第674話 空札。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
いつだって何かが起きるのは突然だ。
それも何の変哲もない日常の中で、しれっと大きな事が起きていたりもする。
『勇者一行』と『魔物達』が『世界』の命運をかけ──死闘を繰り広げているかもしれないまさにその裏側で、実は一度『世界』は滅び、そして新しくなっている事など彼らは知りもしないだろう。
『気づかなければ』、実際そんなものだ。
そして『世界』とはいつだって、そんな変化の連続なのである。
『…………』
実際、今の『世界』は『大樹の森』と横並びのある『箱』の様な『領域』だと思ってほしい。
今まではその『世界』と言う名の『箱』の中に、小さな『大樹の森』と言う『箱』があったのだと想像して貰えば分かりやすいだろうか。
そして、現状私がその『世界』の管理者となった際に、元々あった『箱』を壊し、自分で新たな『箱』を作ってそこに中身だけを入れ替えたのである。
そうする事で私は『音』と『世界』の『繋がり』を一時的に断ち切り、現状の『世界』に『干渉』できなくさせたのだ。……正直、そのためだけに『世界』を作り直したともいえる。
当然、それに伴って新しく作る『音の別荘』は、既存の『精霊達の別荘』とはまた違う形態にはなるだろう。現状では『音』専用となる特別な『箱』を一つ用意しようとは考えていた。
つまりは、そうすることで『世界』と『大樹の森』と『音の別荘』は、大きさの異なる三つの『領域』が横並びになる感じだと言えば想像もし易いだろうか。
……一応、互いの『領域』には『繋がり』を持たせておき、誰でも行き来ができる仕様にはするつもりだ。
勿論、その為には決められた正規の手順を取るか、管理者である私が【転移】させるしかない。
それ以外では『干渉』はできない筈……いや、限りなくし難くはなっているだろう。
事実、どうやったのかは知らぬが、『音』は『虚』を介して呪詛を伝えてきたのだから……何らかの方法がまだまだ他にあるのかもしれないとは思った。だから絶対ではない。
ただ、その『呪詛』自体は脅威度としては低かった事から、流石にその状態では大した影響力はないだろうとは思ったのだ。出来たとしても精々が悪戯くらいで、『音』の悪足掻きでしかないだろうと。
無論、そこで楽観視はしない。なので、できるだけ早めに『箱』を作り、『音』をその『専用領域』へと移動させたいとは思っていた。
……因みに、彼らが感じる『孤独』に対する対処も一応は考えており、彼らがもう『寂しくならない様に』するつもりではある。
ただまあ、なんにしてもそれらは『箱』ができてからの話だった……。
『…………』
……なので、それを本格的にしようと思うと『意識状態』から戻ってこれなくなる可能性が高いと判断し──そうなってしまう前に『ロム』である私は、『箱』を完成させるよりも先に再度エアへと会い戻らなければと思ったのだ。
この機会を逃すと、次いつ会えるかわからないから……。
いや、きっとこの機会を逃せばもう会えなくなってしまうから……。
『さよなら』を告げる必要がある事と、例え『意識状態』になってもずっと見守っている事を彼女に伝えたいと、伝えなければとそう思った。
その故私は『聖竜』の身体の戻れるだけの『力』の回復を待つために、『数秒』の時を要したのだ。……当然それに伴って現実の時間もゆっくりと流れ始めている。
『箱』の原型となる外枠だけは既に作ってしまっていたので、処理速度が大幅に落ちてしまっている私の体感時間は、もう現実へと近づきつつあった。
……静止している様にも感じていた光景が段々と動き出していき──エアが『聖竜』の翼に包まれながらもその身体を強く抱き締め、そんな彼女の頬を涙がゆっくりと伝いつつ地面を濡らしていく様を私は捉えていた。
『…………』
そして、私はそんな光景に少しだけ目を奪われてもいる。
何しろ久しぶりに……何年ぶり?いや何十年ぶり?何百、何千年かは忘れたが、体感時間でそれだけの長い時間が過ぎゆく間、ずっと『心』の支えにしていた光景が動き出したことに不思議な感動を覚えていたのだ。
