第678話 形影。
川縁に程近い道を私達は歩いている。
ペタペタと、歩幅が小さい足を何度も動かしながら、片手はエアと繋がった状態だ。
そしてエアはもう片方の手で、おんぶしている『水竜の子』を確りと器用にも支えている。
背負われている『水竜の子』は、水の外の世界が大変に興味深いのかあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロしては『きゅーきゅー』と鳴いている状態だった。それ以上は暴れる様子もなく、その子はとても大人しいものだ。
『…………』
当初、この子は『衰弱』しており『力』もなく伏していた訳なのだが、ある瞬間から急に『世界』が変わった事で、息苦しさや身体の痛みが一瞬でなくなり、今ではもうすっかり元気になったのだという。……良かった良かった。
それも、なんとも都合のいい事に、ちょうど空腹を感じた時にはすぐ傍に『極上のご飯』まで用意されていたとかで、それらをパクリパクリと口にしながら、少し離れた場所にいる『聖竜と鬼の少女』の包み合う様子を暫く眺めていたそうだ。
……つまりは、私たちが泣いていた所もバッチリと見られていたらしい。なんとも恥ずかしい限りである。
ただ、一応薄っすらとだが、苦しんでいた時に私達と出会った事も覚えており、その『極上のご飯』を作ってくれたのもエアだという認識はあったらしい。……なので、この子がエアの背負われていても暴れずに大人しくしているのはこの子が『人懐っこいから』とかではなく、そのことを覚えているからなのだと。
そうでなければ、普通の『野生の竜』がここまで大人しくしている筈もない。
『助けてもらった恩があるんだ』と、幼竜ながらに感じているのであろう。
……ただ、私達に対しては『なんであんな道端で抱き合って泣いていたんだろう?』と、疑問には思っているらしい。ま、まあ、さもありなん。
また、私の事も見慣れぬ『竜』ではあるけれども『竜族』には違いないし、私達の様子から察するに危機感もあまりなさそうだったので逃げる事もないかなと思ったそうだ。
それに、その子からしてみれば親だと思っていた存在達とは……やはり縁を切る様な状態になってしまっているらしく──戻れるならば戻りたいけれど、今すぐはきっと無理だろうなとは思っているらしい。
基本的に、主に水辺に生息するドラゴン達の中で『水流派』と呼ばれる派閥に属するドラゴン達は一部を除いて回遊する──あちこちを移動しながら生活をする──そうなので、この子の家族に当たるドラゴン達も、もうだいぶ遠くに行ってしまっているだろうとの話だ。
……この子は一人だけ海と川との境辺りに取り残されたそうで、ここまでは身体の痛みを堪えながらも必死に川を遡ってやってきたらしい。
魔力は基本的に水の中には浸透し難いものではある為、陸上よりはまだ呼吸等もだいぶマシだったとはいえるのだろうが……海から今私達が居る場所まではなかなかに離れていたため、この子が頑張って泳いできた事は直ぐに分かったのだった。
『どこかに、苦しくない場所があれば……』と、ただその一心で、生きる為にこの子はここまでやってきたわけだ。
……それも、あるかどうかも定かではない──いや、殆ど奇跡に近いようなその場所を探して……たった一人で、である。その、なんと立派な事だろうかと私は思った。よく頑張ったのだ。出会えて本当に良かったと思う。
『…………』
『きゅー?』
なので、エアに背負われる前に『聖竜』はその子を『偉い!偉い!』と沢山撫でておいた。
何故撫でられているのかその子からは意味不明だったのか首を傾げていたけれども、私は無性に褒めたくて仕方がなかったのである。
……正直、その子からしてみれば『世界』が変わった事で生き長らえる事はできたが、家族との『繋がり』が途切れた現状、帰りたくても帰れない上に『食事』の事を考えれば絶望的な状況である事に変わりはない。
なので、喜んでばかりも居られないし、どこへ行ったらいいのかわからないし、と言うそんな不安な表情でもあったのだ──
「──よしっ!それなら、わたし達と一緒に行こうよっ!」
『…………』
「…………」
──ただ、そんな『水竜の子』の悩みも、そんなエアの言葉で一気に晴れる事になった訳だ。
一応、『親探し』もしつつ、行く当てがないなら『大樹の森』に来ればいいよと。
エアが誘い、私もそれに同意したのである。
なので、後はその子の気持ち次第だった訳だが……話したらその子も──コクコクと了承したので、エアの背中に乗って一緒に『大樹の森』に向かうことになったのだった。
……まあ、考えるまでもなく、それ以外にその子ができる選択はなかったのかもしれない。
──だが、例えそうであったとしても、出来る事ならば楽しい旅路にはしたいと思い、その子の興味の引かれる場所には積極的に立ち寄ったり、これまで頑張ってきた分、その身体がだいぶやせ気味だったことも鑑みて『極上のご飯』も沢山食べさせたのであった。
それに、今は会えないかもしれない『家族』にも、旅の途中で会えるかもしれないし。今は会えないとしてもこの子がもう少し大きくなり、他者から『食事』を与えられなくても平気になってしまえば、また自分で海へと戻り探しに行くこともできるだろう。
その『会いたい気持ち』さえ変わらなければ──その『心』さえ失くさなければ、きっと大丈夫なのだと……。
『…………』
……内心、出来る事ならば『世界の支配者』としてはこういう場面にこそ、この『力』を発揮できればとも思ったのだが──流石にどれがこの子の『親竜』なのかの判別が私にはできず、結局は諦めるしかなかったのだった。『力』になれずなんとも心苦しい限りである。
ただ、実を言うと、まだ『心苦しい話』には他のもあって……私達は今川縁に程近い道をのんびりと歩いている最中ではあるのだが──
『…………』『…………』『…………』『…………』
──そんな川縁とは逆の方、それもギリギリ見えるか見えないかという位の後方にて……木々が集まる所の木陰の一つから、どこか寂しそうに私達の事を見つめている存在達が居る事にその時私は気づいてしまったのだった……。
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