第616話 露尾。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『例の魔物』の脅威を案じるのであれば、双子達を探すよりも前に先にそちらを対処するのも手ではないかと思った。
ただ、意外とあの『魔物』は魔法での『探知』を弾く……と言うか、探ろうとした『糸』が自然と消えてしまうと言うか──恐らくは『魔法学園』で研究されていた『マジックジャマ―』や『マジックキャンセラー』と呼ばれる魔法を阻害し、消し去る効果の持った何かしらの『技術』乃至『力』の存在が鍵となっているとは思うのだが、あれを恐らくは使っている様なのである。
それも、『あれ』の移動は不規則かつ素早くもある為、そのせいで上手く居場所を掴みきれなかったのだった。
なので、あれを追いかけようとするのは凄く面倒だろうと後回しにする事にしたのである。
……使う存在が異なれば、『魔法阻害の力』はここまで厄介なのかと思う程に、段違いの『性能』であった。
無論、どこかしらで運良く出会えば、その時は私が一瞬で消し去る事もできる。
それか逃れられぬ痕跡でも得る事が出来れば、そこから正確な位置を特定する事も出来るだろう。
……でも、その為に態々旅の時間を費やそうとまでは思えなかったのだ。
同じだけの時間を使うならば、エアの言う通り『良い目立ち方』をしながら楽しく双子達の方へと向かう方が気分的にも良い。折角の旅だから、心地良い方が良いだろうと言う、エアのその考え方はとても素敵だと私も思ったのである。
……何事も捉え方一つ。
それはある意味、同じ目標に辿り着くにしてもそれまでの過程をどうするかという話でもあった。
『敵に襲われそうな仲間の身を守る』という目的があったとして、それに対する手段として『敵を排除』する事を選ぶか、それとも『仲間の盾』となる事を選ぶか──そんな違いだ。
そして、私達はその選択肢があった時に後者を選びたいと思ったのである。
……まあ、これはただそれだけの話だ。
「…………」
……それは私がエアに伝えたかった事でもあったのだが、既にちゃんと活用できているエアにとっては、説明するまでもなかった話なのかもしれない。
ただ、幾つもある道において、『同じ道を歩める幸せ』と言うのは、些細な事かもしれないが意外と嬉しいものである。
『力の使い方』としてはもっと良き方法があるのかもしれない。
だが、私達は二人共『私達はこれでいい』と、そう思える道を歩んでいる。
それがなんとも心地良かったのだ。
「…………」
……ただ、そうして早速と旅に出て、吹雪の大陸から海を超え隣の大陸へと移ってきた私達なのだが──近場の街の冒険者ギルドにでもとりあえず顔を出しておこうかと思い、少しだけ立ち寄ってみるとそこで思わぬものを発見してしまったのである。
と言うのも、恐らくそれは『黒き白銀の絵姿』であり、ギルドに張り出された『魔物の手配書』でもあるとは思うのだが……。
一応、緊急依頼的な扱いらしく、討伐賞金的なものや発見地域、その脅威度、その魔物の行って来た悪事などもずらずらと書き連なっているのだけれども……。
なんと言えばいいのか、それがどうにも不思議な事に、どこからどう見てもあれは恐らく『私の絵』なのである……。
「…………」
それも、その情報の中にはどう読んでも『私の来歴の一部』も混じっているし、もっと言えば『泥の魔獣の悪事!』とまで確りと明記されてしまっているのであった。
──サッ!
……当然、そんな手配書が張り出されている中、のこのこと近づいていくお間抜けは私だ。
だが、そのままだと流石に騒ぎになると察してくれたのか、咄嗟にエアは私へと『木のお面』を被せてくれて、周りに気付かれない様にしてくれたのであった。
……ありがとうエア。本当にいつも助かる。
ただ、予想よりもギルドの情報管理も杜撰で吃驚したものだ。
……そもそもの情報の共有をしようとする姿勢やその脅威度の見極めなどは普通に良いとは思ったのだが、それ以外の大体の情報が『二十年』よりも前のものも沢山混じっているので、ここ数年で生まれたばかりである筈の『例の魔物』とは全くの無関係で間違いばかりの『手配書』なのである。
「…………」
『……まったく、何てことだ。情報の大体が誤りではないか。ギルドは何をやっているのだ』と、少しだけ冷静になると内心でそんな愚痴すら吐きたくなった。
だって、元々エアの情報では『例の魔物』は女性の姿をしている筈なのだ。
それなのに、この『絵姿』は男性のものなのである。
そもそもの時点で、性別すら違うものを描いてしまっている『手配書』には信憑性を疑わざるを得ないだろう。
「…………」
……と言うか、寧ろこれでは明らかに『私寄りの私』ではないか?
