第623話 怪奇。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
鷹の目の様な鋭い目つきを黒いとんがり帽子の下から覗かせ、椅子に深く腰掛け足を組む壮年の男性──この街の魔術師ギルドのギルドマスター──は、私達の説明を聞くと『震える木漏れ日』を『詠唱魔法』だとは認めないと告げてきたのだ……。
彼曰く『……え?詠唱してないよね?音の隔てりに意味を与えて魔法にしているとか意味わかんないんだけど?てか、君達感覚派でしょ?困るんだよね~、こっちの領分にまで茶々入れられるのはさ~』と、いう事らしい。
……その目付きの鋭さと比べると、彼の口調はだいぶ軽く感じた。
「…………」
……ただまあ、そんな彼の言い分も少しは分かるのだ。
そもそも私も、魔術師ギルドにあまり近寄らない様にしていたのはそう言う意味合いが強かった。
魔法使いの世界では『詠唱派』の者達が大多数を占めているが、その最たる場所でもあるこの魔術師ギルドで、『感覚派』の色を出し過ぎるとこういう風な事になる事をこれまでの人生で何度も経験してきたからである。
だから、こういう場所においては『感覚派だ、詠唱派だ』と言った話はなるべくは控える様にしていた。
正直、同じ魔法使いとしてはどんな魔法を使おうが私は全く気にしないのだが……。
世の中にはそうは思わない者も沢山居ると言う話でもある。
自分達の『力』に誇り高いが故に、なのか──『詠唱派』か否か、『血筋や家柄』が良いか悪いか、『詠唱派』の中でも更にはどんな術式に傾倒しているか等で、魔法使いの『貴賤や優劣』を定めてしまう風潮がある事は知ってはいた。
だからまあ、そんな決めつけに巻き込まれるのは面倒だと思い、極力魔術師ギルドには近寄らない様にしていたし、こういう用事がある時以外は顔も出さなかったのである。
……簡単に言うと、私としてはそんな者達に関わるのが嫌なだけで『詠唱魔法』を否定するつもりは全くなかったのだ。
「…………」
……だが、それなのに此度は特に酷い巻き込まれ方をしているとは思う。
寧ろ、私達が『感覚派』と言うだけでこういう対応をされている気すらした。
これならば、少々語尾がおかしな事になっていても最初から『吾輩』が『登録』に来た方が話はスムーズに済んでいたかもしれない。
まあ、ギルドマスター側からすると今は自分達の領域に私達が土足で踏み込んできた様に感じている状態なのかもしれないとは思う……。
基本的に、既得権益を過剰に意識し過ぎている者が居る場合だと、外敵への排除がこうして過剰になり過ぎる事は良くある話なのだ……。
「…………」
ただまあ、それを理解してても今回のは正直無茶が過ぎるとは思う……。
『震える木漏れ日』が『詠唱魔法ではない』というのはあまりにも暴論が過ぎると感じたのだ。
私とエアは『感覚派』だからこそ逆にこれが『詠唱魔法』に属するものだと分かるが……。
『詠唱派』の彼らはそれを『詠唱』だとは認められない何かが確かにあるのだろうか?
……無論、この魔法が『あまりにも危険なものだから……』という考えを前提にして、『登録阻止をしたいが故に』という思惑からこうした話を吹っかけているのであればまだ、筋は通るのだが。
高位の魔法使いならば、話を聞いただけでも『震える木漏れ日』という術式がとんでもなく危うい事は理解が出来ただろう……。
だからこそ、彼らはそれを大衆に広める訳にはいかないと思って、こんな手を態々使ったのかもしれない……と。
「…………」
……だが、もしそうならば最初からそう言ってくれればいいだけの話ではあった。
なのに、なぜそうしない?何故態々こんな面倒な対応をとるのだ?その理由はいったいなんだ?
