第654話 蒸散。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『聖人』は、彼ら視点の『神々と神人の争い』について、その歴史の一部を私達に語ってくれた。
……特にその中でも『毒槍』と呼ばれる最古の『神人』に対して、彼は己が知る限りの危険性を教えてくれたのである。
──そして、そんな彼曰く『とにかくあればやばいんだ』と。
「…………」
最初はそんななんとも陳腐な切り出し方ではあったが、『聖人』の表情は真剣そのものであり冗談を言っている素振りは今回に限っては微塵も見られなかったのだ。
実際に戦ってきた彼がそう表現するしかないほどに『毒槍』は──私達が呼ぶ『毒』という存在は──本当に危険なんだという。
そして具体的なその『やばさ』を挙げるとするならば、『戦闘能力の高さ』や『策略』などがあがってくるのは勿論なのだが──一番恐ろしいのはやはり『捕食』にあり、それによって伴う『毒』の『成長速度』なのだという。
……実際、既に多くの『神々』や『使徒達』が彼女によってほぼ九割以上が『行動不能』に陥るか『捕食』されてしまっているらしい。
正直、既に一対一で勝てる者は『神々』の方には存在せず、ほぼ追い詰められている状態なのだとか……。
「…………」
「……俺と、後ろにいる『六人』で協力して何とか追い払えたからよかったが。こちらの戦力はもうあまり残っていないのが現状だ」
無論、『神々側』も一方的にやられるだけではなく、『神人側』の戦力をだいぶ削りはした。
……だが、最も強いとされる『毒槍』を打倒するには『七人』で対応する以外にないのだが、終ぞ倒しきるまでは至らなかったのだと。
聞けば、惜しい場面は何度もあったと感じたらしいだが、危なくなると『毒』は直ぐに逃走を図る上、毎回毎回何かしらの『罠』が張っており、逃げながらも策略を講じてくる事が多く、いつも追い詰めきる事が出来なかったらしい。
何度か本気で追い詰めようと、実際に追いかけたこともあるらしいのだが、その度に予想だにしない手痛い反撃を受けてしまったそうだ。
──特に、一番直近の戦いではまんまとその『罠』にはまってしまい……大陸一つが飲み込まれかねないほどの爆発に巻き込まれ『神々』の多くが死傷してしまったらしい。
その時の被害の回復にはどれだけかかるか現状でも目処が立たない状態だとか……。
「……だからまあ、実はまともに動けるのがこの『七人』だけだったりする」
「…………」
……無論、戦闘のできない『神々』は裏方として支えてはくれているらしいのだが、それにしても辛い状況であることに変わりはないのだとか。
本来ならば『使徒達』ももっと大勢いたらしいのだが、『神人達』との戦いは激しく、日に日に一人また一人と『使徒達』は散っていったそうだ。
「……それにな、そもそも『使徒達』は急ごしらえな面が強いんだ。不完全な『昇華』によって生み出された『使徒達』は最初から弊害も起きている──まあ、それを行った『愚かな神々』も真っ先に死に絶えているんだが、残された俺みたいなもんはそんな弊害を抱える『使徒達』と協力して事に当たる以外に選択肢はなかった」
「…………」
……本来であるならば、彼らの『禁忌』ともされるような裏の話まで既に『聖人』は私達に余さず話し始めていた。
その様子からは、『この際だから全部ぶちまけてしまおう……』というそんな心情も垣間見える。
実際聞いてみると、元々『神々の末席』にいたのは『聖人』であり、それ以降の者達は『信仰の力』が足りぬまま、言わば不完全な状態で『神々の序列』に並べられてしまった不完全な存在であったらしい。
当然の様に『不完全な状態のままでは不具合も生じる』との事で、言わば『力を継ぎ接ぎ』して何とか──『神々に似た存在に作り上げる』というのが『使徒達』の生み出された経緯にはあり……『神人達』という『失敗例』を繰り返さない為にも、好き勝手をさせない様に『意思を封じる処置』という大きな制限を設けているのが『使徒達』の特徴としてあるのだと彼は語るのだった。
──つまりは、その存在は言わば体の良い『操り人形』でしかないのだと。
「……酷いもんだったよ。糞みたいな考え方だと思った。それを作り出す方も受け入れる方も酷過ぎる。俺はそんな存在など見たくもなかった。だから、最初『使徒達』の事も忌避してたんだ──でもな、それがある日、俺の知っていた情報とは異なる存在だって事を知っちまったんだよ」
「…………」
「……偶々、『使徒同士』の戦闘訓練だとかぬかして、一部の『神々』が玩具を弄ぶかのように『使徒達』を戦い合わせて身体を弄っている最中での事だった──そして、その時にこの後ろにいる『勇者』がな。なんとも『懐かしい技』を使ってたんだよ。……元々『剣士』だったんだろうから、剣を普通に持って戦えばいいのに、態々『浮かせて』戦ってたんだ」
「…………」
「……それも、『勇者』だけではなくその対戦相手だった『賢者』までも似た様な事をして『杖』を『浮かべて』戦ってやがった。『魔法使いなのになんだその戦い方は?』と最初は思ったが──でもな、すぐに昔を思い出して、そう言えば『泥の中を這ってると武器をよく失くすから、常に浮かべて戦っている』とか、そんな可笑しな事を言っていた不器用な魔法使いの事を思い出してさ……それで、試しにちょっとだけその二人の経歴を調べてみたら──」
