第624話 立待。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「…………」
世の中、どんな『繋がり』が活きるか分からないものだと、近頃はまたしみじみとそう思った。
その感覚は自分の直接的な『力』ではないからか、とてもあやふやで不安なものにも感じられる。
……だがそんな『繋がり』を通じる事によって、私達は確かな前進とより大きな一歩を踏み出す事が出来たのだった。
少しだけ近況を語ると、最初は何か企みでもあるのかと疑っていた魔術師ギルドのギルドマスターが予想外に協力的で私達の事を助けてくれたのだ。
……正直、彼は何かしら私達に対して攻撃を仕掛けて来るものだとばかり思っていたのだが、数日経っても数か月経っても、一向に何も仕掛けて来る事はなかったのである。
それどころか彼は、ただただ私達との対話を求めた。
己の問いたい事を思う存分に尋ね、己の知的好奇心を満たす事に没頭したのである。
そして、そこで知り得た情報の中から、彼は差支えの無い部分を『仲間達』へと共有し始めたのだ。
簡単に言えば、その『仲間達』が予想よりも大勢いた為、結果的に私達は『良い意味で目立つ』事ができたと言う、そんな話であった……。
「…………」
ただ、それ以外にも彼は私によく似た『魔物』である『黒き白銀』を正式に『黒雨の魔獣』であると定め、その名で呼ぶようにと各地の魔術師ギルドと冒険者ギルドに通達も出してくれたのである。
そのおかげで、今は一部地域以外『泥の魔獣』の仕業とされていた『災い』が『黒雨の魔獣』の仕業であると周知され、改められる事にもなったらしい……。
無論、未だに『黒雨の魔獣』と『泥の魔獣』の同一説を信じる者達なども居るらしいのだが、それもかなり減少傾向にはあるそうだ。
おかげで私はもう仮面無しで普通に街を歩いても『悪い騒がれ方』をされる心配もなくなったのである。
……まあ、その代わりと言っては難だが──
「泥の魔獣さーーーん!!こっち見てーーーッ!」
「…………」
「キャアアアアアーーっ!!ほんとに見てくれたーーっ!!」
──と、こういう機会は増える事となった……。
だがまあ、これを『良い目立ち方をしている』とは思えないが、私達にとっては決して悪いものではない事も確かではあったのだ。少なからず『嫌われている訳ではない』と言うのが分かるだけで随分と『心』は軽くなった……。
「あっ!いいなーーっ!こっちもーー!こっちもーーっ!!」
「おーーい!泥の魔獣ーー!昨日は助かったぞーー!また依頼出すからな明日も来てくれよーー!」
「あっ、ずるーーいっ!こっちだって泥の魔獣さんに指名依頼出したいのにっ!!」
「わっはっはっ、悪いなっ!こちとら知り合いなんでなっ!」
「…………」
こうして、普通に街を歩いているだけでも誰かしらから声をかけられる事が多くなった。
……因みに今、語尾のおかしな所が治ったばかりの『吾輩』が一緒に居た気もするのだが、まあそちらについては深く気にしないでおこうと思う。
あと、こうして声をかけてくれる者達の大部分は冒険者ギルドで『泥の魔獣の絵』を購入した事がある者達らしい。
何を隠そう魔術師ギルドのギルドマスターが言っていた『仲間達』もまさにそんな『絵の購入者達』ばかりだったそうだ……正直、それを聞いた時には少しだけ驚きも覚えたのだ。
ただ、そんな『魔物達の絵の販売』に関しても近頃は少々変化が生じており、『黒雨の魔獣』と『泥の魔獣』が正式に分かれた事によって、何やらそちらにも新たな派閥的な関係性が生まれたとかなんとか……そんな話も聞いたのである。
更には、それぞれのファンによる喧嘩も起きて、言い合いで泣いた者達が沢山出たとかいう話も……。
はたまた、『黒雨と泥の魔獣』の二人がセットになっている絵も販売されて、それが逆に爆発的な人気をあげているとかなんとか……。
まあそんな感じで、一応は盛り上がっているらしいのである。
……実際、それぞれのファン同士で発生したと言う言い争いも、本当は購買欲を煽る為の冒険者ギルドの流した噂だったとか、そう言う話もあったりしたのだ……。
「…………」
……うんまあ、正直私としてはかなり複雑な心境である事は言うまでもない。
そもそも見た目は瓜二つかもしれないが、普通に私の方は『耳長族』だと個人的には思っているのだが……。
『泥の魔獣』としての名が広まってしまった弊害と言えるのだろうか。既に私は『魔物の特殊個体』的な扱い方をされてしまって、それがそのまま定着してしまったのだった。
ただ、それ以外の実害など殆どないし、限りなく私も『人』ではないのは確かなのだから、あながち間違いではないのが否定し辛い所なのである。
それに、そもそもあの『魔物の絵』がどうしてここまで人気を博しているのかと言うと、実はそこにもちゃんとした理由があるそうで──私とエアは魔術師ギルドのギルドマスターからその話を聞かせて貰う事が出来たのだった……。
「…………」
……とは言え、別に面白い話があると言う訳ではない。
ただ、私達がこの街へと来るまでの間に、『黒雨の魔獣』が飲み込んで滅ぼした国が幾つかあったそうなのだが、その中にこの国の敵国があったと言う、ただそれだけの話なのだ。
