第63話 美。
「それじゃあ、ギルドへ報告をお願いします」
仕事の斡旋を受けてから大体一か月が経とうとしていた。
冒険者が街中で働く場合、仕事によってそれぞれ期間は異なるが、大凡この位で一度報告の為に赴かなければいけないらしい。
纏め役の女性であるオーナーの話によると既に手紙で私達の評価は送ってあるそうで、あとは私達の意思を確認するだけのようだ。
『事前にお話した通りに、何をしたかの詳細は書かず、やる気の面だけ報告しておきました。通常とほぼ一緒で他の冒険者さん達が来た時と変わらない内容にしてあります。……なので、来月もぜひうちに来ていただけると助かります──』
──と、実はその手紙の内容も既にオーナーと話し合い済みだったりする。やはり私は昔の癖が抜けないのか、あまり能力についてペラペラと吹聴する事、される事を好まない。出来るだけ隠せるなら隠したいと思い、オーナーと取引をした際に秘密にするように契約しておいた。対価は私達が来月もここで働くことである。
エアとも話したが、暫くは此処で働き続けるのも良いかと私も思い始めていた。狩りではなくても、冒険者生活には面白いものが他にもあるのだと知れて、思ってたよりも新鮮な気持ちで私も働けている。
ギルドへと到着した私たちは、『新人用窓口』と書かれた場所へと向かった。
ランクが『白石』の間はずっとこの窓口で良いらしい。次のランクである『青石』になると他の冒険者達と同じ向こうの窓口での対応となり、一応言うとその次の『緑石』のランクにまでならないと狩りも推奨されないのだとか。
まだまだ先の事のように感じるが、私とエアはなんとなく現状の『白石』で満足しかけてしまっているので、そう焦っても居ない。耳長族である私も、鬼人族であるエアも普通の人よりはだいぶ寿命も長く、気長にランクを上げていけばいいだろうの精神になってしまった。
窓口に着き、オーナーからギルドの窓口に渡すように言われていた報告書の一部を受付嬢へと手渡す。報告書はペラ紙一枚であった。その内容は簡単に言ってしまえば私とエアのお給金についてである。こちらも標準的な金額で構わないとオーナーとは相談済みだ。
受付嬢は報告書を受け取ると、一度奥へと行き、事前に送られて来たであろう手紙と一緒に戻ってきた。報告書と手紙、その両方へとしっかり目を通すと、彼女は私とエアに幾つかの質問をしてくる。
要は『一か月経ちますけど、調子はどうですか?』『何か問題はありませんでしたか?』『このまま同じ所へ斡旋継続で宜しいですか?』という感じであった。
世間話を含みながらだったので、多少は長く感じたが、私がそれぞれ、『調子は良好』、『問題ない』、『継続で頼む』、と短く答えると受付嬢も満足そうに頷き、手続き自体は直ぐに終わった。私達は一月分のお給金として銀貨が入った小袋一つずつ渡されて窓口を去る。これで全て完了であった。
「ロム、はいっ!」
「ん?」
すると、手渡された銀貨入り小袋をエアが私へと向けてくる。その顔はさも当然といった風であった。
おそらく服もご飯も私が用意しているので、稼いだお金は私に管理を委ねるものだと思っていたのかもしれない。
ただ、私の方としてはこれはエアが稼いだのだから、それはエアのものとして使って欲しいと私は思っている。
……だが、このまま全てをエアに返したら、それは折角の今のエアの気持ちを無視する事になるので、私は小袋の中から一枚だけ銀貨を取り出し、『これで充分だから、あとはエアのお小遣いにするといい』と言ってエアに小袋を返した。
エアは『それで良いの?』と最初は少し納得がいかない顔もしたが、私が頷き銀貨をフリフリとしてちゃんと貰った事を示すと、一応は気持ちの落としどころを得たのか、お気に入りの古かばんにちゃんと小袋を仕舞って、嬉しそうに笑うのであった。なんでもそうだが、頑張った成果がこうして形になって返って来るというのは誰でも嬉しく感じるものである。
それに今度、この前のお針子の女の子と休日が揃ったら一緒に食事に行こうと約束していたのを、私は自称情報通からちゃんと耳にしているので、存分に楽しんで来てほしいと私は思った。
エアなら一度の食事で全部のお給金を使い切ってしまう可能性もあるが、お金の計算もちゃんとできるし最近では外食する際に値段に注意を払う事も覚えたので、おそらくは大丈夫だろうとは思っている。……もし足りなくなった時には、私が裏からサッと駆け付けて払う準備も既に整っている。
『白石』である間はギルドにそれ以外の用事もないので、また街中をブラブラとしようかと私達は計画を立てる。最近では近場の食事処は大体制覇してしまったので、もう少し足を延ばしてみようか、それとも今日は食事処以外にも目を向けてみようかという、そんな内容であった。
エアは最近、お針子さん達と話をするようになって服以外にも段々と興味を持つようになってきた。
特にアクセサリー関係にはお針子さん達の熱意も高いらしく、『この服にはこんなアクセサリーが合うんじゃないか』、『こんなドレスにはこんな宝石があると良いと思う』と言った話題になると、彼女たちは永遠と喋り続ける事が出来るらしい。大好きなんだそうだ。
エアも最初はただ聞いているだけであったのだが、段々と彼女たちの影響を受け、今では自分の持っている服とアクセサリーを毎日どうしようかと楽しそうに悩んで選ぶようにもなった。
唯一『毒耐性』のついた木製リングだけは常にエアの右手の人差し指に装備されているが、それ以外のアクセサリーは気分によって毎日なんかしら変化している。これが友(淑女)の言っていたオシャレと言うやつなのだろう。私にはまだ難しい分野ではあるが、楽しそうにしているエアの姿が見られるだけで心は癒された。
……因みに、エアが良く着けるアクセサリーの中で良く登場するのが、『第二回指輪イベント』の勝者の作品だったりする。
実はそれ、エアが普段から『かーくんリング』と呼んでいる指輪で、『旦那っ!何故か帰ったらみんなからニヤニヤされるんだがッ!』と、この前寂しそうにしていたのでハグして元気づけたら、翌日プリプリと文句を言ってきた彼、あのいつもの火の精霊が作った渾身の作品であった。
男前な火の精霊職人集団の中でも、一見して特にガサツな雰囲気があるのだが、その時の彼が作った作品は、とんでもなく可愛らしい薄いピンク色の繊細な細工が入った小指用の指輪で、まーー素晴らしかった。そのあまりの出来栄えに、周りの精霊達も見て即負けを認める程である。
思わずエアもその色合いと形に惹き込まれてしまい、その後の彼女の火のイメージが一変してしまう程であった。元々エアが『天元』で火の魔素を通すと、髪は"真っ赤"に変化していたのだが、今ではその指輪とほぼ同じ"薄桃色"になってしまう程に、衝撃を与えた逸品なのである。……オシャレとは凄いものだ。
──当然その時から、私の人生経験にはこう新たな教訓が刻まれる事となった。
『オシャレのもつ力とは、まるで魔力の要らない魔法である』と。
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