「……ロム」
──ん?いや、そうか……なるほど……。
その時、隣にいるエアの声と共に『心』も伝わって来て、私は遅まきながら目の前に対面している男性の異変に気が付いたのだった。
と言うのも、エアに言われなければ気づかない程の小さな異変ではあったのだが……よく視ると、彼の身体は小さな震えを帯びていたのである。
先ほどまではそんな様子はなかったのに、何かを我慢でもしているのかと思える様な反応だった。
……いや、そもそも『拘束する』と告げてから一向にそれをしてくる気配もないし、先の軽い口調も思えば彼の風貌に合わなさ過ぎる気もしてきたのである。
本来は威厳たっぷりに落ち着いた話し方をしそうな人物が、今だけはそうではないおちゃらけた話し方をしている……そんな風に感じた。
まあ、勿論普段の彼がどんななのかを全く知らない為、これはそう感じたと言うだけの話なのだが……きっとそこまで大きく外れてはいないだろうなとは思ったのである。
「…………」
「…………」
「…………」
……という事はつまり、『そう言う風にせざるを得ない何らかの理由が今はある』と言う話であって、そしてそれを思うと──今更なのだが、彼は恐らく『気付いているのだろう?』という話にも繋がって来るのであった。
──要は、彼は私が『泥の魔獣』である事を知っている存在なのだ。
……何気に、これまでずっと気づかれないし何も言われもしないから着けっぱなしだった訳だが──敢えて『木の仮面』も外してみて、魔術師ギルドのギルドマスターに私の顔も晒してみたのである。
『──ビクッ!?!?』
……すると案の定と言うか、その瞬間の彼の腰は飛んで浮かび兼ねない程の驚きを見せ、今まで見てきた中で一番『人』が驚愕する姿を私達へと見せてくれたのだった。
無論それは『本物の化け物』を目にしてしまった時の『人』の自然な姿に近しくも思える……。
彼が過剰にも警戒して排除したかったのは『感覚派』でも『震える木漏れ日』でもなく、そもそも『泥の魔獣』であったのだと言う……ただそれだけの話である様に感じた。
だが、なるほど。
まあ、冒険者ギルドの受付近くでは態々『魔獣の絵の販売』をしている位だ。
それならば、ある意味こちらの魔術師ギルドでも嫌という位に私の顔にも見覚えがあったのだろう。
……内心、『なんで冒険者ギルドの者達は誰も気づかないのだ?』と、何度も思っていた事でもあった。
まあ、それを考えれば魔術師ギルドのこの反応の方が普通なのである。
……ただ、こうなってしまうと普通に正体がバレてしまった状況であり、この後の彼の対応次第では私達も大きく行動を変えなければいけなくなった。
よって自然と、私達は警戒を強めたのである──。
「──ど、『泥の魔獣』に関して、分からない事が幾つもある。あ、争う気はない……ただそ、それを、き聞かせてもらい──くっ、緊張で言葉がままならぬか。……いや、とにかく聞かせて欲しい事があるんだ。それを聞けさえすれば、君達の事も、此度の『震える木漏れ日』なる魔法についても、俺は余計な関与をしないと『約束』もする……それでどうだろうか?」
「……ほう」
──だがそうすると、私達が思っていたのとは少し異なる斜め上の回答が彼からは返って来たのだ。
自身の震えが抑えきれるものではないと自覚した途端、魔術師ギルドのギルドマスターは突然そんな事を言い始める。……ふむ、ただ会話の風向きとしては私達に対して逆風と言う訳でもないらしい。
それにどうやら先ほどまでの会話も、全ては私達に対する『駆け引き?』みたいなもの……だったらしいのである。
……正直、それはよく分からなかった。
『どういう駆け引きだったんだ?』とは思わざるを得ないが、『詠唱派』だとか『感覚派』だとか、そう言う事には本心ではなかったらしい。
更には『震える木漏れ日』についても大して思う所はなかったのだと言う……。
……ふむ?でも、そうなると明らかに怪しく思えて来たのである……。
なんとなくだが、何か別の思惑が腹の中にはあるんじゃないかと、そう思えてしまったのだ……。
「…………」
……ただ、彼の発言を信じるのであれば、少々思い違いをしていただけの話であるらしい。
彼の本音とする部分ではあくまでも『自身の好奇心を満たしたいが故』の事で、直接会って『化け物』とまで言われる程の凄い魔法使いを招き、色々と話を聞いてみたかっただけなのだとか……。
まあ、それはそれで何とも面倒で失礼な話だとは思うが……。
うーむ、尚更に急場を取り繕うだけの様にも見えて、怪しく思えてしまうが……。
逆に怪し過ぎて怪しくなくなっても来たのである。
こんなにあからさまが過ぎる事ってあるのだろうか?……いや、だが、むむむ?