……案の定、そこで『聖人』はその二人が『泥の魔獣』と繋がりがあることを知り──それも、本来は『信仰』と『取引』によって正しく導かれるべき筈の『昇華』を悪用し、一部の『神々』がほぼ強制的に誘拐に近い形で『人』を連れ去り、その『身体と心』を弄んで『使徒』にしていた事実にも彼は気づいてしまったのだと。
「……いやー、あの時は本気で怒ったわっ。というか『ブチギレ』した。そんで、気づいた時には一部の『神々』(一割ほど)を【浄化】しちまってたんだなこれがっ!ワハハハハ……」
「…………」
「……はぁー。知らなった事とはいえ、気づいた時には色々とやっちまった後だった。もう見知らぬ素振りは出来なくなった。俺が動くしかなくなってたんだ。……そうじゃなきゃ、『神人達』に皆殺しにされる未来しかないしな」
「…………」
「だが、結局『神人達』にしても、あいつらは『神々』に復讐がしたいだけだろう?……その復讐を果たしたところで、その後の事なんてこれっぽっちもあいつらは考えちゃいねえんだ。だから『占領した後の統治』まで考えられない者共にその後の手綱は決して預けちゃいけねえと俺は思った。秩序がなくなれば一気に世界は破滅に向かうだけだってな。──そんな汚いものを、俺は見たくないって思ったんだよ……」
『環境と立場が人を作る』と言う様な──そんな状況だったのだろうか。
結果的に『聖人』は……いや、『浄化の神』は、立ち上がる事になったのだと。
『誰かがやらねばならないなら……また俺がやってやる』と。
『人々を守るためにも、俺が全てを浄化してやるよ』と。
『聖人』は本気で、彼が目指す『浄化』を世界に広げようとしていた……。
「……まあ、その為には『指導者』っていうか、『指揮官』も必要になってな。『使徒達』と共に歩む必要があった。だから結果的に俺は『己の存在を『使徒達』と同じくらいに作り直す事』を選んだんだ──だが、なってみて思ったが、やっぱ生身は良いな。『死にやすい』が『生きている』って実感が湧く。……後ろの『六人』の様な制限もないから俺はだいぶましな存在だ」
……因みに、『使徒達』にかけられた制限──『意思を封じる処置』というのは生まれ変わった際の『性質』みたいなもので、完全に失くすことはできなかったらしい。
「……でもさ、時々な。『勇者』達も意識を取り戻す瞬間があるんだよ。こいつらの『力』は強いから、それが影響して制限が緩む時があるらしい。……そんでさ、『人らしさ』を取り戻したこいつらはいつも『泥の魔獣』に関する話題で楽しそうに話すんだぜ」
聞けば、彼の後ろにいる『六人』は皆、私やエアの『顔見知り』であるそうだ。
……無論、そんな事は言われるまでもなく『最初からそんな気がしていた』のだが──
「…………」
──『聖人』は、『勇者一行』についても一人ずつ知り得た事を話してくれたのだった。
『天稟』たる『剣士』と『魔法使い』は、それぞれ『勇者』と『賢者』になったと。
彼らは、とある『大陸征服を企む国家』との戦争にて、対立国の一冒険者として戦争に参加し、その戦いで敵国の要となる者達を次々に打倒し『勇者と賢者』と呼ばれるに足る目覚ましい活躍をした事から『神々』の目に留まってしまったらしいと……。
『高濃度マテリアル』をつかいこなす『傭兵』と彼の半身足り得る『修道女』は、それぞれ『狂戦士』と『聖女』になったのだと。
彼らは、とある『国家の象徴』として有名になった事。そして元々の『信仰』への関りが他者よりも深く影響し、それによって『神々』の目に留まってしまったらしいと……。
『剣舞士の始祖』たる『五人のエルフ達』は、不足する『力』を一まとめにされ、『身体と心』を弄られて一人の『魔法剣士』になったと。
彼らは、いつも五人で行動していた。同じ目標に向けいつも『力』を合わせていた。そしてその存在と影響力はいつしか『神々』の目に留まるほどになっていたらしいと……。
『羊飼いの召喚士』は、最も悲惨で。『家族』を求め、それを『人質』に取られた最初の『使徒』であり、『家族諸共』弄られて一人の『召喚士』に作り替えられたと。
彼の『力』は、戦力が不足する『神々』にはあまりにも魅力的に映ってしまったのだと──。
「…………」
「──ロム、『神』なんて碌なもんじゃないぞ。絶対になるもんじゃない」
「…………」
「……ただ、俺たちはこんなになっても、まだ『人』を助けたいと思った。そのために行動したいと願っちまった。もし俺達が『神人共』に負ければ、そのあとに起こるのは『人』に対する今以上の蹂躙だろう。そうなったら奴らの思うがままに『喰らいつくされる世界』になるしかない。……俺も、後ろの『六人』も、そんなのは絶対に見過ごせなかった。そんな悲惨で汚い世界は見たくねえんだ。だからロムっ。お前も──」
『黒雨の魔獣の討伐に協力してくれ』と、彼は真剣に語りかけてきたのである……。
彼のそんな表情を見て、私はただの『綺麗好きだった男』が、真なる意味で『聖人』へと変わったのだと思い知った……。
『いつまでも見て見ぬふりはできない』と。
『もう傍観者ではいられないのだ』と。
……そして彼の話を聞きながら、ふと急に私の頭の中にはそんな『追憶』までもが朧気にも去来してきたのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




