第655話 釈根。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『……いつまでも見て見ぬふりは出来ない』と。
『……もう傍観者ではいられないんだ』と。
誰しも、普段は意識していない無意識の中に『自分がやらねばらない事』の存在を悟っている。
そして、その事実から目を背けようと思っても、背け続ける事ができないのだと気づく瞬間がある。
それはいずれ、きっと明るみには出るのだろう……。
表か裏かは別として……。
見たくもないのに、寧ろ大きな『壁』となってあからさまに目の前に立ちはだかって来る時もある……。
『誰もやらないなら、せめて僕が助けなければ……』
……ただ、そうしてその『壁』に直面し、逃げようがなくなった時にこそ──『人』の本質は垣間見えてくるもの、なのかもしれない。
同時にその『壁』はきっと沈黙したまま、こちらをジッと見つめ、ずっとこう問いかけてくるのである。
『……さあ、お前はこの後どうするのだ』と。
「…………」
……そして、その問いに半ば促されるようにして、かつて『里』を独りで飛び出した『愚かな魔法使い』が居たことを、私はその時になってふと急に思い出したのだ。
それはなんの『力』もなく、目算すらも『空っぽ』のまま、当てもない状態で歩き出した無謀な『愚か者』の『追憶』でしかない。
──ただ、今更ながらに思うと、絶望を絶望だと理解せぬ『真の馬鹿』は、それだけで強かった様にも思うのだ。
……だから、もしかしたらあの時の『僕』(私)こそが『真の最強』だったのかもしれないと。
そんな事がふと頭を過ったのである……。
『聖人』の真剣な表情と話をきっかけに、私は思わずそんなことを思い返していた……。
「…………」
「…………」
……ただ、そんなことを『チラッ』と頭に思い浮かべてしまった後に、私はまた気づいたのだ──。
当然の様に隣へと顔を向ければ、バッチリとエアにその『今考えていた事』が伝わってしまっていたことを……。
そして、内心で私がその事に対して『はわわわ』とするよりも前に、エアさんは既に口元を『ぴくぴく』とさせており、こんな真剣な雰囲気の場で『にやにや』としてしまいそうになるのを『ぐぐーっ』と我慢しているのが凄く伝わってくるのである。
『……ぼく?ロムって昔は自分の事『ぼく』って言ってたっけ?そうだっけ?知らなかったなっ』
『……昔、子供の頃の呼び方はそんなだった気がしないでもない……』
『ろむ、かわいい』
……う、むむ、無論、今は『聖人』が真面目な話をしている最中なので、こんなことを考えている場合ではないのはわかっているのだ。
だから、あからさまにエアも私の事を茶化したりはしてこないのだが、思わず私がそんなことを思い浮かべてしまった為に、周りの真面目な雰囲気とのギャップで気になって仕方がなくなってしまったらしい。
『笑ってはいけない』と思っている時ほど逆に楽しくなってしまう様な不思議な感覚に近しいのだろう。
私がこれまであまり見せてこなかった『若気の至り』というか、『原初のロム』に関する話だったのでエアは大変興味深く感じているようだ──
『心』の中では確りと私の頬を『ツンツン』と突きながら『ねえ、もう少しその話聞きたいっ。後で聞かせてねっ』と、素直な『エアの心』がそうせがんでくるのも伝わってくる。……あ、ああ、わかった。あとでな。
「…………」
……ごほん。さてさて、本当に今は『聖人』が真面目な話をしている最中なので、これ以上は自重しておこうと思う。
実際、先ほどからずっと『聖人』の表情は真剣なままだ。
なので、ここでふざける様なことはしたくない。
私達も彼に応じ、真剣に話を聞くべきだろう。
……ただ結論的に、要は『協力するかしないか』の話である事だけは十分に分かったのだ。
『聖人』は絶望的な状況で、『泥の魔獣』が『人との繋がり』を大切にするようになったという『噂』を聞き、かつての昔馴染みを頼ろうと思い立った。
やはり彼らがこの場まで来たのは『偶然』などではなく、私達を『神々側』へと勧誘する為だったのだと白状もしたのである。
昔の私は『人』や周りにあまり興味を示さなかったが『今のロムならば協力してくれるのでは?』と彼もそう考えたらしい。
「…………」
……無論、『神々』は理不尽な存在であり、それぞれが好き勝手を追求し続ける様な傲慢な者達でもある。碌でもない者達ばかりだし、近づきすぎるのは本当に良くないと言ったのも本心であると。
『勇者達』の様に『人』の中には酷い扱いを受ける者達もいる事は紛れもない事実だ。
本来ならば、唾棄すべき存在だと思う事に対しても否定はしないと。
──ただ、現状ではそれ以上に『世界の秩序を守る存在が居なくなる』事の方がまずいと彼は考えたそうだ。