「…………」
……でもまあそう言う事であるならば、一応の納得はしてみても良いのかもしれないと、途中で私は思ったのだ。
もし何らかの思惑があっても、私達であればどうにでもできるだろうと……。
そもそも、悪い意味で騒がれずに、良い意味で目立てれば、私達としてはただそれだけでいい。
なので、ここで彼と友好的な会話を進める事で『泥の魔獣』のイメージ改善に少しでも繋がればと考えた……。
無論、ひいては似た風貌をしていると言う『黒き白銀』に傷つけられそうな『私の名誉の保護?』にもなればと、そう思ったからである。
まあ、なんとも小難しい話にも思えるが、エアがそうしたいと思ってくれた『名誉回復』は素直に嬉しいし、私達はその目的を達成する為にここまで来たのでそれに準じた行動するのみだと思考を単純に切り替えたのだった。
……何かあればその時にどうにかすればいいのだと。
「…………」
内心、『話をしたいだけなら普通に誘ってくれれば良かったのに……』とも思った。
……それに私の正体に気づくなら、『絵の販売』までしていた冒険者ギルドの方が良かったのにと。
と言うか、ここまでくると逆に向こうが気づく気配もないのが少し不審にも思えてきたのである。
……あれではまるで、敢えて気付かないフリでもしているのかの様だと。
そもそも、着け心地が良かったから忘れていたが『木のお面』をそのまま着けっぱなしにしていた私は言うまでもなくどう見ても怪しい風貌なのである……。
それなのに、よくもまあ冒険者ギルドはそのまま依頼を斡旋してくれたものだと思った……。
いや、正直私達からするとその方が素直に助かる話だったし、昔から冒険者ギルドのこう言う良い意味で杜撰な部分には逆に好感も抱いてはいるのだが──。
「…………」
──まあ、なんとも言えない複雑な気分には自然となってしまうのだった。
……上手く言葉で説明し難いけれども、私だけではなく周りの者達も『演技』という名の仮面を被っていたのだろうかと。
ただまあ、とりあえずは警戒だけしておき、騒ぎにならない事を先ずは良しとして──世間を騒がしている魔獣と話が出来る絶好の機会を得られそうだと武者震いに似た興奮をしている魔術師ギルドのギルドマスターと、ちょっとしたお話に興じる事になったのであった。
そう言えば彼も、よくよく考えれば私利私欲で好き放題やっているとも言えるのだが……。
まあ、こちらも魔法使いらしいと言えばらしいとも言えるのだろうか……?
ただ、なんにしても一応は穏便かつ友好的に終えられそうなので、私達はそのまま彼の要求に応じてしまう事にしたのであった……。
「……それで?聞きたい事とは?」
「──おおっ!!教えて貰えるのかっ!いえ、教えて頂けるのですかっ!!」
「……は、話せる範囲の事であれば、な」
「おおおっ!それではまずっ、えっと何からがいいかっ、し、しばしお待ちをっ。えっと、そうだな──」
「……ふふっ」
……ただそうすると、その日から魔術師ギルドのギルドマスターと私達はひょんなことからちょくちょくと会話する様な関係へと至り、思ったよりものんびりとした日々を過ごす事が出来る様になったのだった。
『人との繋がり』を考えるならば、こうやって普通に自分の事を話す機会があったのは、もしかしたらとても意味がある行為だったのかもしれないと、今更ながらに思う。
……まあ、目の前の彼の様に完全に興味関心だけをもって接してくれる存在は非常に稀有だとは思うが、それでも今の私達にとっては中々に得難い経験となったのであった。
「…………」
……そうして、結果的にはこれが良い方へも転ぶ事となり、少々の面倒さは感じつつも『良い意味での目立ち方をする』という私達の当初の作戦はこの後着実に進んでいく事になったのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




