者の裏の話である。
「俺を、こ、殺す気なのかッ!?」
……話をよく聞け。"昔は"だ。"昔は"。今は違う。
私が冒険者をしていた時の初期の方の話なので、本当にかなり昔の話である。
ただ、言葉が直接的過ぎたのか、チラッと依頼人の青年を見ると『本当に殺す気じゃないよな?』とビクビクと震え出してしまった。……まあ、実はわざとそんな言葉を使っていたりする。
穏便に手を打つ方法は勿論あるのだ。
だが、まずこういうのは実際に何が問題なのかをハッキリさせないと分かり難いだろうと思い、先にそちらを話す事とする。
まず問題点とは何か!──それはこの男に、金がない事と知識が無い事である。
冒険者を雇う為の金を持たずに、ギルドを通さずに雇うと言ってきたこのお馬鹿さんなのだが、先ずその時点でルール違反を犯している。
聞けば今の冒険者はギルドの協会員であり、仕事は斡旋と言う形をとっている。それに違反すれば当然、冒険者にもギルドにも迷惑をかける事になるのだ。
だからもし、この事が露見すれば、真っ先に依頼を受けた冒険者はその資格を剥奪されるし、依頼した方にも勝手な事をしてくれたなとギルドは怒り、賠償金を請求することになるだろう。
……ここまでは普通に誰でも知っていなければいけない事である。私も冒険者として再び登録してからのこの数か月で、ちゃんと覚えた。
「──えっ、そうだったんですか?」
──だがしかし、この通り、恐ろしい事に、この青年商人はその事を知らない。
つまり、この青年は白昼堂々と、『俺今から悪い事したいんですけど、それに協力してくれませんか?』と冒険者に尋ねて回ろうとしていたのである。
最初に私達へと聞いていなければ、彼はとっくに捕まっていただろう。
因みに、私が依頼を受けると言った時に、周りの者達の視線が冷たかったのもそれが理由である。
「えっ、でも、今もう受けちゃったよね?」
エアはそこで話の核心に先に触れてしまった。先に他にもある問題点を挙げておきたかったのだが、エアにとっても冒険者の資格が無くなるのはただ事じゃないので、先にそちらを安心させておきたいと思う。
「大丈夫だ。その為の対処法がある」
「そっかぁ!良かったっ!」
うんうん。エアは私の言葉を素直に信じてくれたようだ。周りの商人や冒険者や護衛達はまだ半信半疑でいるようだが、まあ彼らには順々に説明するとしよう。
次に問題点の二つ目──それは、この男には街に戻っても、私達に払う金がないと言う事。
「えっ!?いや、ありますよ!ちゃんと言ったでしょ!さっきの街で仕入れた物があるって、それをこれから行く街で売れればお金は出来るんですよ!」
それはもう聞いた。
だが、その前に少し確認したいことがある。
「……何を仕入れたんだ?」
最初に一目見た時から、彼は背中に普通の背負いカバンを背負っているだけで、それ以外に何かを持っている様には見えなかった。
それはつまり、彼が仕入れた物は小さいものであると言う事が、分かる。
そして、私達がこれまで居た街の特性と、彼がまとまったお金を手に入れられる自信がある事から、その小さいものは価値が高いものである事が予想できる。そこまで考えると、後は候補は幾つかに絞られるが、まあ恐らくは……。
「ほら見てくれ!この袋の中にはあの街で仕入れた"宝石"があるんだ。これさえ持っていけば俺にはちゃんと──」
『あーーー』と、彼が懐からそれなりの大きさの袋の中にジャランジャランと音がする程の宝石を入れている事を見た瞬間から、周りからは一斉に溜息まじりの気の抜けた声が漏れた。
「えっ!?な、なんだ。なんかおかしなことでもあるのか?」
その青年商人だけが、オドオドと周りに目をやるのに対して、周りの目は凄く冷たい。同じ商人達どころかそこまで宝石に詳しくなさそうな冒険者や護衛達だって可哀想な物を見る目で見ているのだから、彼が狼狽えるのも無理はない。
私はまだ一人、理解していない青年の目を見て確りと教えてやった。
──それはゴミにしかならないと。
「──はっ?ゴミ?……なにが……これが?なんでっ、宝石だぞ!ちゃんとした所で買ったんだ!偽物でもない!」
青年は激昂して宝石の袋を開けてその中身を私達へと見せて来るが、よくよく見てもそれは周りの想像通りのものでしかなく、周囲の雰囲気が変わらない事で、彼は私に詰め寄って来て『どうしてなんだ!教えてくれ!』と懇願してきた。
私は、ゆっくりと彼に伝わる様に説明する。
先ずあの街では高価な宝石は仕入れられない。そう言うのは専門店が扱える品物で、一行商人が扱える様な物では無いからだ。
そして、あの街で仕入れられる宝石と言えば、『クズ宝石』と呼ばれる種類のものでしかない事は、たった数か月あの街に居ただけの私でも知っていた。
宝石は宝石でも、それの価値は月と鼈である。
……現に、宝石とは思えない程に、安かったのではないか?
「やす、かった」
「その時点でおかしいとは思わなかったのか?」
「…………」
誰でも最初はみんなそうだが、駆け出しである彼は、その中でもかなりの未熟者だった。
誰かからの師事を受けていれば、こんな事にはならなかっただろうが、彼は独学で始めたと聞く。
犯した罪の大きさも、その結果もまだ想像できはしないだろうが……彼は自分が失敗した事、それだけは理解出来たようであった。
『クズ宝石』を行商しても売れない。買う程のものでは無いからだ。
傷つき劣化し、もう他に使い道が殆どなくなってしまったただの石。
元々が小さすぎて、歪な欠片にしかなっていない屑。
彼の目はどれほど曇っていたのだろうか、仕入れた時はあれだけ輝いて見えた宝石が、今は全てが現実へと戻り、素の姿を表していた。
「……じゃあ俺は、ギルドから多額の賠償金を請求される事も知らずに、ゴミを抱えて喜んで街に向かおうとしていたって事か……?」
「ああ」
「そうか……あんた達の言うとおりだ。おれは、なんて、ばかなんだろうか」
その言葉と共に、青年は手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
後悔は先に立たないのだ。過ぎてしまった時間はもう元には戻らない。
幾ら反省しても手遅れである。
そんな彼を見る周りの者達の目も、哀れみと悲しみを含んだ淋しいものであった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……では、そろそろいいだろうか?」
「へっ?」
みんな何やら、話は悲しい結末を迎えて終わってしまった様な雰囲気を流しているけれど、私は今、問題をハッキリさせる為の説明をしただけである。……本題はここからだ。
「──それでは、今から対処法について話そうと思う」
またのお越しをお待ちしております。




