第618話 有為。
私もちょっとだけ『人』に対するイメージが改善した……かもしれない。
勿論、これで完全に『心』を開いたとかではないのだ。
……ただまあ、これまであったちょっと悪いイメージに対して『……なんだ、良い所もあるじゃないか』と少しだけ考えを改める事が出来たと言う、ただそれだけの話だった。
『悪そうな人が善行をしている姿』を見てしまった時にも近しい……そんな心境である……。
「…………」
……それはそうとして、その後の私達の状況なのだが──『木のお面』を着けていたとは言え、結局誰からも一切気づかれる事がなかったのには正直驚いたのだ。
普通にギルドで過ごし、普通にエアと共に依頼を引き受け、そのままのんびりと冒険者ギルドから出る事ができてしまった。
……全く警戒されなさ過ぎて逆にドキドキしてしまう。寧ろ、周りの者達がこれだけ私に似た絵を見ている状況で『こんなにも気付かれないことってあるのだろうか?』と思わず口から言葉が出かけてしまった程だ。
まあ、近場でこれだけ『泥の魔獣の絵』に対して並々ならぬ関心を持っている者達が居るにも関わらず、誰一人として気づかないのは予想外ではありつつも正直私としては助かったと言えるだろう。
面倒事に巻き込まれなかっただけで充分得した気分だ。
『──まあ、堂々としていれば意外とこんなものだよっ』と、隣でエアも笑っている……。
「…………」
……まあ、仮定の話をするならば、絵にある『闇落ちしている風の私』よりも『普通の私』の方が魅力が無いから気付かれなかったという可能性もあるものの──。
でも、それを考えると悲しくなってくるので、あまり深くは考えない事にしたのだ。
……だからもう別の話をする事にしよう。
という訳で、当初の予定通り私達は『良い意味で目立つ』為に何をしたらいいのかを私達は考え、それを実行した。
……まあある意味で『魔物の絵の販売』によって『泥の魔獣』は目立ったとも言えるのだが、当然それは本来の目的とは副っていない為に別の事をするつもりである。
ただ、そうは言ってもエアとも相談し、先ずは普通に依頼を斡旋して貰って冒険者として活躍してみよう言う話になったのだ。
普通の事だしありきたりに思われるかもしれないが、他の冒険者達が困難だと思う依頼や、割りに合わないと感じる依頼は意外と溜まっている事もある。なので、それを率先して引き受ける事で先ずは目立ってみようと考えであった。
……冒険者としては、意外とそれが注目を集めるし、実力を示すのに一番分かり易くもあるのだ。
それに、面倒だったり人気のない依頼が残っていると言うのは、それを依頼した人がずっと困っている状況だとも言えるだろう。
依頼者側の事情として、『依頼料が足りなくて……』とか、『秘境の様な奥地の調査で……』とか、『そもそも汚いし臭いしめんどくさい』とか、そんな様々な理由も重なって人気がない依頼と呼ばれる事になってしまっているとは思うのだが……。
その点、私達は報酬とかに全然興味もないし、依頼内容も魔法を使えば大体どれも問題にはならないと思ったので、寧ろ都合が良いと感じたのだった。
逆に、そう言う依頼を数多く引き受け、解決する事によってギルド側に対してもイメージアップを図る作戦でもあり、『困っている方々の助けになるなら……』とか、そんな言い慣れない綺麗事も時には並べたりもして、『口でのアピール』も試してみたりしたのである。
私が……。
「…………」
……無論、それが本当に必要だったのかは、やった本人である私にもよく分かってはいない。
寧ろ、そんな言い慣れないアピールなどやらない方が良かったんじゃないかとさえ個人的には思っている。
だが、実際やってみたその言い慣れない『口アピール』は、沢山噛んだ事は言うまでもないけれども……意外と反応は良かったのだ。エアの。
かなり拙いものであったと思うのだが、それでもエアはお腹を抱えて大喜びしていたのである。
