第659話 老子。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『怒れるわけがない』と私は『聖人』に対して思ってしまった。
「…………」
本当に、昔も今も世渡りが上手な男だとは思う。
……ただ、そんな彼の行動にはいつだって深い『視点』が存在するのだ。
ただ『綺麗にする』というそれだけの行為が、どれだけ多くの者達を救ってきたか。
そして、今また彼はそんな多くの人々と同じ目線に立って、『神』としても彼らを救おうとしている。
……その為に必死に足掻こうとしているのだ。
今回の事にしたって、本当に『ギリギリ』まで踏み込んできたものだと思う。
一歩間違えば限りなく『毒と黒雨』戦の前に『泥の魔獣』戦をやる羽目になっていただろうに……。
「…………」
ただ、考えてみればそもそもの話、それを行う彼の『利』とは──その全てが『人』の為、『世界』の為、『秩序』の為なのである。
だから、もう少しそこへと目を向けられていれば……その『利』の中には彼自身が得する事などは何もない事にも直ぐに気づけただろう。
……いや、きっとそれは彼だけではなく、彼らも同じだ。
『神々』にいいように弄ばれても尚、『人』の為に戦うとする『使徒達』。
私達は『世界樹』が消え去った事に対し一時的な『怒り』を感じたが、考えてみれば一番の被害者は誰でもない──彼らなのである。
『勇者一行』と『聖人』が呼ぶその『七人』こそが、最も多くの傷を負い、その上で更に多くの人々の命運を背負いながらもこの後に待ち構える強敵との戦いに備えて歩き出しているのだ。
……そんな彼らを誰が『怒れる』と言うのか。
自分達にとって『大切な者達』しか救わない私達とは違い……彼らは更に多くの者達を救おうと、そのために命を懸けようとしているのだから……。
『文句があるなら。お前が救ってみせろ』と。
……まさにその通りだった。
そして、そのつもりがない私などには何も言う資格などないのである。
『何も行動しない者が、周りから余計な口だけを挟んでくるな』と。
……そうだな。それほど格好の悪い事はない。
自分だけ安全地帯に居て、口だけ達者な者達など私だって信用できないと思う。
『血を流しているのは、いつだって矢面に立つ者であり、勇気ありし者達なのだ』と。
……彼らこそまさにそれではないか。
その言葉に恥じぬ『在り方』をしている。
そして、その上で彼は沢山思い悩んで、私達にも気遣ってくれたのだ。
……そんな友の思いに、今の今まで気づかぬ私の方こそ情けなく感じた。
「…………」
そもそも、ここで彼らと『敵対する』と言う事は『彼女』の思いも損ねる行為である。
……どんな『取引』をしたにせよ。『世界樹』はもう枯れてしまった。
ただ、その『世界樹』は『勇者一行』に希望となる『赤い実』を残し、彼らに託したのである。
『わたしの代わりに、人々を救って』と。
そして、そんな『彼女』の思いまで受け取り、『勇者一行』は『力』としたのだ──。
「…………」
──とまあ、それはなんとも出来過ぎた都合のいい『視点』にも思えるが。
そこに嘘はないのである。
またどこぞの『逸話』になりそうな、そんな『綺麗事』ではあるけれども。
……これは実際に『勇者一行』にとって、とても大事な出来事だったのだろうと。
言わば、私達はこの場合において『脇役の様な傍観者』に過ぎなかったのだと……。
「…………」
……だがいや、待て。これは、なんだろうか。
そう思った瞬間から、急にまた私には『既視感』に襲われる瞬間があった。
無論、それは『夢を見ている』とか言うそんな『曖昧な錯覚』とはまた別のものでもある。
……そもそも、私はもう『寝れない身体』だ。『夢』も見れない。
と言うよりも、これはもっと直接的な『干渉』を受けているように感じたのだった。
そして、その感覚に堪えながら耳を澄ませていると、同時にまたどこからか『何かの音』が聞こえた気がしたのである……。
『……つまらないな。折角お膳立てしたのに』と──。
……すると、そんな『音』に対して『別の音』が反論するかのように鳴り響くのも感じたのだ。
『…………』と──。
ただ、私はそちらの『別の音』の方を、上手く認識できないでいた。
……いや、私だけではなく『聖人』や『勇者一行』も同じ様子で、最初の『音』にすら彼らは認識できずに──まるで時が止まっているかの様に不自然と動きを止めているのが見て取れたのである。
『…………』と。
『…………』と。
……それもなんだか、その『音』と、『別の音』は言い争いをしているようにも感じた。
正直、私も『そう感じる』と言うだけの、これまた『勘』でしかない。
でも、『何かが起こっている』事だけには気づくことができたのだ。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
『…………』と。
「──があああああああああああああああああああッッ!!!」
──だがそうすると、最終的にはそんな『誰かの絶叫』が突如として聞こえ、私達は『ハッ!』とすることになったのだった。
「…………」
……ただ、その『絶叫』が誰のものであるのかなど、私には考えるまでもなかったのだ。
何しろ、隣を向けばいつも居るはずの『最愛』が……そこには居なかったのだから──。
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