『人々の平和』を守っていく為には『秩序』こそが必要であり、無秩序な世界になってしまえば今以上に大きな悲劇を生んでしまうのは明らかだからと。
だから、その『無秩序』を生み出す『魔物達』という存在──ひいてはその裏で操る『神人達』や『黒雨の魔獣』という巨悪を倒さねばならない。そして、それを打倒するチャンスは今しかないんだと。
無限の様に増え続ける『魔物達』の戦力が整う前に、早めに『毒槍と黒雨』は確りと叩いておかねばならないと。
恐らくは『毒』が『泥の魔獣』に『偽りの噂』を流したのも『神々側』に協力してほしくなかったからだろうと。彼はそんな予想も話したのだった。
……奴らがもし、その時に『せめて敵対しないでほしい』と言ってきたのであれば──それは間違いなく『泥の魔獣』の介入がなければ『神々』に対して『毒』は勝てると算段を付けていたからだろうと。
なんにしても、そんな姑息で卑怯な手段を用いている奴らには絶対に負けてはいけないのだと。
……何度も言うが、あいつらは『戦う事と喰らう事』しか考えておらず、この争いの後の事や『世界の行く末』なども全く考えていないのだと──。
「…………」
そんな『聖人』が抱く憂いはきっと確かなのだろうと私も思った。
『神々と神人の争い』の勝者がどちらになるかによって、この先の『世界』の命運が傾く事は間違いない。……以前も思ったことだが、それには私も同意だった。
『世界』が荒れれば、それこそ私達にも影響があるだろうと『聖人』はそう諭してくる……。
……それが嫌ならばお前も協力してほしいと。
……『人との繋がり』を大事にできるようになったならば力を貸してくれと。
……こちら側には、お前の顔見知りもいるだろう?と。
……この『六人』は皆、お前と関わったからここにいるんだぞと。
そんな、ある意味で『泥の魔獣』が『神々』に協力するに相応しい十分足り得るだけの理由を、これほどまで揃えて来た彼の本気を窺うことができたのだった……。
「…………」
エアは『心』の中で、その決断を私に任せると伝えてきてくれている。
『わたしはロムの隣りを歩くから……』と。その想いはなんともあたたかい。
ただ、『毒』がこのまま成長し続けていけば、手が付けられなくなる事を『聖人』は酷く案じていた。
……そうなる前に倒さねば『人』には未来がこないと。奴らは本当にやばいんだと。
『毒』と手を組んでいる『黒雨』も絶対に只者ではないから……。
だから、『勝つ為にはお前の力が必要なのだ』と『聖人』は熱く語りかけて来たのである。
「……わかった。協力しよう」
「──っ!!ほんとうかっ!そうかっ!やってくれるかっ!!」
……なので、結局はそんな彼の思いに感化されたのは否めないが、色々な『繋がり』も考慮に入れて、私はそんな『答え』を導き出すに至ったのだった。
……まあ『一時的な協力』でしかないとは思うが、『聖人』の要求を受け入れる事にした。
『誰もやらないなら……俺がやってやる』と。
そう言いきった彼の思いが、幼き頃の愚かな自分をそのまま見ているかのように感じてしまったのである……。
「…………」
……だからまあ、きっとその『選択』自体に間違いはなかったと私は思うのである。
「──そうかぁ。でもまさか、本当にこんな『手』が上手くいくとはなぁ……」
……ただ、敢えて間違っているとするならば、それは私の『心』だったのではないかとも思った。
成長したと思っていたが、私の『それ』はきっとまだまだ未熟が過ぎたのだと。
この場にあって、相手が『聖人』だとして、なんで油断をしてしまったのだろうかと。
……それに尽きると私は考えた。
彼は(『聖人』)は、彼の持てる全てを使って『戦い』にきていただけなのに……。
それに気づかないとはなんとも情けない話である……。
そして、『領域』として絶対の『守り』はあれど、それは『大事な者達』を守るためであって、『私自身』を守るためのものではない事をまた失念していたのも、私のポンコツな部分が引き起こした『失敗』でしかなかったのだと。
──そう。だからこれらは全て、私の『警戒の甘さ』が招いたこと。
それにしても、何度似た様な過ちを繰り返すのだろうか……。
子供の時分から、私は本当に愚かが過ぎるのだ……。
「……ん?」
「……ああ、いやなんでもないぞ──だがロム。早速で悪いんだが『約束』通り『お前の力だけを貸してもらうぞ』──」
「──え?」
「──出でよッ『世界樹』……ロムを喰らってくれ」
……だがそうすると、そんな『聖人』の言葉に反応して、急に『一本の木』が突如として現れたのだ。
それも、その『木』はなんとも驚くことに『内側』から私の『腕』を突き破り、地面へと急速に『枝』を伸ばしていって、勢いよく大地に『根』を巡らせ始めたのである──。
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