『例の魔物』らしい部分は『顔』くらいしかないのでは?とも思う。
そもそも『例の魔物』の『顔』を見て生き残った者がエア以外にもいたのだろうか?
甚だ謎なのだ。
……ただまあ確かに、上手に描けているとは思う。けれども……おっと、エアさん?どうしたのだ?
うむ?どうしてそんな『絵の写し』を欲しがっているのかな?……んー?ロムの絵が欲しいと?
──いやいや、ちょっと待って欲しい。それは一応『あの魔物』のもので、『私』のではないのだぞ?
……えーなになに?あー、そう言う事?本物と見比べて、ちゃんとした違いを見つけるのだと?
これも一応何らかの手がかりを見つけるのに役立つ可能性が微妙に存在するかもと?
それに、こういうのは冒険者としての探求心も疼くと?
な、なるほどな。確かに。何がどんな手掛かりに繋がっているのかは正直分からないから納得ではある。それもまた、冒険者としては正しい姿の一つだと言えるだろう。
……だがしかし、その割には写して貰ったばかりの『絵姿』をもう既に大事そうにエアは胸に抱いてしまっているのだが──と言うか、そのまま大事そうに保管しつつ『お気に入りの古かばん』にもう早速仕舞ってしまったのである……。
「…………」
……うむ、まあ、知ってたのだ。
『心』が通じている現状では尚更である。
エアがその『絵』を見た瞬間から、『素』で私の絵だと思って喜んでいたのは分かっていたのだ。
……内心、少しだけ複雑だったけれども、エアが嬉しそうならばそれでいい気もしていた。
でも、『日焼けしたロムの絵だーっ!これは貴重だよっ!』とか、『かわいい!』、『きれいっ!』と言って、本人を横にしながら褒めるのは止めて頂きたいのだ……。
率直に行って恥ずかしい。エアはその『絵姿』を一目見た時からずっと『心』の中でそうして褒め続けてくれているので、私としてはこう、なんと言うのか、もう『むずむず』する。
『横にいるのだから、好きなだけ見ればいいのに……』とも思った。……日焼けするべきか?
だが、そもそもの前提として、こんな『冷徹』な表情しか出来ない私をそうして『綺麗だ』と言うのはエアだけだと思うのだが──
「あのっ!わたしにも『泥の魔獣』の写しをくださいっ!」
「──あいよっ、列に並んで待っててくれ」
「ちょっと!あなた今列に割り込んだでしょ!一番後ろに行きなさいよっ!」
「ちがいますーっ!わたしは元々並んでたんですーっ!ちょっとだけ用を足しに行って戻って来たんですーっ!」
「──おいおい、お嬢さん方、仲良く待てないならギルドから出て行ってくれっ!俺達も依頼だからこうして『絵』を描いてるが、もめるようならいつでも中止にして構わないって言われてんだわ……っとほい、出来たぜ『見返り美人風──泥の魔獣』ッ!」
「わーっ!凄くきれいですっ!ありがとうッ!!」
「ごめんなさい」
「気を付けますーっ」
「──あいよ。分かってくれればそれでいい。俺達も出来るだけ待たせない様にするからよ。っと、もう少しだけ待っててくれなっ。んで、さーて、お次の方はどんな風に致しましょうか?」
「えっと!出来れば少し──で、──な感じが良くて……それでいてもっとこう──」
「──あいよ。……露出多めな感じね。了解了解。人気だから直ぐに出来るよ」
『…………』
──いや、ちょっと待って欲しい。エアだけかと思って周囲を少しだけ見回したら、意外と私の目に入っていなかっただけで、ギルド内では似た様な『絵』を持って嬉しそうにしている者達が普通にいた事に私は酷く驚いた。
……同時に、一応は『魔物の絵』の販売をしているらしいこの街の冒険者ギルドのそんな様子を見て、『二十年で、ギルドも変わったんだなぁ』と、しみじみ思う私なのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




