第667話 玩味。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『ぬいぐるみのふりをすればいい!』と、彼女も凄い事を言うものだなぁと私は思った。
……でも流石に、それは話し上手な彼女の事だから、きっと冗談の類なんだろうと思っ──え?冗談ではない?本当の話?
「──うんっ、バウはそれがすっごい得意なのっ。あの子は抱っこされるのも大好きだから」
「…………」
……そ、そうなのか。
どうやら、『バウ』という存在は、ジッと動かずに抱っこされているのが上手な『ドラゴン』らしい。
今ではもう身体が大きくなってしまったからできないかもというが、前までならいつも街中では『ぬいぐるみのふり』をして『ドラゴン』だとバレた事がほぼほぼなかったのだとか。
……よ、世の中には様々な『ドラゴン』が居るものなのだなぁと思わず感心してしまう。
それに『他の誰かの大変さは、実際にその立場になってみないと本当の所は分からないのだな』と、私はよくよく思い知らされたのだった。
現に、少なくとも私はそこまでジッとしている事はまず出来ないと思う。
……どうしてもジッとしているとムズムズするというか、無性に身体を動かしたくなる衝動に駆られてしまうのだ。
だから、普段からパタパタを続けるのは何の苦もなく、逆にそうしてジッとしている事の方が余程に難しいと感じた。
何気なく、他の者達が行っている行為が、意外と自分にはできない事──また、それがとても大変であるという事を、今一度よく理解すべきだと再認識できたと思う。
……いや、正直な話、雰囲気的に分かったつもりになっているだけの事は多い様に感じる。
『獣』が何もせず、ただただ寝てばかり過ごしている様に見えたり、遊んだりしている事にも、実は他者にはわからない何か大きくて深い意味が隠されているかもしれない……とか。
だから、絶対ではないものの、そんな場合があるかもしれないと考える事は大事であり──。
実際に、その深さを知るためにはその立場になってみて、『やってみる事』と言う体験は言葉にする以上に得るものが大きいのだと感じた。
……要は、口だけで分かった気になってはいけない。想像だけで他者を判断すれば痛い目を見る事もあるという話の再確認したのだと。
「…………」
……よって私は、折角だからと『バウ』の大変さと凄さを体感してみようと思い立ち──ここで敢えて、『ぬいぐるみのふり』と言うのを、一度『本気』でやってみようかと考えたのだった。
実際、目の前にはちょどよく雑貨屋があり、そこには私にも似た『白い竜のぬいぐるみ』が陳列棚に並んでいるわけで……逆にその横に私がバレない様に真似をして並べば、どれだけ違うのかが明確に分かってくるだろうと。
──つまりは、そうすることで『バウ』の大変さを体感してみようかというそんな話でもあった。
偶々話に出た事による『気紛れ』にも近しい試みだが、何となく急にそれをしたくなったのである。
……なので、私はそれを『エア』にも伝えてみた訳なのだが──すると彼女もそれを『おもしろそうだ』と思ってくれた様で、笑って了承してくれたのだった。
「…………」
……因みに、私が既に『文字を書ける事』を彼女は知っているので、私は自分の頭上に魔法で文字を書きながら意思疎通を図っているのだ。まあ、彼女ほどの魔法使いじゃないと『気づけない』様な工夫は施してはある。
ただ、今回の場合はお店の方にも事情を話して協力して貰っており、彼女に頼んでその『白い竜のぬいぐるみ』の横の場所だけ、棚の一部を貸していただいている状態であった。
雑貨屋の方も、普通に商売しているだけではなく、時にはこんな『面白み』と『刺激』があってもいいのかもしれないと、なかなかに好意的な判断してくれたようだ。本当にありがとう。
更に因むと、このお店の中は普通に沢山の日用雑貨品が並んでおり、必要品や小物などを求めて街の住人達が常日頃から足を運ぶこの街でも一押しの人気店でもあるらしい(店主談)。
その故、相応にお店の中には既にお客さんの姿も多々あり、私はそんなお客さん達にバレない様にと今日一日を過ごすというのが今回の目的である。
……正直、旅の途中でやるようなことではないとは思うのだが、『たまにはこんな日があってもいいよね』と言って笑う彼女の姿を見て、私もそう思う事にしたのだ。
今日と言う日をもうちょっとだけ楽しみたいと、きっとそういう気分だったのである──。
「…………」
──なので、実際に私は先ほどからお店の棚に座らせて貰い、『パタパタ』も我慢しつつ静かにジッとしていたわけなのだが……。
「ねえ!この子ぴくぴく動いてるっ!!」
「ほんとだっ!!なんでっ!!」
「この子、他と違うよっ!!」
……まあ、五分もかからずに、そのお店に居た街のお子様達にバレてしまったのだった。
いやー動かないって本当に難しいのである。
私的にはぴくぴくなんて動いているつもりなど勿論無いのだが……何故にバレたのだろうか?
全くもって不思議だった。理解もできない。雰囲気とかもあるのかな?……あ、いや、聞けば普通に少しキョロキョロともしていたのだとか。むむー。
でも、それにしたって、この子たちに私は頭をポンポンと叩かれたり、顔を思い切りドスドスと指で突つかれたり、尻尾をグイグイと千切れんばかりに引っ張られているので、流石に仕方がなかったとは思う感じなのですが──。
あのー、例え相手が本物の『ぬいぐるみ』だったとしても、そんな事されたら中身が出ちゃうと思うので……もう少し優しく扱ってほしいと私は思ったのである。
「……ふふふっ」
ただまあ、そんな『聖竜』(私)と子供たちの様子を眺めつつ、エアはクスクスと幸せそうに笑うのだった。……もちろん、再構成されたこの身体はかなり丈夫だし『ぬいぐるみ』でもないので中身も出る心配はないのだから問題もないのだ。
逆にこれで『バウ』という『ドラゴン』がどれだけ忍耐強いのかも知れた訳だし、エアやお子様達が笑顔になれたのだから、それだけで私も『やってみて良かった』と思えたのである。得るものもあったと。
……ただ、因みにいっておくと、その日は普段よりも『客足は五倍、白い竜のぬいぐるみも見事完売』と、お店の主人が一番『ニッコニコ』していたことは言うまでもない──。
またのお越しをお待ちしております。