伝聞でしかないが、その滅んだ敵国の脅威はこの街を大きく蝕んでいたらしい。
それも『国力』を背景に、半ば武力で一方的な搾取を受けるに近しい状況となっていて、その敵国が滅びるまでは、こちらの国はとても苦しい状況と悲惨な生活の連続だったそうだ。
だから、この国とこの街の者達からすると『魔物』だとは言え『黒雨の魔獣』の行った行為は『救い』であると感じたらしいのである。
……無論、『敵の敵は味方』みたいな感じになっただけだし、『魔物』の標的がたまたまあっちに向いたからこっちが無事だっただけの話だという事も十分には理解も出来ているのだとか……。
「…………」
……ただ、それでもやっぱり助かったのは事実だからと、感謝せずにはいられなかったのだと言う。
そして、偶々それがまだ『泥の魔獣』と『黒雨の魔獣』の区別がついて無い頃の話だったからこそ……『泥の魔獣』の恩恵なのだと人々は信じたそうだ。
──要は、一応は古くから伝わる伝説の魔獣の仕業であると言う話が広まり、それもその魔獣は実は『闇落ちした一人のエルフ』であると言う話を聞けば、人々の中には色々な想像が膨らんだらしいのである。
ある者は『泥の魔獣は未だ正義の心を残しており、悪しき国を退治してくれたのだ』と思い描き。
またある者は『泥の魔獣は聖人を求めてひたすらに色んな場所を彷徨っているのだ』と空想したのだ。
かの伝説の魔獣には、『聖人』と触れ合う事で心変わりをし、新たに生まれ変わったのだと言う有名な逸話もある。
言わば『再誕』の象徴的な見方もあったのだとは思うのだが──苦しい生活が終わり、これからまた生まれ変わろうとしているこの国やこの街の者達にとっては、その話が凄く『心』に響いたのだと言う……。
「…………」
そして、冒険者ギルドも粋な事をしたと言えるのだろうか──まあ、実際には色々と別の思惑があった事は確かなのだが──試しに始めてみた『泥の魔獣の絵の販売』が思ったよりも流行った為に、大きな『利』を得る事にも繋がってウハウハ状態なのだとか。
そんな訳で、あの絵が人気になった背景には、当然絵の出来栄えが良かった事などもあるのだろうが、その背景にはそんな事情が複雑に絡んでの事だったらしいのである……。
『絵を買えば、生まれ変われるのだ』と……まあ、そんな話を本気にする訳でもないのだろうが、一部ではちょっとしたお守りくらいにしてはいいと思える『縁起物』となったそうだ。
恐らくだが、既にあの絵にはもうそんな『小さなおまじない』がかかっていたのだと思う……。
「…………」
無論、後々になって敵国を滅ぼしたのは別の『魔物』の仕業だったと知った大衆は驚きもしたらしい。
だが、その時には既にかなり流行っている状態だったし……聞けば『顔もほぼそっくり』だという話で、まあ似た様なものなのだろう!という事で結局は受け入れられてしまったのだ。
まあ、当然の様に敵国側からすると『災いを振り撒く存在』として以前よりも一層の悪評が広まっている所があるらしいのだが……そればかりはもうどうしようもない話でもあった。
正直、そんな話を聞かされた私としてはこれまた微妙な心境になってはしまう訳だが。
……深く恨まれたとしても気にしない事にしたのである。
ただ、逆に感謝されたり拝まれたりしても『魔獣違い』でしかないので反応にも困ったのだ。
そもそも、その『黒雨の魔獣』と一緒にされるのは嬉しくない。
でも、既にこの街の者達にとっては『縁起物』となってしまっているので、それを公に否定するのはちょっと気が引けるという、そんな感覚なのであった。
「…………」
……まあ、そんな訳で何とも複雑な感情は抱きつつも、とりあえずは今日もトコトコと街を歩きながら『良い意味で目立つ為に』エアと共に更なる成果を目指して依頼をこなしているのである。
因みに、魔術師ギルドのマスターが私達に協力的だったのは──後々本音の本音を訊ねたところ、冒険者ギルドばかりが『利』を得ている状況が凄く羨ましかったから、だそうだ。
……まあ、なんとも俗物的な話ではあるけれども、分かる気はするのである。
なので、最初に私達に対して魔術師ギルドに呼び出した時は、変に『詠唱魔法だとは認めない!』とか言って、理不尽な突っかかり方をしてしまったのもそんな不機嫌な心境が少なからず影響してしまったが故なのだと……。
一応、冒険者ギルドからの情報で『泥の魔獣が来る』とは事前に聞いていたそうなのだが、あの時は変なスイッチが入ってしまったのだとギルドマスターは後日反省して謝ってくれたのだった。
無論、既に気にしていなかったので私もエアも直ぐに謝罪を受け入れたのだ。
と言うか、途中からギルドマスターの方も、私とエアの『力』を目の前で感じて──『あっ、これは下手な対応したらガチでやばい奴らだ』と気づき、冷汗と震えが止まらなくなっていたのだとか。
『正直、あの時は何とか話を逸らすのに必死だったんだっ!』と、後々聞いてエアがその話に凄く笑っていたのが私も印象的であった……。
「…………」
……とまあ、なんにしてもそんな感じで、ここ暫くはとても平和な時間を過ごしていた訳なのである。
だが、それがなんと今日の朝くらいになって、一つとある重大な異変が起きている事に、私はまたもや気づいてしまったのだった──。
またのお越しをお待ちしております。




