第647話 情緒。
「──もう絶対にしちゃダメだからねッ!」
「……はい」
『本当にっ?本当だからねっ?』
『はい。もうしません』
私はエアから、声と『心』で同時にお説教を受けていた。
……それは単純計算で倍以上の『お説教力』がある様に感じる。
無論、そんなエアの声と『心』から伝わる思いは、凄く私に『効いた』。
『心が通じ合っている』訳だから、どれほど心配してくれているのかが文字通り痛いほどに伝わってくるのだ。
『腕を切るだなんて、そんな危ないことをしないでっ!』と、たったその一言を告げる間に、エアがどれだけ泣きたくなったか……その思いの丈が私にはよく分かってしまった。
声からは本気の怒りが滲み出ており、有無を言わさぬ威圧があったが……。
それ以上に私の事を心配してくれているのがとても伝わってくる。
『心』の中では寧ろもっと顕著に、ジタバタと駄々をこね、すねる様な想いまでも伝わってきた。
……『そんな怖い事しないでよ』と。
……『ロムが傷つくの嫌だよ』と。
……『ロムが腕を切ったって伝わった瞬間、胸の奥がキュッとなったんだからっ!』と。
まるで出会った当初の、あの幼子の頃のエアよりも更に幼くなったような純粋な感情が、ムスッとしながらも顔を出しているかのようだった。
そして、その声も『心』も、共通して『ロムが無事でよかった』と、思ってくれているのである。
そこに込められたエアの複雑な気持ちを感じれば、もう二度と同じ過ちを繰り返そうだなんて思えなかった。
ここ最近の己の行動を思い返し、『失敗』続きな事を改めて私は深く反省したのだ……。
「…………」
……ただ一つだけ疑問に思うのだが──私は以前からもこんなに自分の事に対して『無頓着』だっただろうかと、そこには少しだけ不思議さを感じていた。
──『誰かの為に無意識に己の腕を切り落とす』だなんて、冷静になってみれば普通の感覚ではないだろう。
それに、エアの『心』から伝わる思いの中には『ノイズ』が走ったような感覚もあった。
『ロムはきっと取引で……を渡して──だから……なんだ』と。
……ただ、それに対して意識を向けようとすると途端に『眠気』を覚えてしまうのだ。
それで眠りに落ちる事はないものの、頭がぼーっとする感覚が続いた。
考えを深めなければ、そこから先は段々と意識が覚醒していくのだが──
そうすると、先ほどまで何を考えようとしていたのかが、急にあやふやになってしまうのだった……。
「…………」
──それに、ちょうどその時になって私とエアの耳には『吾輩』の嬉し気な笑い声が嫌に耳に響いてきた。
その為、私達は話を中断し其方へと顔を向けたのである。
……というか正直な話、途中から『吾輩』の存在を完全に忘れていた。
「──ふあははっは!!手に入れたぞっ!これさえあれば吾輩は更に強くなれるッ!……はぁ、はぁ、はぁ……」
……そして、気づけば彼のその手の中にはいつの間にか回収したらしい『私の切り落とした腕』が確りと握りしめられており、彼はまた恍惚とした表情を浮かべて興奮しているのが表情からも分かったのである。
それも、その表情は『うっとり』という言葉が似合いそうな状態で……その、なんと言うのか、『吾輩』は今にもその『腕』に頬ずりをし、今にも嘗めたり噛みついたりしだしそうな雰囲気があった。
──もちろん、言うまでもなくそんな光景を見せられている私とエアは二人して、背筋がゾワワとしている。……なんという精神攻撃だ。
それに、実際案の定と言いたくもないが『吾輩』は今にも、舌を出……。
「──ねえっ!!いったい何しているのッ!!『ロムの腕』に変な事しないでっ!!?」
……そうとして、腕に触れる寸前にエアのそんな怒声が響き渡り、その声が聞こえた『吾輩』は『ハッ!』として動きを止めたのであった──。
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