第665話 拗。
「さあ、一緒にいこっ!」
「…………」
パタパタの練習をして早ひと月ほど。
未だ私の翼は土埃を舞わせることしかできていない。
だがその間、『絵の女性』はいつの間にか『霞』のままでも空を泳ぎ回るように移動できる様になっており──その『魔力体』とも呼べる状態からでも普通に魔法を扱えるようにもなっていたのだ。
そうして、結局はその魔力体の扱いにも長けてきた頃にはすんなりと、彼女は身体の再構成までをも普通に成し遂げてしまったのである。
『話し相手』として間近でその変化を見ていた私としてはその成長速度に驚きを禁じ得なかった。
……なんという『適応能力』なのだろうかと震えすら覚えている。
彼女は見た目の可憐さに似合わない程の練達な魔法使いだった。
その再構成は初めてとは到底思えないほどの出来栄えで──未だ完全体とは言えず、その姿はまるで子供の様に小さくなってしまっているけれども、それでも一見すれば普通の『人』となんら変わりがない程である。
そして、そんな小さな彼女は『エア』と名乗り、未だ上手く羽ばたけない私の手を掴むと『一緒に大樹の森へいこうっ』と微笑みかけてくるのであった。
『飛べるようになるまでは一緒に居てくれるんでしょ?』と。
そう言って笑う、そんな小さな彼女に手を引かれながらパタパタと翼を動かしペタペタと歩く私──そんな二人が揃うとまるで玩具の様で……私達はちょこちょこと小さな歩みを進めていったのだ……。
それはとても不思議な感覚で。
自分であって、自分でない様な……そんな淡くとも楽しい不思議な時間であった。
「…………」
このひと月あまり、私はその小さな女性──『エア』と私は沢山の話をした。
特に、『大樹の森』と言う場所に関しては互いに『既知』だったことから、一番話が弾んだと思う。
──まあ、実際は弾んだと言っても、互いの知る『大樹の森』には『異なる部分』がいくつかあって、そのことに対する互いの考察を深めていただけではあるのだが……。
ただ、その中でも特に大きな違いとしては──やはり『ロム』なる存在の『有無』についてであろうか。
「…………」
無論、私の知る『大樹の森』とは、『精霊達の住処』である。
当然そこは精霊たちにとっての大切な場所でもあるから、それ以外の生物などいない筈なのである。
……だが、それに対して『エア』の方はこう言うのだ──。
『──ううんっ。わたしの知ってる『大樹の森』には精霊達だけじゃなくて『内側のロム』も居るし、バウも居る。兎さん達も、赤竜の親子だってそこには居るよ?それに、空飛ぶ『第五の大樹の森』にはゴーレムくん達だって居て、お城を守ってるんだ』と。
『そ、そんなにいっぱいいるの……?』と私はその話を聞いてて素直に驚いた。
でも、実際に少し前までの私は『領域』として『世界』に携わっていたのだ。
……というか、現状でも一部は継続して携わっている状態でもある。
だからまあ、当然の様に『大樹の森』の事に関してもよく知っている筈なのだが。
意識だけの状態だった時には、そこに隣接して『新世界』を作る際に、余計な影響を互いに与え合わないようにと長年時間もかけて調整してきた覚えがあるのである。
なので、あそこには『精霊達』とその『別荘』となる場所しかいない筈……なのだがなぁ。
『ならさ、一緒に確認しに行こうよっ!各地にある『大樹の森』のどこかに行けばそこから戻れる筈だから──』
──という訳で、結局は『エア』のそんな一言により、私達はこうして一緒に歩き始める事になった訳だ。まあ、あれこれ悩まずに実際に行ってみればわかる話なのは確かである。
それに、なんだったら、今すぐだって確かめる事はできると思う。
まあ、その為には今のこの身体を消して、再度『領域』として意識だけの存在に戻れば直ぐにでも可能だろうと……。
『…………』
……だが、それをすると彼女を『独り』で残してしまう事になる。
例えそれが一瞬だったとしても、私はその無言の『圧』──と言うのか、『孤独感』を感じてしまうと、中々にこの場から離れ難くなってしまうのだった。
