第64話 換。
『おい、あの子で良いんじゃないか?』
『馬鹿か、よく見ろ。隣に男がいるだろうが』
『ちっ、エルフかよ。気に食わねえ』
『……だが待て、どっちも需要はあるんじゃないのか?』
『ある。それもかなり高いな。男も女も、エルフは高値で売れる』
『じゃあ、あの二人組でいいんじゃないか?』
『そうだな。狙い目かもしれない』
『よく見たら"白石"だぞ?いけるだろう』
『……ああ、分かった。少し調べてみる』
街に出て、エアと二人でブラブラと歩いている。
今日は結局、何となく目についた小物関係を見るという事で決まった。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、日常で使う品や部屋のインテリアになりそうな物を探していく。
これも最近のお針子さん達のオシャレ話題で良く出て来るらしく、細工された木工品や彫金されたランタンや家具なども人気らしい。
いつだったか私も言ったが部屋はその人を映し出す鏡の様な物で、部屋が汚いとその人も汚く思われるから、ちゃんと綺麗にオシャレな飾りを付けをして、オシャレな心を持つようにしていこう、という話になっているらしい。
……なるほど、部屋を飾り付ける事で、己の心の有り様まで飾り付ける。それはとても深い話だと感心する所であるが、どことなく哲学的な気配を感じ、やはり私は難しく思った。そう言うのはあまり深く追求し過ぎると、結局は広い部屋に大きな安楽椅子一個みたいなことになるのである。経験談だ。
──閑話休題。
さてそんな、本人を外見も内面も良くしてくれるオシャレと言う分野ではあるが、良い点がある反面、間接的に悪い点あると言う事にも私は最近気づいた。
はっきりと言えばどの分野においても共通ではあるのだが、人の注意を惹くようになれば、その時は大抵、悪意も同時に引き寄せていることが多いと言う事である。
度々、言っているかもしれないが、エアはかなりの美人さんである。それはこの街に来る前からそうであり、言ってみれば最初一目会った時からそうであった。
だが、最近のエアは間違いなく成長している。魔法の技術も鬼人族としての技能も未だにちゃんと練習は重ねているし、お針子さん達と話す様になってオシャレにも関心を持つようになり精神的にもまた一つ成長した上に、それに伴い美人さん具合もまた一段階上がったなと感じさせるのである。
もちろん身内贔屓の観点は否定できない。だが、現に街中をこうして歩くときには以前よりも注目を集める様になっており、そこかしこで不穏な雰囲気を感じる事も多くなった。
ただ、それに対してエアはあまりにも無防備で無邪気である。彼女は今初めての街を心から楽しんでいた。友とも呼べるお針子さん達の存在も大きいのだろう。今は魔法もそうだが他の事にも興味が沸いて仕方がないらしい。
だが、少々その光に飲まれ過ぎているようで、暗い方の気配に疎くなっているようでもあった。
野生に身を置いている時は、常に危険が回りにあるので、幾ら気を抜いていたとしてもある一定までは緩む事が無かった警戒の部分が、ここでは一切なくなってしまっているのだ。
それに気づいた時、私はかなり頭を悩ませて考えた。これは諫めるべきなのかどうかと。
魔法使いとして、冒険者として、女性として、エアとして、どの観点かな見ても、悪意に対して警戒を持つことは悪い事ではないように思う。いっそ必要な部類だとも。
だが、今の彼女は心から楽しさを享受しているのだ。心のまま自由なままに生きている。
その姿はもしかしたら、私が一番目にしていたいと思ったエアの姿なのかもしれない。
だから、出来るだけ長く見ていたいと思うのは私の我儘だろうか。
今のエアに余計な水を差したくないという気持ちが生まれてしまっているのだ。
一応補足しておけば、この街に居る精霊の綿毛達も協力してくれて、あの手の輩の行動は殆ど筒抜けであり、私が対処すればあのどこぞの路地裏で悪だくみをしている連中の問題など、簡単に解決できる。
だが、これを経験の機会と考え、エアに対処させることで、今一度警戒の大切さを知ってもらう事も出来るのだ。
前者はエアが全力で楽しい街生活を続けられるし、後者は今一度野生を思い出し、更に成長したストイックなエアになる。……どっちがいいのだろうか。私は悩んでいる。頭が茹で上がりそうなくらい。
そんな二つの考えは、街中を歩いている今も尚、私の脳内でポカスカと喧嘩し続けていた。
魔法使いとしても、エアの更なる成長を考えるのであれば、自ずと答えは決まったようなものではあるのだろうが……。
……君達はどう思う?
『前者だな』『あんな連中ムシムシ!』『右に同じ』『私も前者で宜しいかと』
いつも通り密かについて来ていた精霊達も、やはりエアが楽しそうにしているのなら、そちらを尊重して邪魔しない方が良いだろうという考えだった。
……まったく君達は本当にしょうがない。やっぱりエアに甘すぎるのだ。過保護だぞっと。
だが、君達も私と同意見ならば、まあこんな機会はいずれまた何度でもあるだろうし、別に今経験しなくて良いかと思えてきた。よし、私がサクッと終わらせよう。
『いや、甘いのは旦那だろ!』『聞く前から答え決まってたでしょ!』『絶対に前者だった!』『過保護が過ぎますよ!』
……ちょっと何を言っているのか分からないが、そうと決まれば早速。
私は魔法を使って、悪だくみをしている連中に"まやかし"をかけた。
彼らは私のまやかしに何の抵抗もなく掛かると、みんなでお手手を繋いで、揃ってこの街の兵舎へと向かっていく。各街で犯罪を取り締まっている者達が多数居るそこならば、彼らが自主的に今までの犯行を全て正直に話しだしたら、ちゃんと捕まえてくれるだろう。
ついでに余罪や、今までの未解決事件、裏側の関係者、黒幕なども須らく白状させておいた方が良いかとも思い、何を聞かれても素直に答える様にと魔法を強めに掛けておいた。全部吐くが良い。
……勿論、私達を狙っていた事は忘れて貰っている。これでこちらに繋がる糸は何もない。
『旦那こえー』『エアちゃん狙ったから少し怒ってる?』『たぶんそう』『あの人達もう一生あのままですね』
……私は、清廉潔白な人など居ないと思っている。どんな人物でも、みんな私欲があって当然だ。
私だって、何も全ての悪を許さんとまでは言わない。『それだけの魔法の力があるなら、それを皆の為、正義の為に活かすべきだ』とかつて言われた事もあるが、そんなものは全て無視してきた。
私は聖人ではないし、私の知る聖人もただの綺麗好きな男だった。みんなそんなものである。
それに、弁えていなければ冒険者は長年務まらないのだ。私は私の守りたいものの為だけに力を使う。それ以外は知らん。
だが、その点彼らの私欲は、迷惑を広くかけ過ぎた。今回私が動いたのも、言わば降りかかる火の粉を払っただけである。
私達に牙を向けたなら、それに対処するのは野生において当然の行いだ。
この街で、彼らがどれほどの暗い部分と繋がっていて、彼らの発言でどれだけの悪が浮き彫りになって問題になろうとも、私は一向に構わないし無関心を貫くだろう。
だがもし、また少しでも私達に牙が向くようならば、その時は相応の覚悟をしておいて欲しい。
「……生憎、私は優しくないぞ」
精霊達のおかげで、既にこの街に居る悪そうな者達全てを把握している私は、まだ見えてないその相手達へ向かって、密かにそう呟いていた。
またのお越しをお待ちしております。




