第643話 臥。
手直し等はまた後程に。
『魔眼』──それも、今度は『魅了』とは異なる種類の『力』だとでも言うのだろうか。
視線を向けただけで任意に相手を死へと至らせる程の『魔力を奪える力』──話を聞く限りではそんな能力を備えてそうな新たなる『魔眼の力』に、なんとも言えない厄介さと奇妙さを私は感じている。
……無論、犯人がもう死して居なくなったというならば話は別だが。
どうにもまだ私の『勘』は、それを信じるには早すぎると警鐘を鳴らしてくるのであった……。
「…………」
そして案の定と言って良いのか……数日後にその『勘』は当たってしまう事になる──。
普段となにも変わらない良き朝だったのに……その日はまたもいきなり『街』の至る場所で悲鳴が聞こえ始めたのだ。
ギルドに向かう途中だった私とエアは、警戒の為にも『探知』を使ったまま過ごしていたのだが──驚くべき事に事件が起きるその瞬間まで一切前兆などは感じ取れず、『街』で異変がほぼ同時に起こった事だけはわかった。
……止める暇もない。完全なる奇襲である。
「…………」
「…………」
だがその瞬間、私達は『敵が存在する事』と、それが『魔法を使う者である事』を察して動き始めたのだ。
……ここまで同時に事が起こるのであれば、それはもう『ほぼ人為的』だと考えるのが自然だったからである。
ただ、現状私達の『探知』では『毒や黒雨』だと思われる存在を感じ取る事はできていなかった。
……いや、そもそも『マジックジャマー』や『マジックキャンセラー』と呼ばれる『魔法阻害』を使っているのかもしれない。
『毒』はこの前会った際にも傍まで来ても最後までその存在を感じ取らせなかったのだ。
今更ながら、あれは私達が直ぐに彼女達の存在に気付けるか否かの『試し』だったのではないだろうか?と、そんな事も頭を過ぎる……。
「…………」
まあ、その正否がどちらであっても、一応は『両方とも居る』ものとして動いた方がこの場合は良いだろう。
ただ、そうなると……後はもう目視に頼るしかないと思った。
そこで、エアには既に空を翔けて貰っている。
……エア、そちらは任せた。空から不審な者が居ないか見つけて欲しい。
『まかせてっ』
そんなエアからの返事を『心』を感じつつ……一方で私の方は『魔力で街を拘束』した。
この『街』の中に居る動く者、動かぬ者に関わらず、その全てを止めてしまったのだ。
これにより、地上に居る者達の余計な動きを封じると共に、この『拘束』を撥ね退けられる者が存在するのかも知れるだろう。
……もし撥ね退ける者が居れば、今度はそこへと魔法を集中させ、一瞬で消し去る事も出来る。
同時に、『魔眼』によって何らかの『力』が生じている事も考え、その『魔眼の力』に対応する手段として、先に魔法で『街全体を眠りへと落とした』。……眠ってしまえば『魔眼の力』など使えないだろうという安直な発想だったが、意外とこれが今の所は効果的である。
現状、『魔眼の力』によって出ている被害はほぼないと言えるだろう。
……悲鳴こそ上がったが、騒ぎが広がる前に対処したので避難者達が押し合い圧し合いになったり二次被害を起こす心配もない。
このまま皆が眠っている間にこの件を片付けられれば完璧である……。
「…………」
そんな風に状況を整理しながら、私は『眠りに落ちた街』を歩き始めた。
……敵がいそうな方へと、これまた『勘』頼りに索敵しているのだ。
脇を見ると、道端には『街の住人達』がまるで『死者』であるかのように眠りに落ちていた。
自分でやった事とはいえ、一瞬まるで己が『戦場』に立っているかの様にも思え……嫌な錯覚を起こす。正直、あまり好きな光景ではない。
『戦い』など、『領域』となった今となっては……昔以上に無意味なものに思えてならなかったのだ……。
──ストン。……ズズズ。
「──ッ!?」
「……ほう。これも効かんのか」
……だが、それもまた私の『失敗』だった。
秒にも満たない一瞬の『気の緩み』と言えばそれまでなのだが、ほんの少し考えごとしていた隙を突かれて、何者かに攻撃を受けてしまったのだ。
どうやらいつの間にか近くで倒れていた者の一人が起き上がり──その人物が容赦もなく私の心臓へと背後から剣を突き刺して来たらしい……。
「…………」
……だがまあ、例によって私と言う『領域』はそれ位では傷もつかない訳で……問題は全くなかったのだ。
ただ、驚いた事に変わりはないので、正直心臓がキュッと痛くはなった……。こんな時に吃驚させるのはほんとうにやめてほしい。
「……確かに。これはまごう事なき『化け物』だな」
それも、失礼な事にその人物は突き刺さらなかった剣先を見ながら嬉しそうにそう語ると『ニタリ』と微笑むのだった。……それにしても、いくら私に傷がつかなかったとは言え、この人物は油断がならないと思う。
先ずこれだけ接近しているのに『探知』が未だ効かないのだ。
……その人物が居る場所から感じるのはただただ『空虚』でしかない。
それに、まるでエアの『血晶角』がそのまま『眼球』へと置き換わったかのような『真っ赤な瞳』がなんとも『心』をざわつかせた。上手くは言えないが印象的だけど酷く不快にも感じるのである。
『……だが、もしかするとそれが『魔眼』なのだろうか?』と、私は疑問が浮かんだ。
「──それが『魔眼』か?」
……なので、その疑問をそのまま尋ねてみる事にしたのである。
今までであれば、いきなり剣で攻撃してきた相手になんか『ぴちゅん』して即『ぽい!』だったが、『人との繋がり』を意識した私は、ここで一回会話を挟む事が──『そこそこ』──できる様になったのだ。これは成長した証だと言えるだろう。
──無論、この問いに対し、素直に答えても答えなくても即『ぽい!』する予定なのは変わらない。慈悲はないのだ。
「ああ。流石の貴方でもこれが気になるか?まあ、数日前に会った時にはこの『瞳』ではなかったからな……疑問に思うのも当然だろう──だがしかしっ!これは簡単に教える事が出来る様な代物ではないっ!なにしろ『吾輩』も、これを手に入れるのは大変な苦労をしたので、その情報を易々とは教えられ……」
……ん?
「……ちょっと待て」
「んんっ!なんだ?『人』が今、気分良く話していると言うのに無粋な……」
「お前は、まさか──」
その相手の言葉の中には無視できない言葉があり、私は思わずその話を遮ってしまった。
……ただ、『私の知っている『吾輩』なのか?』とその人物に尋ねてみると、彼は『ニタリ』とした微笑みを浮かべて、嬉しそうに自らの事を語り始めたのである。
──そうして、これが後に『ヴァンパイアの始祖』とも呼ばれる事になる『魔眼の魔獣』との、初めて(?)の邂逅となるのであった……。
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