第648話 糺。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
切り落とされた『腕』に舌を伸ばしかけ、恐らくは嘗めたそうにしていた『吾輩』は、エアの指摘で正気に戻ると『ごほん』と一つ、なんともわざとらしい咳ばらいをしている……。
「おっと!?これは吾輩としたことが──」
『あまりにもこの『腕』が素晴らし過ぎて思わず見惚れていた。吾輩に我を忘れさせてしまうとはっ!この『腕』はなんとも罪深い『腕』なのだろうか!これは是非とも後程、もっとじっくりゆっくりと眺めながら【震える木漏れ日】の研鑽の為に使ってやらねばっ!わはははっ、『腕』も心なしか吾輩への『魔力補給』に役立ちたいと語ってきているかのようだぞ!よしよし、大事に扱ってやるからな!』と……何やらそんな気持ちの悪い事まで喋り始めていた。
「──おや?どうやらそちらも話し合いは終わったのか?……ならば、それではそろそろ吾輩も忙しいので、帰らせてもらおうかなと……」
「いやいや、待ってよっ!それで誤魔化せる訳ないでしょッ!『ロムの腕』を返してっ!!」
……だがそう言って『腕』を持ち去ろうとする『吾輩』に対し、当然の様にエアは引き止める。
『そのまま行かせる訳にはいかない!せめて腕だけでも取り返さなければッ!』と、そこには固い決意が窺えた。
「……はて?何かな?『腕』は返さないが?これは既に吾輩のものだ」
「『街の人達の命』を盾にしてロムを脅迫しただけでしょっ!」
「何を言うかっ!!両者が『取引』に見合うと判断し、それに応じた行動をとっただけの話──当然、それは『泥の魔獣』と吾輩の間で『取引』を交わした事と相違ないわっ!……それに、返すにしても『泥の魔獣』の腕はもう戻っているではないか!ならば、こちらの『腕』をどうしようと吾輩の勝手だ!好きにしても構わぬだろう!」
「……ふーん。じゃあ、あくまでもそれは『取引』で得たものだって言いたいの?」
「当然だ。吾輩も魔法使いの端くれ。一度交わした『口約束』だとしても、それをなかったことにするはずがないっ!」
「……ふーん。じゃあ、この先は問答無用だね。わたしは貴方にその『腕』を渡したくはないから。無理やりにでも回収するよ?それをあなたに渡したままにしておくのは凄く嫌だからっ」
「……ん?ワハハハハッ!!それはまさか、吾輩に戦いを仕掛けると?宣戦布告か?」
「──うんっ。勿論そのつもりだけど?」
「『泥の魔獣』ですら、吾輩の『回復力』の前に分が悪いとみて『腕』を差し出してきたのだが?」
「……あなたがどう考えるかは勝手。だけど『ロムにはロム』の、『わたしにはわたし』の出来ることがある、ってだけだから──」
「……ほう、貴女なら、吾輩に勝てるとでも?」
「うんっ。さっきからそう言ってるつもりだけど?なにか?」
「……ほうほう。面白い。そこまで言うのならば吾輩も応えようではないかっ!早速この『腕』を使って実践経験を積めると思えば僥倖だ──ならば、いくぞっ!!かかって来、ぐおっ!?うおっ、おおおぉぉぉ」
──だが、そうして早速始まりそうだったエアと『吾輩』の突発的な戦いは、速攻でエアが接近し、パンチで軽く小突くと『吾輩』は一切反応ができずにまともに顔面で受け、そのまま衝撃で地面をゴロゴロと転がっていってしまったのだった。
「……あれっ?ごめんね?そんなに速く動いたつもりはなかったんだけどっ?」
「ぐふ……近接戦闘か。『感覚派』のくせに……。魔法を使わずに肉体で戦うとはなんという恥知らずか……」
ただそれに対し、やはりは驚異的な『回復力』ですぐさま『吾輩』は起き上がると、そう言いながらエアへと悪態をつき始めた。余裕らしい。
……でも、当然それに対するエアの表情もまたとても飄々としている。
そして、苦々しい表情を浮かべる『吾輩』に対して、サラッとこう言い返したのだった……。
『……魔法も『力』の『在り方』の一つに過ぎないんだよ?』と。
「……戦うにしても生きるにしても。周りには色々な方法があって、わたし達はみんなそんな様々な『在り方』と共に生きているだけなんだ。『────』だから、あれをしなくちゃいけないって事はない。……だからこそ、どんな『力』を持っていたとしても、そこに恥を感じる必要もない。もしそれを感じるのだとしたら、それはただ視野が狭いだけ。妬いているだけ。気づきが足りていないだけ……」
「……ぐ」
「……それに、『恥を感じなければいけない』のはもっと別の事だよ?『教えは残酷だ』と。昔、ロムはわたしに言ってくれたけど。本当にそうだと思った。……あなたさ、その『震える木漏れ日』は誰から得たの?それを誰に向けて使っているの?その『力』はいったい何の為にある『力』なの?」
「これは吾輩の為の『力』だ。これまでの努力と研鑽がようやく実を結んだ結果だ……きっかけはもちろん貴方達にあったにせよ。これらは全て元はと言えば吾輩が己の為に築き上げてきたものである事に違いはないっ!」
「……それで?その『力』を得てあなたは何をするの?」
「何をする?そんな事など決まっているッ!この『力』を活かして吾輩は幸せな時間を生きていくのだ!これまでの苦労が報われる、そんな日々を送るために使うっ!」
「……それだけ?」
「『それだけ?』だと?それ以外に何があるッ!幸せになろうとすることを『それだけ?』だとっ?ふざけるな!その幸せを得ることがどれだけ大変か!『感覚派』のお前らなどには絶対に分かりは──」
「……じゃあ、あなたは『あなたの幸せ』だけの為にその『力』を使うのねっ?」
「…………」
「──ロムはね、『あなたの幸せも思って』その『力』をあなたに教えたんだよ?」
「…………」
「……ううん。あなただけじゃない。もっと多くの存在の為にも、これまでだってロムはいつも『大したことじゃない』って言いながら。時に誤魔化しながら。いつも素知らぬふりをして。陰から不器用なままで、ずっとわたし達の為に『力』を使ってくれていたの──だからね、わかる?」
「…………」
「その『腕』の重さ。あなたにそれを渡したくないって言うわたしの理由……」
「…………」
「……もしそれが理解できていても尚、まだ返さないって言うんだったら──かかって来なさいよっ!本当の『恥知らず』ッ!わたしがロムに代わって、ボッコボコに叩き『潰し』てあげるからっ!!──」
──と、エアは『吾輩』へと言い切ったのだった。
そして、同時にその『心』の中からは『……ロムは少し離れててね』という思いが伝わってきた為に、私は二人から距離をとりつつ、視野に入らないよう注意してその戦いを静かに見守ることにしたのだった。
……ただまあ、そうして始まった両者の戦いは、まるで『心の殴り合い』、又は『相手の気持ちをへし折る戦い』とでも言える様な、しんどい戦いになったのは言うまでもない──。
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