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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第67話 無。




「うん。もう大丈夫。私もエアちゃんみたいに良い人見つけるから!」



 出発前の挨拶にと自称情報通の彼女がやってきてくれて、今はエアとハグをしている。暫くはお別れだ。

 私達は旅に出る事になった。少し急な感じはするだろうが、冒険者の出立など大体がこんなものである。気が向いた時に気が向くまま。それが醍醐味だ。

 ギルドに行き、『お裁縫』の仕事の最終報告も終わっている。オーナーと契約してあるので、報告は普通に裁縫を楽しんでいたことにしてもらい、まあ実際楽しんでいたので間違いではないのだが、私がイベントを含め色々と動いた事は報告を控えて貰った。ペラペラと喋るのは相変わらず好まない、ただそれだけの理由である。



 ……当然、そんな報告ばかりになれば、大した評価は得られず、未だ冒険者のランクとしては『白石』のままだったけれど、私もエアも現状に満足していた。

 焦らなかったからこそ得られた経験が沢山あったのだ。

 エアは初めての友を得て、私は自分の好きだったものに気付けた。

 もし冒険者をしていなかったら、裁縫で生きていくのも良いかもしれないと思う程には、私は『お裁縫』を好きになったと思う。

 ただ、それも服を作ってあげたいと思うエアと言う存在が居たからこそなのかもしれない。



 私達が買った小さな家はまやかしを解いて、元の状態に戻しオーナーに預ける事にした。

 好きな様に使って欲しいと伝えてあるので、彼女なら上手い事利用してくれるだろう。



 まだ少しだけ後ろ髪を引かれる思いがある気はしたが、私達はそれでも一歩を踏み出していく。

 街を出て次の街へと揃って移動していく行商の隊列に私達はついて行った。

 本当は空を飛べば早いのだけれど、今はのんびりと歩みたい、そんな気分だったのだ。

 隣で歩くエアも朗らかな顔で前を向き、次の街には何があるのかと聞いてくる。楽しそうだ。



 ……ただ、何があるのか、か。それは難しい質問だと私は思った。


 それは、何があるのか知らないからそう思ったのではない。

 大抵の街というのは大体が似た様な物であると言う事を、逆に知っているからこそである。


 街と街の違いのは、大抵がそこで暮らす人だったり、ちょっとした風土の違いがあるだけなのだ。

 それはつまり、本人が何を見たいのかによって見えるものは大きく変わって来ると言う事である。

 だから、『エアは何か見たいものがあるか?』と聞くと、エアは『んーー』っと暫く悩み、満面の笑みでこう答えた。



「何か美味しい物が見たいかなっ!」



 それはエアらしくて良い考えだと思った。食は大事な事だからな。

 だが、そう言えば前の街ではあまり森に居た頃の様にエアは沢山食べていなかった気がする。……もしかして何かあったのだろうか。



 私がそうして不思議に思っている事に気付いたのか、エアは自分から『オシャレって楽しかったけど、少しだけ大変だった』と、にが笑いで教えてくれた。



 要するにオシャレを気にしていると、あまり食事の方までは楽しめなかったのだそうだ。

 エアはいくら食べても種族的に体形があまり変わらないけれど、周りのお針子さん達はそうもいかず、みんな小食だったのだという。

 エアはオシャレを学ぶ間、彼女達と居る間だけは食事量を合わせていたので、いっぱい食べるのは我慢していたらしい。一緒にお出かけするのは凄く楽しかったけど、唯一そこだけは残念だったなとエアは語った。

 だから、次の街では逆に食に突き進みたいのだとも。



「では、次の街でエアは冒険者として『料理人』の手伝いをやってみたいか?」


「えっ……でも『お料理』はロムが出来ないでしょ?」



 まあそうだ。私は『お料理』の才能だけは絶望を禁じ得ないレベルで、ない。皆無。

 だが、それは私だけの話であり、エアはそんな事ないのだから『お料理』を学ぶ事で、自分でいつでも作れるようになるし嬉しいのではないか?と私は思ったのだけれど、違うのだろうか。



「ううん。やっぱりいい。ロムと一緒のがいい」



 食事は普通に街の食事処で沢山食べるから良いのだとエアは言う。

 『お金はかかるけど、お裁縫の仕事でそこそこ稼いだから、ロムにも私が食べさせてあげるんだ』と、数か月働いて大部ポッコリと膨れた銀貨いっぱいの小袋を掲げてエアがそう微笑んだ。……あれ、今日って雨降ってったっけ?晴れだと思ったんだけど。あまりの感動で、私の心の中は涙の雨がバッシャバッシャと滝の如く降り出してしまった。



「──なあ、あんたら。ちょっといいかい?」



 ──だが、そうして私が身が震えるほどの感動を覚えていると、横から突然見知らぬ男が声をかけてきた。……良くない。私は今感動している真っ最中なのだ。邪魔をしないで欲しい。


