第621話 震木。
「尋ねたい事があるのだが、少しいいだろうか」
「──はいどうぞ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
……『吾輩』の屋敷で話し合いを終えた私とエアは、彼を屋敷に残し魔術師ギルドへとやって来ていた。
ここに訪れた理由としては『震える木漏れ日』という例の『詠唱魔法』の新術式をギルドへと『登録』して欲しいと『吾輩』から頼まれたからである。
通常、魔法使い達は独自に魔法を開発する場合、それを公にせずに秘匿する者も多い。
これは己の情報が他にバレる事で、色々な損失を招きかねないのを避けたいという考えからだ。
……まあ、これについては納得できる話だろうとは思う。
「…………」
……ただ、逆に『詠唱魔法』に傾倒する魔法使いの場合だと、肝となる『詠唱』がそもそも『口に出す必要がある』という特性な訳で、当然の様に周囲へと聞かれ易くもなってしまう訳だから、結果的にはどんな魔法を使うのかバレてしまう事が殆どでもあるのだと言う。
その為、新たな『詠唱魔法』を編み出した者は、最初から魔術師ギルドにその新魔法の情報を伝える事により、己が作り出したものであると登録して利を得るのが一般的だと言うのだ。
──因みに、もう少し詳しく説明すると、そうして作りあげた新魔法の情報を登録し周知した制作者は、魔術師ギルドにて『強固な契約』(約束)を結ぶ事によって、悪意ある勝手な模倣者達から己の魔法を守り、みだりに使用される事を防ぐこともできるらしい。
またそれと同時に、伝えた魔法の情報と術式は正式な『売り物』となり、その新魔法の情報を知りたいと言う者に対してギルドは金銭で取引をして『使用権利』を売る事もできるそうだ。
そうする事で、ひいてはその取引の一部の金銭が魔法制作者の元へと還元される事になり、制作者も利を得る事ができるという、そんな仕組みになっているのだとか……。
「…………」
……勿論、『契約内容』とその『新魔法の重要性』にもよって異なるが、結局は誰かに模倣されやすい『詠唱魔法』ならば、最初から登録をしたほうが問題も少ないし、お金も貰えると言うそんな話であった。
もしも登録せずにいると、使えば大体はバレてしまうのが『詠唱魔法』だし、『契約前』に『詠唱内容』が他人に知られてしまえば勝手に模倣されて損をする場合があると。
……もっと酷い場合には、他の者が勝手にそれを登録してしまうことだってあるそうで、もしそうなってしまえばその魔法の権利は登録した者に奪われる可能性だって有り得るらしい。
数多の魔法使い達との結びつきにより、魔術師ギルドで結ばれる『契約』はほぼ絶対に破られる事が無いと言われる程に強い『約束』にもなっている。その為、一度結ばれた『契約』は解く事もかなり苦労するのだとか……。
「…………」
だからまあ、それらを踏まえた上でも『バレて困る新魔法はさっさと登録すべし』が『詠唱魔法』の使い手達の間では暗黙の了解として知られているのだそうだ……。
……因みに、広く大衆に好まれるような『詠唱魔法』は莫大な財を生むとも言われている為、この分野の研究者の熱意は凄く高くもある。
多くの人々の生活を豊かにする上でも、もはや『詠唱魔法』の存在はなくてはならないものとなっており、大衆に対する影響力も相応に大きいのがこの分野の特徴であった。
多少言い回しが異なるだけで『魔力量の消費効率』とか、『持続時間』だとか、『最大と最小の威力幅』とか……そんな色々がすぐに変わってしまうので、日夜『詠唱魔法』の使い手達はより良い『詠唱』の開発と研究に勤しんでいると言う訳なのである。
……更に聞くところによると、『人気となる詠唱魔法』を生み出した魔法使いはそれだけで自身も人気者になれると言う話だし──『ん?これはもしかすると、私も何か良き『詠唱』を生み出せば、良い意味で目立てるのでは……?』
「…………」
……と、ちょっとだけそんな事を思ったりもしたのだが、今は『吾輩』の依頼の最中なのでこれは後々考える事にしたのである。
今はなにより『震える木漏れ日』の登録をさっさと済ませてしまう事が先決だと思った。
地味に『契約』がそれだけ重い事もあってか、この手の登録でポンコツをやらかしてしまうと後々酷い目にあう事は目に見えているのである……。
そうなると余計に難儀な事になるのだ……。
だからまあ、私は大人しく集中しておこうと思った。
まあ、今回は全くの新魔法だから話は別だろうが、もしこれが微妙な言い回しの変更だったり既存の魔法と重複していたりすると、細かな確認なども必要になってまた少々複雑な事になっていたらしい。
「…………」
……まあ、もしも何らかの問題が出た場合には、当然の様に綿密な調査や話し合いなどが更に追加される事になるらしいが──先も言った通り、今回の場合は新魔法の方なので比較的直ぐには終わる筈で、全然問題がない、完全に大丈夫なのだ。うむ、凄く順調順調。
……だが、おや?そうしていると、私達の後ろでなにやら四精霊が急に嫌そうな顔をし始めているが。
いったいどうしたのだろうか……ん?気分でも悪いのか?──えっ?フラグ?それ以上は止めて欲しいと?
んー、『二十年』ほど寝ていたからか、ちょっと何のことかわからないのである。
「…………」
……だがまあ、そんな理由もあってか、例によって『吾輩』の語尾がまだちょっとおかしな事になっている為に、その代わりの説明役として私達がここまで来たのは納得ではあったのだ。
因みに、言わずもがな私も口下手なので、今はエアが魔術師ギルドの受付の女性と『震える木漏れ日』についての登録を進めてくれている。……ふむ、どうやら話の様子からするとまだもう少し時間はかかるらしい。
──ならばと、更に因んだ話を一つしておくが……ここだけの話、『詠唱魔法』の使い手で高位の者だと、切り札となる『詠唱』の一つや二つは実は隠し持っているのが現実だったりもするのだ。
……まあ、そう言う者達からすると、要は『バレて困る魔法は登録すべし』なのだが──
それならば『バレなければ問題ない』となるらしく……。
要は『切り札を知られた相手は、須らく生かしておかなければ良い』とも考えるそうだ……。
表の顔では確りと利を得ていて、裏の顔ではちゃんと『一撃必殺』とも呼べる魔法を備えている。
それこそが優秀な『詠唱魔法』の使い手の条件でもある──と言うのが魔法使いの世界のちょっとした小話なのであった……。
「…………」
……まあ、『感覚派』からすると、あまり関係のない話には思える。
私達からすると、利が少ない代わりにそんな面倒もないという話でもあった。
なので、私としてもこれまではあまり『良い詠唱魔法』というのを考えた事が無かったのだが、さっきの『良い意味での目立ち』にも使えるかもしれないと思えば、本気で何か考えてみるのも良い手かかもしれないと──
「ロムっ、ロムっ」
「──んっ?」
──と、ちょうど私の思考が余所に向きかけた瞬間に、エアの方の話も終わったのか、エアが私の事を呼んできたのだ。
……ただ、その表情はあまり芳しくなく、私達と対面している魔術師ギルドの受付の女性も少々困った表情をしていたのだった。
ただ、その表情の理由を詳しく聞いてみると、確かに難儀な話で……なんと『震える木漏れ日』は既に『登録済みの詠唱魔法である』と言われてしまったのだった……。
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