第62話 裁。
「えー、エアちゃんの服ってこれまで全部ロムさんが作ってくれてたの!?」
「うん。ロムってなんでも作ってくれるよ」
とある日の『お裁縫』の仕事の休憩時間、エアとお針子さんの女の子の一人がそんな話をしていた。
確かに、エアの服は元々のオリジナルの一着以外、各色、各バリエーション含めて私が製作したものではあるが、これらには一点だけ大きな欠点がある。……なんと、悲しい事にそれら全てのデザインが、寸分違わず全て一緒なのであった。
これは私が長年同じ服ばかりを繕い続け、その裁縫の技術だけは高めたものの、デザインを考えるという思考力、発想力を疎かにしていたのが原因である。
友(淑女)曰く、『女の子にとって、おしゃれとは美味しいものを食べる位に重要な事』と言う話を教訓として知っていた私としては、本当はもっと色々な服をエアには着させてあげたいと常々思っていたのだが、これまではどうしても上手くいかなかった。
……だがそんな長年の問題も遂に、この職場に通う事で解決を得ようとしている。
実は私はここで、冒険者流の裁縫術というものを教える代わりに、私や私の身内が着るに限り、他の人に売ったり配ったりしない事を条件にここで知り得た新しい服のデザイン等を使って服を作っても良いという許可を得る事が出来たのである。
それに、エアは身内贔屓で言わせて貰えばかなりの美人さんであり、そんなエアにここのデザインの服を着て街中を歩いて貰えれば、他の人にもここの服に興味を持って貰える確率が上がって、表の仕立て屋の方の集客にも繋がるのでは?と纏め役の女性は考えたらしい。……私の裁縫技術を見抜いた事と言い、彼女の観察力は本当に素晴らしいと私は感じた。
『いや、それくらいはどこでもやってることで……』とそんな風に彼女は謙遜していたが、聞けばこの店の現オーナーでもあるらしく。人の上に立つ者の中でも、これ程までに見極める目を持っているものはそうはいないだろうと、私的には感心するばかりであった。
因みに、私達が働いているここは、お針子さん達が沢山いる裏の作業場の一つなのだが、表の仕立て屋も彼女のお店のようで、そこで依頼を受けた品物を、各種ジャンル分けして、各作業場へと仕事を割り振っているらしい。
私が基本的にここで目に出来る範囲の服とは冒険者の着るものだったり、街の人が日常的に着る服が殆どであるが、これは友(淑女)の方に言わせれば、そういうのじゃなくもう少し高価な服であったりとか、煌いているドレス等がオシャレに値するのかもしれない。
けれど、現状エアはここのデザインで私が作った新しい服を贈るだけでも充分に喜んでくれているので問題はなかった。……毎回逆に作り過ぎてエアが驚き『もう充分だからっ!』とエアが止めるまでがテンプレとなっていたりもする。
「いいなー、エアちゃん。何十着も服を持ってるんでしょ?……頼んだら私も一着作って貰ったりって──」
──サッと。私は少し離れた場所から腕を交差させてバッテンの形を作り『それはできません』のサインをエアに送る。
「あー、ダメだって」
「知ってる。一応言ってみただけ。オーナー達との契約でそうなってるんでしょ?聞いたよー。……本当にロムさんみたいな良い人が傍に居てエアちゃんが羨ましい~。そう言えば休日の度に違う服で街中お出かけしてるんでしょ?どう?この街は楽しい?」
「えへへ。うん。楽しいっ!」
「うっ、眩しい。この子の嫌みゼロの笑顔が直視できない。その純粋さに私の目が焼けるー。うおー私の王子様はどこだーどこにいるんだー!迎えに来てくれー!」
「ふふっ。はい、かいふく」
ここで仕事をするようになって数週間経つが、エアもだいぶ周りと打ち解けているらしい。
二人は休憩に入ってからずっと喋り続けているが、これでも充分休憩になっているらしく元気いっぱいである。