 ただ、そうは言ってもその見慣れぬ若い行商人の男は私達に近付いてくると『そこをなんとか話を聞いて欲しい』と頭を下げて頼みこんできたので、私達は話だけは聞いてみる事にした。




「実はさ、最近この街道には大きな盗賊団が出没するらしいんだ。だから、みんなしてこんな大所帯で一緒に行動している訳なんだが、あんたらも周りを見ていれば気づいただろう?どの商人もみんな護衛やら冒険者を引き連れて──」



 ──要は、その青年の言う事をまとめると、危険な街道などを通る際はこうして商人達は少数だと襲われる危険性が高いからまとまって動く事で危険を少しでも減らそうとしているらしい。ただ、その際はこうして各自が護衛を雇うのが当たり前なのだとか。


 もちろん商人本人が戦えるなら話は別だけれど、そうではない場合は最低でも冒険者を雇って夜営ぐらいは手伝って欲しい。というか、そうするのが商人達の街道を通る際のルールになっているらしい。



 ……だがしかし、この青年は商人としては駆け出しも駆け出しで、それも独自で始めた為に何のノウハウも無い。それでも、なんとかお金を工面して自分の最寄りの街から、私達が居た街にまで仕入れに来て、これから帰る所だったらしいのだが、行きは何も知らぬまま運よく一人で問題なく来れたものの、仕入れ先でこの街道は盗賊が出没すると聞きそれを知ってしまったからにはもう一人で帰るのは危険だと気づいたらしい。



「…………」



 それで、丁度この隊列の存在を知り、これにくっ付いていく事にしたのはいいのだが、そこで先ほど他の商人から商人のルールと護衛関係の事を聞いて、今は冷汗を流しているのだとか。


 護衛が居ないなら、自分で夜営等の警戒に参加すればいいのだけれど──一晩中襲われるかもしれないと気をもみながら火の番をして、日中は歩き続ける。次の日もまた夜は火の番をして、日中は歩き続ける──そんな事を繰り返していたら、元々精神的に強く無いから、きっと頭がおかしくなってしまうというのだ。



「…………」



 だから、そこで急遽ギルドは通してないけれど暇な冒険者に臨時の護衛になってもらって、自分の代わりに夜営に参加してくれないかと、頼む事にしたと言う話であった。


 もしも護衛も夜営も無しだなんて事が周りの商人達に広まれば、私達がこれから向かう街、彼にとってはこれから商売していく事になるだろうその大事な土地で、悪い噂が広がる事は確定であり、折角仕入れたものも上手く売れないかもしれない上に、金は既に仕入れで使いきってしまってもいる。このままでは命の危機に陥りかねないのだと、彼は鬼気迫る表情である。



 見た所他の冒険者ぽい人達に声を掛けようともしてみたが、既に誰かの護衛として雇われている者ばかりで、唯一私達だけがまだ暇そうで雇われていなさそう空気を感じたので、こうして頼み込みに来たのだ、と。



「…………」



 ……なんともまあ、もはやなんと言っていいのか分からなくなるほどの話であった。

 普段ならここまで長い話だと私は直ぐに眠気が襲って来るのだが、あまりにも彼にとって都合のいい話ばかりで驚いてしまい、珍しく私は寝るチャンスを逃してしまったようだ。



 それも、聞けば酷い話はまだ終わっておらず、報酬は向こうの街に着いて、彼の商いが上手くいって、彼の仕入れた物がちゃんと売れた時だというのだから、まあその凄まじさは理解して貰えるだろうか。


 こんなに酷い依頼も中々ないと思う程だったが、この依頼者はあまりにも冒険者について無知であり、商人としてもあまりに無恥であった。



 相手をするだけ時間の無駄であると、即断して当たり前で、私の時代だったら既に『てめえ冒険者舐めてんのかッ!』と怒鳴られて、彼という人間はこの世からプチュンと消えている所である。



 それに、彼の話は、周辺の冒険者や護衛の方々にも聞こえていたようで、『こいつまじか!?』とみんな信じられないような顔をしているし、エアも珍しく凄く嫌そうな顔で『うわぁ』と言って彼とは関わりたく無さそうにしていた。



 『旦那、この馬鹿どうします?燃やします?』『風で吹き飛ばすっ!』『水もある』『土に埋めるとか如何ですか?』



 あの穏やかで優しい精霊達でさえも、この彼にはヤル気満々な眼差しを向けている事に、私は内心で笑ってしまった。やっぱり彼は誰から見ても酷過ぎる。……君達、落ち着いて。その気持ちだけ貰っておくから。




 彼の事は私に任せて欲しい。




「……分かった。その依頼、引き受けよう」



 『『『『『エエエエエエーーーーーッ!?!?』』』』』




 私がそう言った瞬間。

 周りの者達はエアも精霊達もみんな一緒に、目を最大まで開き声を大にして驚いた。




またのお越しをお待ちしております。

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