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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第632話 膏火。




 目が合っただけで女性を惚れさせてしまう恐ろしき魔獣の瞳──『魔眼』……その瞳に見つめられると、どんなに熱々な関係の仲の良い恋人同士でも、女性は一瞬にして心変わりをしてしまうのだという。


 愛する嫁や恋人、娘を守りたいならば『泥の魔獣』から女を隠せ……さもなくば、奴の『魅了』によって二度とその愛は帰って来る事は無いだろう──。



「…………」



 ──そんな、なんとも『不穏な噂』が街には流れ始めていた。


 ……いや、勿論そんな『力』は私には無い。皆無である。



 だが、そんな話を本当に信じてしまった者達が中には居る訳で──その者達は実際に愛する女性達を布で覆って隠し始めたり、偶々私の姿を見つけた時にはあからさまに距離をとったり、本気の怒声を浴びせて来たり、私に対して『お願いだからうちの嫁は連れて行かないでくれ~っ!』と泣き崩れる者まで居たのであった。



 無論、『言われずとも連れていく気など微塵もないわっ!』と言いたくなる。

 ……まったく、失礼してしまうのだ。



 それに、何人かの男達は奥さんが家出をした原因までも私に擦り付けたりしてくる始末で。

 ……勿論そんな場合には『もっと奥さんを大切にしてあげなさい』とエアと二人でちゃんと懇切丁寧なお説教をしてから『ペイッ!』と、追い返してやったのである……。もうっ、本当に面倒な話だった。



 そもそも、『魔眼』なんてものが本当に存在するのかどうかさえも私は知らないのである。

 と言うか、私が『お化粧』を施され、見つめるだけで『魔眼』と呼ばれるのは普通に考えておかしいだろうと言いたい。


 それは絶対に魔法ではないろうし、良くて『おまじない』か『祈り』に近しい『何か』であった。

 ……だが、話だけ聞くとなんとも本当にそう言う『力』がありそうなのが困るところである。


 それも、伝説の『泥の魔獣』ならあるいは……と、そう考えてしまう人々の気持ちも分からなくはないし、本当に存在するのだとしたら絶対にそんなのは危うい力に決まっていると予想するのは容易い事だったのだ。



「…………」



 ……まあ、個人的にはそれよりも更に危うさを感じたのは、説教を受けている最中に私の顔を見て、ずっと嬉しそうに『ニヤニヤ』としていた男達がいた事だったのだが──まあ、そっちはあまり深く考えないでおこうと思う。『狙われている?』だなんて、きっと私の気のせいなのだ。



 それに、そんな事よりも──



「……しっぱいしたーっ、考えてみればロムを女王様にしても、バレたらこうなる事を予想しておくべきだったっ!最近じゃ男の人(・・・)でも女の人でもみんなしてロムを狙ってる気がするっ!もうっ!!──あーでもロムッ、今日も化粧しなきゃだからこっち向いてねっ!はい……うんっ!今日も一番綺麗っ!よしッ!さあ、訓練に行こうっ!」


「…………うむ」



 ──と、こんな状態ではあるけれども、『依頼』は続けなければけない為に、私達は今日も『強化訓練』の為に足を運ぶのであった。……ん?今なにか、エアの言葉の中にも聞き逃せない部分があったような。……いや、気のせいかな?



 だが、なんとも不思議な事にこんな『噂』が広まってからの日々を、普通に『エアの心』は悩ましくもありながらが楽しめているのは非常に良い事だと私は思った。……いや寧ろ、いつもより活き活きとしている部分がある様にも思う。



 ……そんな『音色』がエアから伝わってくるのだ。



 こうして私に化粧を施してくれている最中も、そして街に出てから私の『サポート役・エーさん』として傍で活躍している間も、『ロムを守っている』という事に対して『誇らしい気持ち』──とでも言えば良いのか、『充実感』に近しい感覚をエアが抱いているのが私にも伝わってきたのである。



 そして、一番の強敵揃いとも言える『強化訓練』の時間には、訪れた女性冒険者や魔術師達とここ最近は毎日『ギャーギャー』と騒がしく言い争ったり、時には近接戦闘でバチバチにぶつかり合ったりもしていた……。



「…………」



 エアは、こんな日々が非常に無性に楽しいらしい。

 積極的に私へと迫ってくる様になった女性達は本気で近付いて来るし、そんな女性達から私を守る為にエアも本気で防いでくれているのだ。



 そして、エアは『訓練』と言いながらも、ほぼ実戦形式での『戦闘』を毎日行っているので、なんとも濃密な時間を過ごしていた。



 『えっ?ロムとお話したいの?……なら、わたしを倒す事が出来たら良いよっ!』と。



 ──確か、戦いの口火となったのはそんな一言だったように思う。


 そして、それからは女性達が私に過激に迫ろうとする度、訓練もまた激しさを増していくので──。



 『えっ?ロムに触りたい?……なら、わたしの魔法を全部回避出来たらねっ!』と。


 『えっ?ロムにき、キスがしたい?……は?そんな事は一度でもわたしに膝をつかせて言ってみなさいよっ!』と。



 『えっ?ロムと一晩?……そんな事させる訳にはいくかーーっ!!ロムを一番愛しているのはわたしなんだぁあああーーー!!』と──そんな感じで、毎日毎日エア達ははしゃぎ続けていたのだった。



「…………」



 ……エアがこう言う感じになるのを久しぶりに見た気がするのだ。

 一緒の時間を過ごす様になってから五十年以上にはなるが、長命種であるエアの見た目は未だに『人の二十歳くらい』とそう大差ない様にも見える。



 だから、訪れた女性達とも基本的には良い意味で同等にやりあえているのが、傍目に視ていてとても微笑ましく感じられたのだった。



 ……うむ。なんというのか、とても仲が良さそうである。

 そして、実際に本気と本気がぶつかり合う良き訓練にもなっているのが尚更に素晴らしく感じたのだ。



 基本的に、エアは容赦のないギリギリの戦いを強いているので、女性達の成長も著しいのである。

 ……正直、途中からは『裏の目的』も忘れて、皆して『表の目的』に夢中になっている様にも感じた。



 集まった女性達が選りすぐりの面々だと言うのは事前情報に偽りなかったのか、戦いが始まるとちゃんと集中できているのがまた良いのである……。



 ──ただ、そんな彼女達に対して、エア本人は未だに『絶対にロムは守るっ!』という固い決意のもと、『運命は信じているけど、でもやっぱりやきもちはしてしまう──なら、わたしは全力でやきもちを妬いてやるんだっ!!』という、そんな複雑な想いを抱いているのがまたなんとも、もどかしくもあり……。



「…………」



 ……そんなエアにまた一層と、私は愛おしさを感じてしまうのだった。


 無論、そんな私の気持ちもエア本人にはちゃんと伝わっているのだが──エアからすると『あの子達は本気でロムを狙っている様にしか見えないっ!』という事なので、私としてはその様子を邪魔せずに静かに見守る事にしたのであった──。





またのお越しをお待ちしております。

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