第622話 音間。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『震える木漏れ日』は既に『登録済みの詠唱魔法である』と……。
「…………」
それを聞いた私は、数秒停滞した後──直ぐに思考を切り替え『吾輩』との先の話し合い、彼の様子、魔法使いとしての彼の技量、実際に彼が『震える木漏れ日』を使った時の事など……そんな色々を思い出しながらコネコネと頭の中で混ぜ合わせた結果──。
『……うむ、無いな』と思ったのだ。
私の判断でしかないが、彼は登録された魔法をさも自分の物であるかのように語るだけの模倣者には思えなかった。
実際、難度の高いこの魔法を扱える事こそが『震える木漏れ日』の制作者でもある事の証明の様なものでもある。まだ『声』でしか出来ないけれども、現状でも既に偉業に近いのだ。
なので、私はその考えをエアと受付の女性にも語ってみたのである。
『彼が制作者であることは間違いない。だから逆にそちらの既存の魔法の方について教えて欲しい』と。
……すると、少々の金額を払った後に教えて貰った情報によれば、どうやらその『登録されている方』の魔法はまず『震える木漏れ日』とは別の名称であることが分かったのだ。
ただ、その効果に焦点をあててみると──確かに、関連するものは限りなく『震える木漏れ日』とも近しく感じられもする為、受付の女性も『震える木漏れ日』が既にある『登録された方の魔法』の二番煎じであると捉えてしまったらしい……。
因みに、既存の『登録済みの魔法』は名を『詠唱魔法──裏間詠法』と呼ぶものだそうで……『二重詠唱』などにも関連する正式な術式の一つとして既に広まっているのだと言う。
一応こちらも簡単に説明しておくと、『詠唱』の言葉と言葉の合間、その『間』を使い、それ自体を言葉として捉え『詠唱』の係りとして使うのだそうだ。……うむ、正直よく分からぬな。
──ただ、要は『二重詠唱』にも良く用いられる『掛詞』(かけことば)という技法の一つで。
もっと言えば、一つの言葉に二つの意味を持たせる技法の、『繋がり』を意味するものとして『間』を特別に扱うのが『裏間泳法』のコツ?らしいのである。
なので『本来は意味の無い筈のものに、意味を持たせる技』……とでも言えばいいのだろうか。
魔力によって『詠唱』に一工夫を加え、その『間』を介して前後の言葉を繋げたり、最初と最後の意味を繋げたり、『何も無いからこそ』逆に行き来し易い『自由な空間』として扱っているそうなのだ……。
「…………」
ま、まあ、私は『感覚派』なので、正直ちょっとそう言う小難しい事はあまり気にしないのだが……。
『詠唱魔法』の使い手は、毎回魔法を使う度にこう言う難しい事を考えながら魔法を使っているのかと思うと驚きを覚えるばかりであった……。
……ただまあ、なんにしても『言葉と言葉の間に意味を持たせる』という部分において、『吾輩』の語尾(音の震え)に意味を与える技と近しいと判断されてしまっただけの話であったらしい。
ならば、もう少し詳しく説明する事で受付の女性には『震える木漏れ日』と『裏間詠法』が互いに『似て非なるもの』であることを簡単に理解して貰えると思ったのだ。
……前者は『音』に関わるものであり、後者は『空間』に関わるもの。
だから、その違いは明確であろうと。
「……な、なるほど?」
……とまあ、実際はその受付の女性からしても『音程』という言葉は分かっていても理解はし難かったようで、『音の震えに意味を持たせる?』と言われても正直あまりピンとは来なかったそうだが──最終的にはなんとか理解して貰って、どうにか登録もして貰えたのだった。よかったよかった。
「…………」
──ただ、そうして『吾輩』に頼まれた『登録』はその日に済んで帰れはしたのだけれども……後日、私達は再度魔術師ギルドに呼び出される事となり、そこで今度は魔術師ギルドのギルドマスターと対面して、改めて『震える木漏れ日』についての説明を問われる事になったのだった。
……それも、その説明では──
『……ダメだな。こんなものを『詠唱魔法』だとは認められない。勿論、登録も取り消しだ。それから君達の身柄も拘束させて貰うぞ』と言われ、私達はいきなり拘束されそうな事態に陥ってしまったのだった──。
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