「ううう、ありがとエアちゃん。でも目は痛くないのよ。痛いのは心だけ。……はぁー、そうだよー。こんだけ良い子なら良い人が一緒になっててもおかしく無いって。……でもさ、普通中々いないでしょ。服まで作ってくれる人って。それにどれも私達が作るよりもよっぽど出来がいいし、エルフで顔も良い、更に魔法も使えるんでしょ?かーそれに小さいけど家も一括で買ったんだっけ?そんなことあるの?あっていいの?(ぶつぶつぶつぶつ)……あいたたた、私なんかにはどうやったって、そんな夢みたいなことが現実にあるわけないよね……。はぁー、なんだろう。考えただけでちょっと疲れが一気に倍増してきたかも」
「はい。こんどは浄化ねっ!」
「わあありがとっ!これでもう頭スッキリッ!……って違うのよ!ほんとに痛いわけじゃないんだって!」
「ふふっ、そうだったの?」
「そうなのよ。ちょっと自分の現実と比べて、ギャップが酷くて落ち込んでただけ。……でもまあ能々考えたらそれも当然か、エアちゃん可愛いしスタイル良いし、魔法も使えるし、だいたいの家事も出来るんでしょ?……ほぼ完璧じゃん。やばっ、よく考えたらエアちゃんの方こそ希少じゃない?男達の夢が詰まってそう。うわ、なんか段々とロムさんが悪い人に見えてきた。エアちゃんを完璧にしてどうする気だろう?……ロムさーん、ロムさんは実は悪い人だったりしませんかー?」
──サッと。私は再び腕を交差させてバッテンの形を作り『違います』のサインを彼女達に送った。
「ふふふっ、ちがうって。ロム、悪い人じゃないみたい」
「そっかー。やっぱり違ったかー。……でももう、このままじゃ完璧過ぎるじゃない。なんか二人とも苦手な事ってないの?」
「『お料理』は出来ないよ!ロムも出来ないから教えてもらえなかった」
「……りょうりかぁ。でも、それ以外は全部ロムさんから教えられたと。これはもうあれですね。お似合いと言うかなんと言うか。他の人が入り込む隙間もありませんね。聞けばロムさんのガードも固いみたいですし。こりゃ脈無しだなー。……ねえ、知ってるエアちゃん?ここだけの話。ロムさんここのみんなから実は人気なんだよ?」
「えへへ、ロムって凄いから(魔法とか)。私もいつもびっくりしちゃうもん」
「……ごくっ、そ、そんなにすごいの(別の事を想像中)!?それに、狙われてることを聞かされても眉一つ動かさずに余裕の表情とは……ごほん。まあでも、普通なら不安になりそうなもんだけど、あれだけ『他の人には一切興味ありませんオーラ』を見せられればエアちゃんも安心か。笑顔で居られるのも納得。ロムさんにアピールした子達全滅したってさ。……てか、あまりに無反応だから、一部ではあっち方面なんじゃないかって噂もあったけど、エアちゃんがそういうなら間違いだったってわけだね。──ぷぷぷー、あの子らざまぁ~。ただ自分に魅力ないだけでやんのぉ~。明日笑ってやる~。──エアちゃん任せて、これ以上無駄に傷つくのが出ない内に、二人の間に隙は無いって事、ちゃんと広めておくから」
「う、うん?そう?じゃあ、おねがいね??」
「まかせて!わたしこの仕事場の中じゃ情報通だからさ!口の軽さだけなら誰にも負けないからっ!」
……こらこら。君達はなんの話をしているのだ。エアはなんの話か分かっていなかったようだが、あまり変な事を吹き込まないで欲しいな。
休憩時間中ではあるが、私はまだ別にやることがあったので直接会話には参加せず話だけを聞いていた。私もだいぶここには慣れたと言えるのだろう。
何より、エアの服をこうして作ってあげられる環境というのが素晴らしいと思う。
冒険者として長年やって来ただけだと思っていたが、なんだかんだ言って私は『お裁縫』の事も好きだったらしい。これはまた新たなる発見であった。人生経験の一ページに登録。
……因みに、私が一人離れて今何をしていたのかというと、新しいデザインの服を一着、休憩時間中の間だけ借りてきて、魔力を通して精密に解析している最中である。
これでまた新しい服を作ってあげられるかと思うと、何故かワクワクしてしまい。結局私は夢中になって時間いっぱいまで作業に耽ってしまうのであった。……うむ、楽しい。
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