曰く、『ロムはがんばってる!凄い伝わって来る!もうかわい……いや、その調子だよっ!』と、エアは沢山褒めてくれたのだった。……うん、だからたぶん。きっと大丈夫だった筈だ。
……正直、私的にはそのアピールの出来栄えよりも、エアが凄く喜んでいた事の方が重要で、興味が向いていた。
本当は他の者達の反応も見る必要があったとは思うのだが、そちらはあまり目に入らなかったのである。
ただ、エアの反応を見る限りでは、きっと悪い印象は与えなかったのだろう。
だから、たぶん今はこれでいい。上手くいった方なのだと思う事にしたのである……。
「…………」
……それに、肝心なのはこれからやる依頼の正否だろう。
実際、エアの『冒険者ランク』が『金石』である事で、ギルド側も快く困難な依頼を斡旋してくれたのだ。
と言うか、そもそもエアが『金石』ランクの冒険者であると言う影響はかなり大きく。
恐らくだが、『緑石』である私だけでは斡旋して貰えなかった依頼も多かったと素直に感じたのだ。
それだけ『人』が『金石』にある冒険者に向ける信頼は厚いと言う証明でもあるのだろう。
……正直、これまでが『相応しくない金石』などをちょくちょくと目にしてきた為、いまいちその価値を測りかねていたが、エアに対するギルド職員の対応なども見て『何となく凄そうな感じ』が私にまでちゃんと伝わって来たのであった──。
「……ここ、だね」
「……ここ、か」
──さて、そんな話をしている間に、私達は気づけば早々に斡旋して貰ったばかりの依頼場所へと辿り着いたのである。
そこは一見して大きなお屋敷だったのだが……外見はかなり廃れた雰囲気もある場所だ。
……因みに、その本日の困った依頼の一件目はー、んー何々……『新型魔術の実験台募集』……と、どうやらそういう事らしい。
「…………」
だがまあ、実験台の募集か……ふむ、なるほどなぁ。
確かにこれでは、引き受ける者が少なそうな依頼なのも納得であった。
……明らかに危険な香りがする。
誰だって痛い思いはしたくないのに、依頼料だって高い訳ではない。
冒険者からすれば完全に痛い依頼にしか思えないのも分かる依頼であった……。
「──実は~、この度吾輩~、歴史に残る偉大な魔法を~編み出してしまったのだ~~~~!もう吾輩ったら天才~~~~~~~っ!」
……そして、いざその依頼主にも会ってみると、これまた癖が強そうな人物がいきなり出て来た訳で──
それも、その『吾輩』はいきなりそんな風に喋りだしながら、突然依頼の為に訪れた私達へと向かって『新型詠唱魔法──震える木漏れ日』という独自の魔法を徐に放って来たのであった。
……正直、かなり危険な依頼主だと言えるだろう。
「…………」
ただまあ、その魔法の効果自体はそこまで大したものではなく──。
それも『対人における魔法戦において、言葉の語尾の震えだけで追加の魔法効果を発揮できないか……』という案を元にして作られた『詠唱魔法』の一種だった訳なのだが……。
着眼点は面白いと私も感じたけれど『──語尾を伸ばしてる間に、他の魔法が三つか四つ使えちゃいそうだね……』と言うエアのそんな素直な呟き(ツッコミ)が聞き、その途端に、『吾輩』も図星だったのか膝から脆くも崩れて落ち込んでしまったのであった……。
「…………」
……ま、まあ、元気を出して欲しいのである。
それに先ほども言ったが、私からすると使い所を見極めれば中々に面白そうな発想だと感じたのだ。
だから、『お馬鹿と天才は~~』という言葉にもあるが、まさに紙一重な魔法だとも言えるだろう。
『使い方次第』で如何様にも化ける筈だ……。
だからまあ、『そんなに落ち込むなよ』と、一応は『ぽんぽん』と『吾輩』の肩を叩いて私は彼を慰めてあげたのであった──。
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