だからまあ、結局は焦って確認することもないだろうと思い直し、私もそのまま素直に彼女についていくことにしたのである。
最初から、『できる事なら彼女を送っていきたい』と言う気持ちもあった訳だし、もし『大樹の森』に『ロム』なる人物が居るならば、真っ先に彼女に会わせてあげたいとも思ったので、このまま小さな二人でちょこちょこと歩いていくのも一興だろうと、私はこの時間を楽しむことにしたのであった。
……因みに、『世界の支配者』ならば、それくらい把握できていてもいいだろうと思うかもしれないが、基本的に『領域』の時は広く『世界全体』を俯瞰する様な感覚なので、一々『人』の顔を見分けたりするのは砂粒を確認する作業にも等しく──非常に面倒だったりもするからあまり進んでやりたいとは思えないのだ。
なのでまあ、のんびりと歩いていくことにしよう……。
「──ねえ『ロム』……あ、間違っちゃった。ねえ『聖竜』はさ、寒い方は嫌だって言ったよね?じゃあ、少し遠回りになるけど、海を越えて暖かい方に向かおうかっ」
──コクコク。
「うんっ。……それにきっと、今頃はあっち(寒い方)で戦いも起きてるだろうしね。『勇者一行』と『毒と黒雨』の戦いには巻き込まれないように離れていた方がいいよねっ」
──コクコク。
「今の『ロム』は昔の『バウ』みたいだから、わたしがちゃんと守らないとなっ!よし、行先はそんな感じで、できるだけ危険な場所は避けてこっ」
「…………」
「あっと、ごめんごめん!『聖竜』だよね!分かってるからっ。拗ねないでっほらほらっ」
……ち、因みに、『大樹の森』について彼女と話していた時の事なのだが──。
『普段、『世界の支配者』って何をするの?』と。
──そんな質問をされた時があり、私がそれに対して『領域』として『世界』の調整をしているという『答え』を返したら、その後から彼女は私の事を『ロム』と呼び間違える事が度々起きているのである。
……無論、『抱っこ男』の時も否定したが、私は『ロム』なる人物ではないので、同様に彼女に対しても私は『ロムじゃないよ』と伝えた訳なのだが──。
すると、その時から彼女は『──あれ?もしかしたらこの子『ロム』じゃない?』と言いたげな表情をするようになってきて……。
終いには、『──いや、きっとロムだ。わたしには分かるもんっ!この子はロムに違いないよっ!きっと何かあって、ちょっとだけ記憶があやふやになっているだけなんだっ!だから、バウの姿に──』とか、そんな『心の声』が口から駄々洩れになっていた事があったのだ──。
「…………」
──そして、それからは何度『聖竜だよ』と伝えても、『うんうん。わかってるよ』と含みのこもった微笑みを浮かべ始めたので、私は拗ねた。拗ねる事にした。
ぷいっと顔を背けて、激しくパタパタを繰り返し、『聖竜アピール』をして『また呼び間違えていますよ!注意してください!』と言う警告を発するのである。
こういう『言い間違い』とかは無意識下で癖になったりし易い為、こうして小まめに否定して相手に意識づけを確りとしなければ、ずるずるとそのまま流され続けてしまう事がよくあるのだ。
だから、『聖竜』としてはそれではいけないと思うので、こういう場合には確りと『嫌な事は嫌だ!』と伝える努力も必要なのである。……なので、今回はまたいつもよりも多めにパタパタを繰り返してみました。
「──か、かわいいっ」
……だがしかし、この小さな彼女に対しては不思議とその『聖竜アピール』は『可愛いもの』として見られてしまう事が多いらしく──途中からは宥められているのか愛でられているのか、よくわからない状態になってしまうのだった。
因みに、小さな彼女からするとちょうど私は『大きめなぬいぐるみ』みたいなものなので、ぎゅっと抱きしめられて運ばれたり……何気に彼女は『力』も強いので、普通に『高い高ーい!』と言って数十メートルは上空に飛ばされたりもするのである……。
そして、その度に私はなんとも言えない不思議な気持ちになってしまうのであった──。
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