第662話 怪奇。
再構成を終えた私はあの『絵の二人』を探すために、自らの翼を大きく──バサリと広げた。
そして、パタパタと真っ白な翼を軽快に動かしてみる……。
パタパタ、パタパタパタパタ……。
「…………」
ただ、今の拙い翼の動きでは周囲の土埃を舞わせるだけで、私の身体を空へと運んではくれなかった。
……と言うか、これ、本当に飛べるのだろうか?飛べる気は微塵もしないのだが……。
ま、まあ、暫く動かし続ければその内飛び方も思い出すだろうと思い、とりあえずは羽ばたきに慣らす為にも、そのまま翼を動かしつつペタペタと地上を歩き始めることにした。
周りから見ると、もしかすると今の私は滑稽に映るかもしれないが生憎と本気だ。
本気で私はパタパタしている。
なんとなく、翼をはためかせながら歩くのは少し不思議な感覚だった……。
「──ッ!?なにっ!!きえたっ!?ど、どこに行ったっ!ロムッ!?ロムッ!!……それに、『鬼の彼女』もいったい。【転移】か?いや、まさか。……急に何が起こったんだっ」
「…………」
……ただ、私がそうして暫く何もない道の途上をパタパタしつつ歩いていると、不思議な『七人』が視界の先に入ってきた。
それも顔を見せているのは一人だけで、後ろに居る『六人』はフードで顔を隠していることから、言うまでもなく怪しげな集団である。
……瞬間的に私は『あまり関り合いにならない方が良いだろう』と咄嗟に判断した。私はただの無関係なドラゴンです。
なので、私はこっそりとパタパタしながら顔を合わせないように注意しつつ、彼らの横を素通りしようとしたのだが──
「…………ん?」
先ほど一人大声で叫んでいた特に危ない様子の男が私に気づいたらしく──こちらをジーっと見つめている気配を感じたのである。……み、見るな。
なので私は、自身の糸目を更に細くする感覚で前を向いたまま、絶対に目を合わせないという強い意思で、『近付いて来ないでくださいオーラ!』を振り撒きつつ素知らぬふりで通り過ぎ──
「──なんだこいつは。なんでこんなところに子供のドラゴンが居る?」
「…………」
──いかん。捕まった。
……ぐぬぬ、私が素知らぬふりで静かに通り過ぎようとしたところ、その男は臆面もなくスタスタと背後から近寄ってくると、私をそのまま後ろから抱え上げてしまったのだ。……は、離してください。私は無関係なんです。
だが、どうやら彼らは今この場にて何かしらの『不思議現象』に遭遇したばかりらしく──目の前で知人がいきなり消えてしまったとかで、私の『来ないでオーラ』は完全に無視されてしまったのだ。
彼らからすると、一瞬だけ頭が『ぼーっ』としたかと思えばその瞬間にはもう居なくなったらしく、その時間は『何十秒』もなく、見逃すわけもないのにと。
そもそも、魔法を使って【転移】などで遠くに行ってしまったにしては状況的にはあまりにも不自然で、話の途中だったし、一応はそんな魔法を使った気配も感じられなかったそうだ。
だから、『あいつらはいったいどこに消えてしまったんだ……』と、彼は心配そうに私に話しかけてくるのであった……。
「…………」
……だがいや、そんな話を私を抱きかかえたまましなくてもいいだろうにとは思った。それよりも私を離してくれ。
後ろから抱きかかえられていると、翼をパタパタする練習もできないではないか。
──という訳で、私はせめてもの抵抗として足をジタバタさせてみる。
「……こらっ。暴れるなっ!──たくっ、尻尾が当たるのが痛いのか?じゃあ、仕方ない。こう横向きに抱けばいいか?これならどうだ。楽か?」
「…………」
……ま、まあ、先ほどよりは確かに楽な体勢にはなったのだが、違う。違うのだ。そういう訳じゃないのである。体勢が別に嫌だったとかではないのだ。
「……お前、なんとも言えない太々しさを感じるドラゴンだな。そのくせ妙に人懐っこい。そういえば親はどうしたんだ?……と言うか、そもそもお前はどの属性のドラゴンかもわからんな?こんな白い種類のドラゴンは見たこともないぞ」
「…………」
……そうか?私も良くは知らんが。
だがまあ、『あの絵』にもあったのだから、私はちゃんと実在するドラゴンだと思う。
再構成するときに赤を白に変えたりもしていない。そのままである。
──ただ、私を横抱きにしているこの男は妙に嬉しそうな表情をしていた。
……なんとなく、気に入られてしまった気がする。どうしよう。私はこのまま連れ去られてしまうのだろうか?心底やめてほしいのだが。
「……さてと。ロムたちに何が起きたのかは定かではないが。一応こちらの予定として『泥の魔獣』から『精霊の力』の奪取と『勇者一行』への付与は完了したと言える。……ならば、我々はこれより『毒槍と黒雨の討伐』に向かうぞっ。『使徒達』よ、これからが本番だ。俺に『力』を貸してくれっ」
……すると、私を横抱きにしたままの男は急に真剣な表情へと変わり、後ろの『六人』へと向けてそう告げた。後ろの様子は彼の身体で見えなかったが、雰囲気的に気合と緊張が入り混じっているのが私にも伝わってくる。
「…………」
「……おっと、妙に抱き心地が良かったから、このまま連れていきそうになってしまったが──お前は帰さないとな。……それともどうだ?お前も一緒に来たいか?」
──ブンブンブンブン。
……私は、彼のその言葉に思い切り首を横に振った。
「……そうか。嫌か。じゃあ、ほら地面に下ろすぞ。本当は住処まで連れていってあげたい所だが、あまり時間もないんでな。ここでお別れだ。……自分で歩いていけるか?」
──コクコク。
「……そうか。お前を一目見て、友の髪色を思い出してな──だから、本当はお前が、先ほど消えたロムなんじゃないかって思ってるんだが……本当の所は、どうだ?」
「……?」
「この反応は、本当に違う、のか?……まあ、そうだよ、な。なんで今この瞬間にロムがドラゴンに変身する必要があるんだって話だ。……荒唐無稽が過ぎたな。──そんじゃあ、そろそろ俺たちはいくぞ。さよならだ『聖竜』。もしお前にまだ名がなかったらそれを贈ろう。それで、いつかまた出会える事があった時には、再びその抱き心地を確かめさせてくれ……」
「…………」
……と言うと、私の抱き心地に夢中になっていた男は仲間である後ろの一人に合図を出し、魔法で【転移】して消えていったのだった。
私は、そんな彼らが消え去った先の空を少しだけ見上げながら、彼が残した『聖竜』と言う呼び名に少しだけ思いをはせる。
……まあ、誰かに呼ばれることもないだろうけど、一応はその『聖竜』と言う名を貰ってもいいかなと思ったのだ──。
「……ッ!?」
──が、しかし、その次の瞬間、私の思いをはせる時間はいきなり終了する事になった。
……と言うのも、正直に言って凄く吃驚したのだが、私の見上げた空の先に『あるもの』が見えてしまったのだ。
そしてその『あるもの』とは、恐らくは『霞』であり──もっと言えば、あの『絵』に描かれていた片割れである『綺麗な鬼の女性』が、空に漂いながら私の事を『ジーッ』と真剣に見つめていたのであった……。
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