『動き出した……』と、思わずただそれだけの奇跡に『心』が震える……。
『──あっ』、だが、いかんな。
このままでは見惚れている内に時間が経ち過ぎてしまいかねないのだ。
もう現実は動き出したのだから、私もさっさと行動せねば……。
なので、そう思った私は『意識状態』から『聖竜』へと戻る為に直ぐに特殊な【転移】を用いた。……まあ、これも『箱』の中身だけを入れ替えるのとそう大差はない。
「……ろむっ、うぅ、ばかぁっ」
……だが、そうした結果は劇的で、耳朶に触れる彼女の声と、抱きしめたその身体から感じるぬくもりの『ほっ』とする安心感は筆舌に尽くしがたく感じたのだ。
『ああ、ようやく戻ってきたのだ』と、そんな思いに私の『心』が包まれていく。
それに、彼女からしてみれば私が居なかった時間などたった『数秒』の事だろうが……彼女と言う魔法使いは『私が一時でも消えていた事』にもちゃんと気づけているようで──。
そんな風に言葉に怒気を強めながらも、より強く甘えてくるかのようにぎゅっと『聖竜』の身体を抱きしめてくるのだった。……な、中身が出ちゃう。もう少しきょ、強化もしなければ。
『…………』
……ただ、そこまで一緒に居られる時間も長くはないのだ。急がなければいけない。
作業を一旦中断してこちらに来ている以上、早めに戻らないと何が起こるかわからないという心配もあった。
『音』が余計な事をして、『別荘』だけではなく『世界』や『大樹の森』にも悪さをされたらたまったものではない。……また、最初から再度『調整』のやり直しなんて流石に勘弁して貰いたいのである。
だから……私は『伝えるべきこと』をちゃんと伝えなければと思った。
彼女の涙を拭って──それからえっと、『さよなら』を告げ……、『意識状態』になってからも、これからもずっと見守っていると……。彼女に伝……。
「……よかったっ。ロムが戻ってきた。びっくりしたっ、少しだけどロムの感覚が完全に途絶えちゃったからっ。消えちゃったんだじゃないかって、本当に居なくなっちゃうんじゃないかって、わたし『勘違い』しちゃって──」
『…………』
……え?こんな状態の彼女に、私は今から『そんな事』を告げなければいけないの?む、むりじゃないか?
中身が飛び出ちゃいそうになるほど、加減もできないほどに、彼女は私が戻ってきたことを喜び、その嬉しさから抱きしめ続けているエアに向かって、私は『さよなら』と……?
──あれ?そういえば、そもそも『さよなら』ってなんだっけ?滅びの呪文?『詠唱魔法』の一種だっけ?あれれ?あれれれ……??
『──ッ!?』と、危ない危ない。
一瞬だが、それがあまりにも困難だと感じ過ぎて思考放棄し、『心』までも消失しかけてしまったのだ。
それのせいで『世界』の一部も今衝撃で消えかけてしまったが……む?『氷の大地』が少々消え──ま、まあ仕方ないか。今は『世界の命運』なんかよりも、こちらの方が余程に重要だから……。
『…………』
……伝え難いのが私の素直な気持ちだった。だがしかし、今しか、その機会がないのも事実だった。
ただ、流石にいきなり『さよなら』と告げるのは不可能だと感じ、失礼も過ぎると思ったので、私は一つ一つ順序立てて彼女に説明する事にしたのである。急がば回れ。……実際時間はあまりないが、これくらいは許してほしいのだ。
『……だからね、えっと、『魔力の適応』は調整したから、ドラゴンの子は平気になったんだよ』と。
『ただ、その途中から『音』ってのがやって来て、それが『呪術師達の成れの果て』だって気づいたから、新しい『領域』を作る事になったんだよ……』と。
「…………」
……そして、その為には私が『意識状態』になる必要がある事と、そして今後もその状態から戻ってこれない可能性が非常に高いだろうという事までを話すと──彼女はその途中から、この後に私が伝えようとしている『内容』を察したのか……また『堪えきれない分だけの雫』を、止めどなくも流し始めるのであった。
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