第641話 再演。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
その日、私は『失敗』してしまった……。
この『街』にも『慣れ』を感じた矢先の事。私なりに『人との繋がり』を意識し、その成果を感じられて……ちょっとだけ油断していた部分があったのだと思う──。
「…………」
ありがたい事にこの『街』の住人達は『泥の魔獣の絵の販売』などで親しみを感じてくれていた者が多かった。そんな下地もあった為に彼らとはもう気安く話せる関係にまで私達はなっている。
……まあ、中には距離感が遠いと感じる者もいるけれど、気づけばそれよりも遥かに多くの者達が好意的に接してくれる様になっていたのだ。
だが、そんな気安い会話の影には『ロム推し』と『エア推し』なる派閥(?)みたいなものが密かに存在しており──もっと言えば、それ以外にも『エアと私が揃っている状態を至高だとするカップル推し』……みたいなものまで存在しているのだという。
そして、その日の私達が気安く会話をしていたのは、まさにそんな『私とエアが揃っている事こそ至高』という捉え方をしている者達であり──そんな彼らの多くは私とエアが揃って仲良くしている姿を見ているだけで『癒される』と感じてくれているのだそうだ……。
「…………」
……だがそんな会話の中で、その日とある一人が『ポロっ』と、ふいにある言葉を口にしてしまった──
『──そう言えば!二人はいつ位にお子さんを作られる予定なんですか?お二人の子供ならきっと男の子でも女の子でも絶対に可愛いでしょうねっ!』と。
……まあ、それはどこかで聞き覚えがある言葉でもあったし、ある意味では彼らの『大好物』な内容なので、聞かれてもおかしくはないだろうとは思っていた。だから、それを咎めたりはしない。
彼らは私達の事情を全て知っている訳ではないし、当然悪気があってそれを口にした訳ではないとも分かっていた。
ただただ彼らは素直に私達が仲良く子供を抱きながら連れ添う姿を望んでくれて──『そんな光景が見られたら嬉しいな』と祝福の気持ちを込めて思ってくれただけなのだから……。
私も、それを叶えてあげられればどんなに素晴らしいかと『心』から思ったのだ……。
「…………」
……でも、残念ながらそれはできなかった。
それを成すだけの『力』が私には無いからである。
無論、エアには一切の責任はない。
私がエアに求められても、それを与える事ができないだけだ。
この身体はもうほぼほぼ『人』ではないから……『化け物』だからと……。
周りに居る者達には言えぬ事の一つなので説明は碌に出来ぬけれども、それが事実である。
……私と言う存在は、敢えて言うなら『ロムと言う名の領域』でしかない。
外側をなんとか取り繕って『人の形』を保っているが、中身はそれに準じていないのだ。
……だから、交わったとしても宿りはしない。
つまり私とエアとの間に『子供はできない』のである……。
「…………」
私の隣りにいるエアは、彼らのそんな言葉を聞いても尚、絶えず微笑みを浮かべてはいた……。
だがその『心』の中にあるのは『…………』深い沈黙であり、とても複雑な感情だったのだ。
『心が通じ合っている』とは言え、その状態を言葉で言い表すのは大変に難しいと感じる。
それは怒りでも悲しみでもなく……ただただ、その話に対してエアは『不関心』であった。
『気安い会話』な筈なのに、私がエアをそうさせてしまっているのが少しだけ辛くなる……。
「…………」
……ただ、悲観しているばかりではない。
この話を以前に私達がしたのは今からもう数十年は昔の事だし『大樹の下』で私とエアはこの話の解決も得ているのだ。
『子供』の居る居ないを、『愛の証明』にはしないのだと。
それに『運命』にて繋がり、『心』で通じ合った私達はもう『愛』以上の関係性があるのだと。
互いを想い合う事を、私達は一番大切にした──。
「…………」
……ただ、あれから色々とあったから、私もエアも変わっている部分はあるだろう。
実際、『心も身体も』きっと自分達が思っている以上に私達は変わっている筈だ。
だから、あの時に払拭したものが今になって湧き上がって来る事もまた可能性としてはある。
あの時はああ言ったが『……今では心変わりしてしまった』と、そう思う事だってあるかもしれない。
……むむむ、いや、本当はそんな事を考えるつもりなどなかったのだが、久しぶりにその言葉を聞き、勝手に私の『心』がそんな思いに囚われていた──『エアには悪い部分などなに一つもないのに、私がそれを叶えてあげられないせいで……』と、勝手に申し訳なさが募ってしまうのだ……。
──くいっ。
「ん?」
……だがそうすると、その瞬間にエアは直ぐに私の腕を引いてこちらを見上げている。
「ロム」
そして『……違うでしょ?ね?』と、『エアの心』は私の誤りとちゃんと否定してくれたのだった。
「…………」
……うむ。そうだな。謝るのは違うと私も思う。
それはあの日のエアにも私にも失礼な事だと深く反省したのだ。
昔の私達の決断を今になってなかった事にはしたくないのである。
だから──
「……私達は子供を作る気はない」
「……ええっ!!なぜですかっ!!」
「……理由は秘密だ」
「ええーっ、そんなーっ」
──私は周囲の彼らに対しても、ハッキリとそう答える事にしたのだ。……勿論、理由は秘密のまま。
まあ、当然彼らからするとその答えは予想外だったらしく、目を丸くする者も多かったが……。
それ以上の説明をするには『私の身体の事』とか、『領域』とか『精霊』とかにも関わってくる話であった為、色々と面倒だからと思い『どうかそれだけで察して欲しい』と告げ、その話を終えてしまったのだった。
……まあ、その一言で気の良い者達ならば大体は雰囲気で察してくれるだろうと、そんな風に私は高を括ってしまったのである──。
「…………」
──だがしかし、それこそが私の『失敗』となった。
それに気づいた時、もう少し周りの『気安さ』という空気感の本質を理解しておくべきだったと、私は反省する事になる……。
……と言うのも、私の『子供を作る気はない』という一言は、私達が思っていた以上に『反響と妄想』を呼ぶ事となってしまい──私とエアの知らない場所で、また勝手な『噂』を広める結果となってしまったのだ。
そして──
『泥の魔獣は子供が嫌いだったんだ』とか。
『泥の魔獣は好色家で、女にだらしないから……しない様に最初から……している』とか。
酷いものなると『私がエアに無理をさせて、その身体を好きなように弄っ……』と、そんな様々な『噂』までもが広まる事になり──。
……それをきっかけにして、それぞれの『ファン』が知らぬ間に熱い論争を繰り広げる事となっていたのである。
「…………」
──だが、最終的には話はそれだけにとどまらず、私達の見知らぬ所にてそんな『ファン』達は流血沙汰の争いも起こす様になり、『死者』までをも出してしまう事態となってしまったと言うのだ。
……それも、その『死者』と言うのはまるで──『黒雨』を浴びてしまった後の様に『全身の魔力を吸い取られ』干乾びた様な状態で発見されたのであった……。
またのお越しをお待ちしております。




